第68話 思い今は気づかず(5)

「あー、私のアマゴの塩焼き!」


 恵があんぐり口を開けて叫んだ。瞬が恵の分のアマゴの塩焼きを奪い取ったのだ。


「あれ?食べないからいらないと思って」


 瞬は猫が魚を咥えるように、お腹からガッツリ食べていた。


「あほう。楽しみに最後にとっておいたのよ。好物なんだから」


 恵は報復とばかり、瞬の唐揚げを奪い取った。


「それこそ、俺が炊き込みご飯と一緒に食べようと取っていたのに!」


 瞬が悔しがって、ガッカリする姿はコミカルでかわいく見えた。若奥さんが笑いだすほどである。若奥さんといっても、二十代前半の都会っ子だとのこと。名前は一美かずみと浩一から紹介があった。


「まだありますから。遠慮なく食べてください」


 一美が当然とばかり、大皿に唐揚げとアマゴの塩焼きを盛って出してきた。


「みんな元気で仲良く食べていただけたら何よりです。アマゴは養殖もありますが、今日出したものは、釣ってきたものですので数は少ないですけど」 

「わーっ、私もよくアマゴ釣ったな。疑似餌が流行っているけど、私は活き餌で釣ります」

「分かります!活き餌のほうが食いがいいですよね」


 一美は手を叩いて恵と話しが盛り上がっていた。


「へー、恵は釣りするんだ。あー、このご飯の味、俺好きだな」


 瞬が炊き込みご飯を頬張るとたちまちお代わりをお願いした。一美は「待ってました!」とばかりに笑顔で大盛りを返した。


「渓流釣りはよくしたよ。自転車で渓流近くまで行けたから。大漁で持って帰れないときは、その場で塩焼きにして食べたよ」

「えーっ、何だか面白そう」


 意外にも奈美が目を輝かせていた。


「興味あるなら、今度、釣りに行きませんか?お待ちしています」

「楽しみ!是非お願いします。ねえ、恵ちゃん」


 奈美も恵もすっかり一美と仲良くなっていた。




「そうだ。新川さんは、今日対戦して分かった。手を抜かない人だよね」


 恵はアマゴの塩焼きを頬張りながら、美樹雄に確認した。


「当たっているよ。有紀は、慎重派。どんな相手でも全力であたるのが特徴。クロスカントリーからデビューして、訳あってスラロームに興味を示して今の状態。クロカンでも実力があるからやっかいだよ。クロカンは後半ダッシュ型だから油断ができない」

「なるほど、なるほど。新川さんの走りはそんな感じ。実力者って感じ。で、あの神沢さんは?」


 恵の言葉に奈美の箸が止まった。美樹雄は、コーラを飲むとそのまま話しを続けた。


「神沢は中学の時にチームに入ってきたんだ。そのころには既に、全国を股に掛けて成績を残していたよ。チームに入ってきたのが不思議なくらいだった。本人は『有紀たちの走りを見て興味を持った』て言ってたけど。当初は何となく荒れた感じだったな。誰にでも食らいつくように挑んでいたよ。まあ・・・・・・神沢は俗に言う天才型。ミスがないうえに、体力も技術もある。特に上りは男子でもかなわないくらいだ。彼女自身、自分より速い人はいないと思ってたろう。年齢的にも成績でも次回からはAクラスで走ると思うよ」

「なるほど、なるほど。分かるわあ。上りでおいて行かれたわけだ。それにしっかりとついて行った新川さんはかなりの実力者・・・・・・一筋縄ではいかないか」


 恵は二匹目のアマゴを咥えていた。


「うん?待って。ねえ、美樹雄。確か、チームに入った頃は、神沢さんは優勝できなかったんだよね。神沢さんより速い人がいたんだ。社会人とか?」

「いや・・・・・・だった・・・・・・。神沢もさすがにその子には頭を下げた。負けを認める度量はあるよ。ただのお嬢様というわけでもないですよ」

「えーっ、すごい。そうなんだ。じゃあ、けして勝てない相手でもない・・・・・・かな。あれ、奈美ちゃん?」


 恵は、美樹雄の濁した口調が引っかかっていたが、それ以上に奈美の様子が気になった。奈美は箸を持ったまま、美樹雄の話しを集中して聞いていた。


「ああ、ごめんなさい」


 奈美は慌てて、笑顔を作った。


「ひょっとして、奈美ちゃん神沢さんに興味があるとか?」

「ああ、うん。だって、恵ちゃんの練習走行がすごかったから。明日もすごいレースになるかなって」

「そうかあ。明日は荒れるかなあ。乞うご期待!なーんてね」


 恵はおどけて笑うと、奈美も合わせて笑った。

 その様子を見ながら美樹雄と瞬が顔を見合わせていた。

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