第2話 姉妹狂騒曲
「こちらの方が、シーシャさんのお姉様?」
「シーシャ! 会いたかったよー!」
宙に浮く亡霊はシーシャにハグの突撃を試みる。が、実体がないため触れず、シーシャの頭が腰にめり込むだけという傍目にはシュールなハグとなった。
「お姉ちゃん、なんで? 地上にいるはずじゃ……」
「地上の祝祭の影響で、地獄に行きやすくなってたから遊びに来ちゃった! それよりシーシャ、何で急に地獄なんかに引っ越したの!? また地上で楽しく暮らそうよ!」
「え……」
「地獄なんて住みづらいじゃん、水辺だって少ないしシーシャにとっては絶対いい環境じゃないって! 地獄であなたが苦労してるんだったら……」
「あ、あたし苦労なんかしてないよ! ほ、ほら!」
シーシャは来ているドレスを指差して叫ぶ。
「今はあたし、このお屋敷で暮らしてるから!!」
「えっ」
(ええと、シーシャさん……?)
(ヴェルさんごめん……お姉ちゃんにはこれくらい言わないと納得してもらえないと思って……)
(私は構いませんが、今から屋敷の全員に話を通すのはさすがに無理があるような)
(お姉ちゃん大雑把だし、地獄のことには疎いはずだから! なんとかならないかな?)
(努力はしてみます)
「わあ、あのシーシャが!? すごい立派なお屋敷じゃん! 中見ていい?」
「や、やめてよお姉ちゃん……!」
亡霊の少女は、ふわりと柵を乗り越え、パーティ会場へと向かっていく。
シーシャが慌てて後を追いかけようとした瞬間、エントランスから悪魔メイド達の悲鳴が聞こえてきた。
「何かあったのでしょうか」
ヴェルヴェットがムーンと顔を見合わせる。
「なになにー? 楽しそう」
「お姉ちゃん、勝手に先に……!」
そして一同がエントランスに足を踏み入れた時、そこには本来の屋敷の主であるフルーレティが倒れていたというわけだった。
「どうして、書斎で仕事をしているはずのレティ様が、エントランスで倒れているんです?」
ヴェルヴェットが小声で野次馬メイド達を問い詰める。メイド達は一様に、わからないと言って首を振った。
「ねえねえシーシャ、この人は誰? なんで入口に悪魔が倒れてるの?」
「えっ? これはえーと……そう、殺し屋」
「殺し屋!?」
(シーシャさん、一度ウソをついたらグダグダになるタイプだ……)
(私たちでフォローしましょうか)
「ほら、こんなお屋敷で暮らしてると、命を狙われる機会も多くて。ちゃんと返り討ちにされたみたいだから気にしなくていいよ」
「そ……そうなんだ。なんか見ない間にたくましくなったね」
「そんなことより、せっかくご馳走がいっぱいあるんだから、食べに行こ! ね! ね!」
「う~ん、ま、いっか。それ食べたら一緒に帰ろうね!」
「帰らないよ~……」
とりあえず、姉をこの場から遠ざけようとするシーシャ。ムーンがその後を追いながら、アイコンタクトを送る。
(私の歌の出番があるまでは、気にかけておく)
(ムーンさん、頼もしいです)
入れ違いにエントランスに入ってきたのは、ネオンだった。
「なにこれ? いま出てったのシーシャと、誰? っていうかそいつどうしたの」
「はっ! ネオンさん!?」
ネオンの声を聴いた瞬間、フルーレティはガバっと飛び起きた。
「私に会いに、わざわざここまで!?」
「タダ飯食べれるって聞いてきた。それだけだから、食事終わるまでここに寝たままでいてくれない?」
「エントランスで”食事”!? ”寝る”!? 夫婦モノとか同棲モノとか配達員モノとかによくありますけどネオンさんもそういうベタなシチュエーションお好きで」
「死ね」
