第3話 激情は刃のかたち
「もー、ネオン、あたしを連れてってくれないなんて」
「フルーレティ様もフラフラと出かけて帰ってこないと思ったら……勝手ですよね」
主人不在のフルーレティ邸の客間では、シーシャとヴェルヴェットが仲良くぼやいていた。
「シーシャさんをお招きするために、水妖種用のクッションプールをご用意したんです。お寛ぎいただけましたら幸いです」
「ありがとう! あたしもヴェルさんがまた来た時のために、土のカーペットを敷こうと思ってたんですよ」
「まあ……恐縮です……」
ヴェルヴェットはそわそわと視線を彷徨わせている。テーブルに置かれたジンジャーエールが、カランと音を立てた。
モニターに繋がれたゲーム機を見て、シーシャが指を差した。
「Witchがある! ヴェルさん、ゲームするの?」
「あれは、他のメイド達が休憩時間に持ち込んだもので……私は触ったことがありません」
「えー、じゃあ、この機会に遊ぼうよ」
「どのようにして動かすのですか」
「ふふ、えーっとねぇ」
そんなのんびりとしたやり取りが行われている頃。
娯楽戦闘アミューズメントパークを貸し切って、貴族たちの勝負が行われようとしていた。
「今さらですが、ドクター・ヤドリ。この決着方法で良かったですか?」
「ああ……ここで私が逃げても、アイツはきっと納得するまで追ってくるだろうからな。手間かけてすまない、貴族サマ。それと、気遣いどうも」
「いえいえ~。楽しい催しにご招待、ありがとうございます」
フルーレティは、前髪に留めた宝石を撫でた。宝石の内部には、ターゲットマークのような紋章が浮かんでいる。
「ネオンさんかドクター・ロキが、この宝石を撃ち抜けたら向こうの勝ち。逆に、ネオンさんの宝石を壊せば、私たちの勝ちです」
フルーレティとヤドリは、ビルの頂上から街を見下ろしている。
十番街にそっくりなその街は、拡張幻想技術で作られた仮想の空間。最新技術を惜しげもなくつぎ込んだ娯楽空間で、悪魔貴族は楽しげに笑った。
「ドクター、作戦を練りましょう。ロキさんの弱点を教えていただけますか」
「ロキ、アンタね、これはさすがに報酬取るから……!」
「わかってるさ。報酬に加えて個人的なお礼として、キミの七番街への通行許可を取り計らうつもりだよ。それとも、銃の改良の方がいいかな?」
「どっちも! で、どう攻めるつもり? それに、本当にアンタが的じゃなくて良かったの?」
ネオンは、自らの胸に留めた宝石を見下ろした。
ロキはネオンの隣で、周囲に注意を向けながら微笑む。
「うん、ワタシが盾になるほうが都合がいいのさ。……おっと! 言ったそばから!」
「クソッ……!」
ネオン達が隠れて様子を伺っていたビルに、手始めの魔弾が撃ち込まれた。
ロキがネオンの前に躍り出て、魔具による障壁を貼りながら全ての攻撃を喰らう。
「ワタシには、この再生能力があるからね」
魔具の壁で防ぎきれなかった魔弾に、削られた皮膚。その傷が、瘴気の煙を上げながらみるみるうちに再生していく。
「なるほど、さすが七番街の悪魔」
「そう、ワタシの魔力が続く限り、ターゲットは壊せないよ」
ロキは、ビルを離れるようネオンを手招きした。
「とはいえ、正々堂々の正面対決は分が悪そうだね。搦め手で罠を張って、チャンスを待とう」
「わかった」
「あと……なるべく、ヤドリンには危害を加えないでくれると嬉しい」
「舐めプ? 向こうはきっとアンタを殺す気で来るのに?」
「それでも、出来ることなら彼女に傷ついてほしくないんだ」
ふぅん、とネオンは曖昧に返事した。
(私にとっては、あのいけ好かないフルーレティの頭に堂々と一発ブチ込めるなんて最高の機会かも。この機に乗じて、一泡吹かせてやる)
