第3話 庇護・エゴ・鳥籠
ふわり、シュガレットは舞って、天井からシーシャを見下ろした。
「シーシャは私たちがいないと、何も出来ない子だもんね。でもそれでいい。危険なものになんて近づかなくていい。地上を離れたのはやっぱり間違いだよ。帰ろう」
「ちょっと、あんた、姉だか何だか知らないけど、その言い方はシーシャに失礼だろ」
シュガレットの言葉の端に滲む”毒”を見過ごせなくて、ネオンは思わず口を挟んでいた。
「私たちは、か弱いこの子を地上でずっと守って来たんだ。家族なんだよ。他人にどうこう言われたくないね」
「家族なら無意識マウント取っても良いと思ってるなら、まあまあ毒家族なんじゃない? 自覚ないのか。そんなんだからシーシャは地上を離れたんじゃないの」
「ね、ねえ、ネオン。お姉ちゃん。二人とも顔が怖いよ」
「適当なこと言わないで! こっちはシーシャのためを思って、わざわざ地獄まで降りて来たんだから。治安最悪な道中、しっかり感じたよ。あの子がここで長く暮らすのは無理」
「そうやって、あれは無理、これは無理って、この子から色んなもの取り上げるつもり?」
「だ、だって、この子はか弱いの! 誰かが守ってあげないとダメなの! だから私はシーシャのために、この子を連れ戻しに……!」
「あたしから見たシーシャは、あんたが思うほどダメな奴じゃない」
『--そうだ、”妹”はあんたが思うほど弱くなかった』
(なんだ、クソ、また白昼夢か……?)
『本当に、あの子を手にかけるのは正しいことだったのか?』
頭の中に声が響き、ネオンは短い頭痛を覚える。
(何なんだよ……ッ!)
「ふふふ、いいぞいいぞ……姉妹間の庇護とエゴ、平行線の感情……ああ、物語の解像度が上がっていく……」
「いや本当に何。誰だ今の」
鼓膜にハッキリと届く、全く知らない声に、ネオンは思わず声のする方を振り返った。
「ヒロインのひとりは、さっきの犬っぽい小柄な子をモデルにするので決まりだ……うーん、でも、犬ってあんまり嫉妬深いイメージがないな。なら、もう一人の子をヤキモチ焼きにして……」
「なんか柱の裏でブツブツ言ってるひとがいるね……」
「連れて来るか」
ズルズルとネオンに引きずり出されたのは、男性とも女性ともわからぬ痩せたメカクレ悪魔。
状況などまるでお構いなしで、タブレットの画面上に必死に何かを書き殴っている。
「新天地で殺し屋とのロマンスが芽生える女……しかし彼女を愛していた義理の姉が追いかけて来て……ふたりの女の間で揺れる心……うん、王道だし完璧だ……」
「聞け」
ネオンに頭頂を鷲掴みにされて、不審な悪魔はようやくタブレットから顔を上げた。
「あんた何者?」
「ぼ、僕ですか? 僕は漫画を描いて生活してる、パピエって言います……今は、次のネームが全く思い付かずに困ってて……人がいっぱい集まる場所に行けば、刺激になって何か浮かぶかもってここに……」
そして、柱のカゲを指差す。
「あちこちに潜んでパーティのお客さんの様子をずっと眺めていたら、色々参考になりました……」
(え、怖。放り出すべきじゃない?)
(絶妙に実害がないからグレーゾーンかもね、パーティ中はエントランスを解放してるし)
(ナベリウスを見てたのもこいつか……)
その時、釘でガラスを引っ掻いたような、言葉にならない叫び声がエントランス中に響き渡った。
「うるさ……っ! なに!?」
見ればシュガレットが、顔を真っ赤にして床にへたり込んでいた。
「みみみみ、み、見えちゃった……その絵柄、その作風、もしかしてパラダイスピエール先生っ!?」
「は、はい……そうですけど……」
「ひゃああああっ!! だだだ大ファンですっっっっ!!」
(え、あの人地上でも知られてるの?)
(今は電子配信とかがあるからねー、検閲は厳しいらしいけど)
「あの、あの、握手、とか……あっ私実体ないんでそれっぽい形だけになっちゃいますけど」
「僕でよければ…………」
「------------ッッ!!」
顔を覆って悶絶しながら空中を転がりまわるシュガレット。
姉の限界なリアクションを目にして、シーシャは軽く引いていた。
「地獄へ来たのも明日の先生のサイン会に参加するためですううううっ嬉しいいいいいい」
「……お姉ちゃん? 地獄へはあたしのために来たんじゃなかったの?」
「あ」
「は?」
「え?」
一気に変わった空気に、シュガレットはしまったと口を噤む。
「も――やっぱりそうじゃんっ! あたしのためを口実に、そうやって何でもかんでも自分本位に行動するところがイヤなの!」
「あ、違、ごめん、シーシャああああ!!」
中庭に駆けて行ってしまったシーシャに手を伸ばしつつも、追わずにいるシュガレット。
その瞳はチラチラとパピエ先生を気にしている。
そういうところじゃないのか、とネオンは溜め息を吐いた。
「あら、シーシャさんは……」
「ああヴェルヴェット、たったいま外に走って行っちゃった。お願いしていい?」
「はい、構いませんが」
フルーレティの書斎から戻ってきたヴェルヴェットが、色々と察してすかさず後を追う。
シュガレットはちゃっかりパピエ先生のサインを貰っていた。
もうこいつは放っといていいだろうと判断して、ネオンは食事の並ぶパーティテーブルへと向かった。
「シーシャさん、何があったのですか?」
「あ……ヴェルさん」
人気のない裏庭で、シーシャは静かに野花を見つめていた。
先ほどのネオンと姉の言い争いを、かいつまんで話す。
「ネオンはね、あたしのことダメじゃないって言ってくれたけど……違うんだ。実際、あたしは弱いし、ひとりじゃ生きていけない。ただ、守ってくれる相手を変えただけ」
お姉ちゃん達からネオンにね、とシーシャは微笑む。
「そしたら、そのひとの守り方がすっごく大好きになっちゃったんだ。ネオンはあたしに、弱い者の在り方みたいなのを押しつけてきたりしないもん」
「……シーシャさんは、本当にネオン様を信頼しているのですね」
「信頼、かあ。えへへ、そうかもね。ネオンね……昔はもっと地層近くにしか住めなかったんだって。ボディーガードとして強くなって、十番街に来るまでに、あたし以上にきっと色々とあったんだと思う」
シーシャは、庭園の樹下から木々越しに地上を見上げ、天を仰ぐ。
「ネオンは、あたしの地上での生活を知らない。あたしもネオンの過去を何も知らない。でも、信頼って言われて、違和感なかった。それに出会ってからずっと、一緒にいると楽しかった。だからあたしは、まだここで過ごしてたい」
「シーシャさん……」
「もちろん、ヴェルさんとも一緒にね」
「あ……」
振り向いた笑顔は、同じくらい大切になりつつある、新しい出会いを見つめようとしていた。
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