領民0人スタートの辺境領主様
風楼
プロローグ
第1話 領主生活の始まり
人の役に立つ仕事をするように。
それが母の口癖で遺言。
弱い者を守れる男になれ。
それが父の口癖で遺言。
10歳の時に流行り病で2人が死んでから25年、私は両親の遺言に従って二人に恥じることのないようにと必死に生きてきた。
自分と同じように流行り病で親を失った孤児達をまとめあげて街の清掃をして日銭を稼いだり、農作業の手伝いで僅かな食料を得たり、時には街の近くに現れたモンスターを狩り、報奨金を貰って生活の糧にしながら5年を生きた。
そうして15歳になって……突然どうしてだか私が住む国と隣国との戦争が始まり、私の国は連戦連敗。
負けて負けて負け続けて、私が住んでいる街の近くまで敵兵が押し寄せて来て……そうして隣国兵は私の住む街の目の前で略奪行為をし始めた。
見るに堪えないその行為を前にして私は、両親の遺言を守る為に……そんな隣国兵から皆を守るために戦おうと志願兵となり……そこから延々と戦場で戦い続けて20年。
私が35歳になった年の冬の終わりのある日に何やら隣国との交渉が有利に終わったとかで国からの終戦宣言が出されて……そして気付けば何故だか知らないが私は救国の英雄だのと言われる存在となってしまっていた。
全く自覚が無かったのだが、どうやら私は戦いの才能だけは秀でていたようで、他人とは段違いの戦果を上げていたらしい。交渉が有利に終わったのもその私の戦果の影響が大きかったとかなんとか。
それから私は会う人会う人に褒められ続けるという戸惑いの日々を送ることになった。
一緒に戦った仲間達に、兵士達を統率していた騎士様に、私達孤児を忌み嫌っていた街の人々に、何か凄い仕事をしているらしい国のお偉いさん達にまで褒められた。
色々な人に褒められて、褒められて褒められ続けて、挙げ句の果てにはこの国で一番偉いという王様にまで褒められることとなって、王様は私のことを難しい言葉で褒めそやし、私に領地を与えるとまで言い始めた。
領地を持つということが一体どんなことであるのか、無学な私にはそれがよくは分からなかったが、兎に角領地に住んで領民達を守り、領民達から金を集めて王様に渡せば良いのだと王様の近くに立っていたお偉いさんの一人が丁寧に教えてくれた。
領地を貰ったならばすぐにでも領地に向かうのが常識なのだそうで、私は半ば無理矢理に役人達の手によって馬車に押し込まれて、何の準備も出来ないままに王都を離れることとなった。
やたらと私を毛嫌いする役人達に見張られながら一ヶ月。
厠と寝る時以外は馬車を出ることを許されない窮屈な生活が続いて……ある日の午後にようやく御者が目的地に着いたとの声を上げる。
役人達にあれこれ文句を言われつつ私は馬車から追い出されて、そうして領地へと降り立つことになった。
領地の中心らしい場所で、両親譲りの金髪を掻きながらぼーっと立ち尽くし……辺りを見渡して何処から何処までが私の領地だとの役人の説明を受ける。
役人が指し示す先は緑の草が生え揃う草原で、その指はすぅーっと横に滑って行って……その先も草原。
目の前に広がる草原と草原と、そして草原が私の領地なのだそうだ。
領民の姿どころか、この草原には人工物すら見当たらない。
呆然とそんな草原を見続ける私に役人はなんとも嫌な笑顔を浮かべながら言葉を発する。
「孤児の成り上がりモンにはお似合いの領地だな、精々頑張るが良い。
この草原の名前はネッツロースと言う……お前の名前はディアスだったか?
ならば今日からお前はディアス・ネッツロースだ」
そう言って自分の仕事は終わったからと役人は馬車と共に草原から去って……私は一人草原で立ち尽くすことになった。
お偉いさんが言っていた領民達の姿は全く見当たらないし……領民どころか私が住む家も周囲には見当たらない。
ふと今日はまだ食事をしていないということに気付いて……食事はどうしたら良いのだろうかということに考えが至り、改めて周囲を見渡すが食料になりそうな物は当然何一つ見当たらない。
私が持っているものと言えば戦場で愛用していた大きな両刃の戦斧と……後は身につけた麻布の服とボロボロのブーツと傷だらけの鉄鎧くらいの物で、食べられる物は何一つ無く……。
こうして私の……領民も、家も、食料すらも無い、ただ広いだけの草原での領主生活が始まってしまったのだった。
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