アンタが馬鹿にした下級悪魔の底意地、見せてやるから、とネオンは心で牙を研いだ。
「逃がしませんよ!」
「うわ、やっぱり追って来たか」
フルーレティが上空から、追撃の魔弾を放った。ネオンたちは建物に身を隠しながら回避に専念する。
『いいか貴族サマ、ロキの奴はハッタリが得意なんだ。余裕ぶってるけどな、アイツは再生能力以外に大した力は無え。小細工を仕掛けられる前に、とにかく先手必勝で押し切れ』
『承知しました。あなたはどうするんです?』
『どうせあいつは貴族サマ一人に、的を絞ってくる。私は別行動して、ロキの隙を突いてやるよ』
(さてヤドリさんは、どう仕掛けるのでしょう。私としては楽しむのもいいですが、出来れば彼女自身に決着を付けてほしいところですね……)
フルーレティは瞳を細め、人差し指の爪をチロりと舐めた。
「……クソ、あんなの、反撃どころか罠を仕掛ける余裕もないじゃない」
「完全に、こっちの動きを塞がれているね。なら……防御を削ってでも、二手に分かれるしかないか」
ロキは、ドクターコートの中から大量の魔具をドサドサと取り出した。明らかに兵器のような見た目をしたものから、何に使うかわからないガラクタまでもが、床の上に散らばる。
「ワタシの魔具は、地獄の者ならば誰でも使えるように作るのがモットー。中にはまだ、起動に魔力が必要なものもあるけど……キミなら全て使いこなせるはずだ」
「え、ちょっと」
「私が盾になっている間に、これらを使って一瞬でも、敵の動きを止めてくれ」
「無茶言うなあ、何が何に使うものだよこれ……でも、こっちにも戦闘職の意地ってものがあるから、やってやる」
廃ビルの煤けた床に転がる魔具たちを見下ろしながら、ネオンは窓の外を睨んだ。
「ワタシは正面から出て、敵の目を引き付けるよ。そしたら、キミは目立たないところから仕掛けるんだ」
「了解。ヤドリの姿が見えないのが少し気がかりだけど」
「あの子は戦闘には向いていない。戦線に参加しないのなら、それは何よりさ」
そんな会話をして、ロキは堂々とビルの真正面から表に出ていく。
大丈夫かな、と呟いたネオンの言葉は、とっくに杞憂ではなくなっていた。
「一人で出て来るとは随分悠長だなあ、ロキ”様”?」
「……………………ッ、!!」
入口の死角に潜んでいたヤドリが、魔力の刃を操り、ロキの喉を貫いていた。
すぐに距離を取って再生を始めるも、ヤドリは、更にロキの身体に手術刀を突き立てようと追い縋る。逃げ込んだ路地裏の道は、どんどん狭くなっていく。
「…………ァ……ハ、……っ! ヤドリン……!」
「フン、どうせ再生するんだろ」
無駄なく正確に脚の腱を切られて、ロキは地面に転がる。横たわる身体の上に、ヤドリが覆い被さった。
背中に砂利とコンクリートの破片が食い込む、嫌な感触がした。
虚ろな瞳が、視界いっぱいに広がる。ギラギラと粘つくシャボンの表面のような、移ろいと儚さを湛えた瞳。
(はは、作戦は邪魔されちゃったけど、これはこれで、悪くないね)
ロキは愛おしそうに、ヤドリと視線を合わせる。
移ろう瞳が震え、揺れた。
どうしていいかわからないといった顔で、ヤドリは、再生途中のロキの首に手をかける。
「……眠るとよく、夢を見た。お前の首を絞める夢だ。お前が去ったあの日からずっと、ずっと」
絞り出す声は震えていた。
「なぜ、だい……? それが、キミの望みなのか?」
「…………」
「もしも、キミがそう望むなら……いいよ。今、この身を好きにしても」
ゆっくりと瞼を閉じるロキを、ヤドリは沈黙しながら見つめる。
ヤドリにとってその瞬間は、永遠のように長く思えた。
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