シンプル罵倒の後に割って入ったのは、見覚えのある小柄な悪魔だった。
「やあやあ久しいな、フルーレティ」
「ナベリウス……! あなたも来ていたのですか」
「ああ、さっきはすまなかった。貴公に当てるつもりはなかったんだが」
「後頭部の謎の痛みは、あなたの仕業ですか……」
フルーレティは頭をさすりながら起き上がる。
「パーティに来てから、どこからか我を舐め回すような不快な視線を感じてな。不愉快ったらない。なので威嚇に一発魔力を放ったつもりだったが、そこに貴公が飛び込んできたのだ」
「仕事で疲れてましたし気づきませんでしたね……というかあなた、何ですその口調は? 前はもっとナヨナヨとした喋り方じゃありませんでした?」
「余計なお世話だ! どう振る舞おうと、我は我で、ボクはボク! どちらも大事な自分だ。自分を複数持っていて何が悪い? 相変わらず貴公はひとつの個に拘っているな」
「難しいお説教なら要りませんっ!」
ガキだなあ、とナベリウスが笑うのを、フルーレティは不機嫌そうに睨む。
「そういえばレティ様、お仕事はもう済んだのですか?」
「いえ、さすがにお腹が空いたので何か摘まみに行こうかと」
「ふむ、我もだ。では先に向かうぞ」
そこへ、入れ違いに再び亡霊の少女が飛び込んでくる。
「やっぱ先に荷物置かせてー! シーシャの部屋どこ?」
「お姉ちゃん! 荷物ならメイドさんに預けたらいいから! お屋敷に入らないでってば!」
「あら、こちらの方は……」
フルーレティが亡霊少女を一瞥する。
「あ、あたしの姉のシュガレットです。ちょうど地上から来てて……」
「殺し屋が生き返った!?」
「何のことです!?」
「ええええーとレティ様、お仕事がまだと仰ってましたよね? こんなところにいないでさっさと書斎にお戻りください」
「ちょっ、ヴェルヴェット、少しご飯を食べるくらい……」
「ご飯なら後で私がお部屋に運んで差し上げます」
「え、なに、何です急に、ヴェルヴェット、ねえヴェルヴェットー!?」
ぐいぐいと廊下の向こうに押し込まれていくフルーレティを見て、シュガレットがぽかんと呟いた。
「えっ、さっきの殺し屋、だよね? 仕事がどうとかご飯とか言ってたけど……」
「あー、あのね、あんまり何度も命を狙いに来るから、捕まえて更生させてるの! 指導を終えるまでご飯はなし!」
「なにそれ、そんなんやってるの? 見に行っていい?」
「ダメダメダメ! お姉ちゃんには刺激が強すぎるよ! それはもうグッチャグチャでドロドロの罰を行なうように言ってるから」
「地獄に来てから変わったなあ妹よ」
シュガレットは、エントランスに残ったネオンに興味を移した。
「お、君も殺し屋の仲間かな?」
「はあ? 私はネオン、そこのシーシャと一緒に住んでる」
「じゃあ君もここ(のお屋敷)の住人ってわけかあ」
「まあ、ここ(十番街)に住んでるけど」
(良かった、奇跡的に話が噛み合ってるっぽい……?)
「にしても物騒だねー、あんな奴がいつもいつも押しかけてきたら迷惑しない?」
「ああ、あいつ? 話がわかるじゃない。そうなんだよね、好き勝手に家に来て、私が留守してたらしてたでシーシャに絡むし……」
「それは許せん! シーシャ、やっぱり地上に帰る気、ない? 立派な家やお金があっても、危険なのはお姉ちゃん心配だよ。地上なら、私たち姉妹が守ってあげられる。ずっと安全だよ」
「え? シーシャ、地上に帰るの?」
「あたしは帰らないって言ってるんだけど……」
シーシャは困り果てて、縋るようにネオンを見た。
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