第10話 人間に Ⅲ
「すまねぇ、おら、寝相が悪くて」
カシードの遣い、ボルボは自身の寝相の悪さを理由に謝っていた。
どうせ抱き付かれるのなら、彼のようなおっさんじゃなく、美人がいい。
「ボルボさん、とりあえず俺をカシードのもとへ案内してくれないか」
「そ、それは駄目だ」
「なぜ?」
聞き返すと、彼は朱色に染めた頬と額にそれぞれ手をあてる。
「お前さんみたいなモンスターを村に連れてったら、一大事だ」
「大丈夫だろ、俺について問われたら、ペットだって答えればいい」
「お前さん何言ってるんだ? お前さんみたい一見凶悪なモンスターが」
「ごだごだ言っていると、理由もなくお前を尾行し、強行突破するぞ。その時、例え何人か死傷者が出ても、不可抗力というものだろうな」
俺は強引にボルボを説得し、カシードが居る村へと連れてってもらった。
「――お前なんでモンスター連れて歩いてるんだよ!」
村に着くと、門番をしていた警備兵が驚愕し、手にしていた武器を構える。
「ち、違うだ、この方はカシード様の御友人で、名前をシレトっちゅうだ」
「よりにもよってそんな嘘吐く奴がいるかよ!」
ボルボが門番と口論しているなか、俺は重たい口を開ける。
「ボルボの言っていることは本当だ、俺は一か月前、カシードと杯を交わし、一枚の手紙を貰っている。これがその手紙だ」
あらかじめボルボに渡していた彼の手紙を門番に投げつける。
門番は俺達を警戒しつつ、足元に落ちた手紙を拾い上げ、目を通していた。
「……スノウマンアイズを探してるのか?」
「そうだ」
「ボルボから聞かされなかったのか? スノウマンアイズはとっくに全滅してるって」
「聞いた、だがその手紙にも書いてある通り、カシードは何か知っているはずだろ」
「無駄な足掻きだと思うがな……まぁ、カシード様に伝えて来るから、そこで待ってろ」
「助かる」
門番が奥手に下がるなか、俺は入り口から村の中を見学していた。魔よけの液体につけた高い木の柵で覆われた村には、複数の木造建ての家があり、村の子供が遠くからこちらを見ていた。
「じゃ、じゃあおらは一旦家に帰るな?」
「馬鹿言うな、お前がいなかったらあの門番また怒るぞ」
「ああ、大丈夫だ、あいつはおらのせがれだからな」
「息子だったのか、父親の威厳がまるでないな」
「その昔、おっかあ以外の女と浮世を流していらい反抗的になっちまっただけだ」
く、こいつ昔はモテたとでも言うのか……羨ましい。
俺が今まで仲良くなれた女子は騎士見習いのミラノぐらいなものだった。
しかし、彼女はもうこの世にはいない――野蛮なオークに手足を壊され、しまいには腹部を岩でつらぬかれ、絶望のまま死んでいったんだ。強情で激しい思想の持主だったけど、ほんの少し好きだった。
ふと我に返った気分だ。
どうして俺がモンスターの姿で、モンスターを探しているのか、その目的を。
俺はスノウマンアイズに会って、人間に返り咲き。
そして――俺達を嵌めた存在に復讐するのだ。
必ず。
「待たせたな、カシード様がお会いになってくれるそうだ……けどあんた」
「ん?」
「なんか知らないけど、殺気立ってないか?」
「……すまない、ちょっと嫌なことを思い出していた」
「そ、そうか、じゃあこちらへどうぞ」
思えばここに来るまで一ヶ月も掛かってしまった。
時間が経てば経つほど、Sランククラスへの復讐も難しくなっていく。
何故なら連中はいずれ王国の顔役となる、主要人物だから。
学校を卒業され、奴らの勢力が拡大したら、攻略し難いのは明白だった。
ボルボの息子の門番の案内で、村のなかでもひときわ大きな家に向かった。
二階建てのL字形の家で、門番はカシードの私室である二階部分へと通す。
「カシード様、件のシレトを連れて参りました」
「どうぞ」
「失礼します、ほら、中に入れ」
言われ、部屋の中に入る。
「久しぶりだなカシード、あの掘っ立て小屋で会った時とは偉く違う」
部屋には立派な樫机で書類仕事をしていたカシードがいた。
雪山のなか、益荒男としていたカシードとは違い。
「私を彼と二人きりにしてください、貴方は引き続き村の警備をよろしくお願いします」
「は、了解しました!」
今のカシードは、令嬢のような姿をしていた。
俺の銀毛を彷彿するような美しい髪と、端整な顔立ち。
無粋な熊男みたいだったカシードはいない。
「……この姿でシレトに会った理由については、察して頂けたかな?」
「話しが早くて助かるよカシード、やっぱり貴方がスノウマンアイズだった」
「いつから気付いていた?」
カシードは蠱惑的に微笑み、そう尋ねる。
「昨夜だ、ボルボからスノウマンアイズにまつわるおとぎ話を聞いて、勘付いた」
おとぎ話の中だと、スノウマンアイズの性別は男性とされている。
なのにカシードは手紙でスノウマンアイズのことを、彼女と示唆していた。
「例えカシード本人がスノウマンアイズじゃなくても、貴方はその正体について知っていることがこの時点でわかった。それと、この身体になってしまった俺だからわかることなんだが、あんたは普通の人間とは違っていた」
「その銀毛の虎の姿は伊達じゃなかったのか」
「おかげで勉強になったよ、人と人じゃない者の見分け方って奴を」
「それで? 君はどうやって私の能力を奪うと言うんだ」
「俺はモンスターの肌に触れることが出来れば、そいつの能力を体得できる特殊な体質なんだ」
説明すると、カシードは席を立ち、俺の前にやって来て視線の高さを合わせるよう前屈みになった。
「……どうしたものかな、さすがに怖い」
カシードは俺に触れようと手を差し伸べるが、そう言い、一歩引く。
「私自身は、力を保持できるんだよな?」
「たぶんな、俺は今まで討伐して来たモンスターをそこまで観察してなかった」
「なら、交渉しよう。もしかしたら私はお前に全てを奪われるのかもしれない」
と言うと、カシードは前かがみの体勢から直立し、ご令嬢のような感じで手を前に組む。
「交渉?」
「シレトに生きる目的があるように、私にも生きる目的がある。ボルボから例のおとぎ話を聞いているのなら理解してくれると思うが、私は子孫を作りたいのだ」
……つまり、俺を男娼に見立てているのか、カシードは。
確かに、そこらにいる人間と交わるよりかは、遥かに見合っているかもしれない。
俺達はお互いにモンスターな訳だし。
「私が生まれて来た理由は、愛する人を愛することだけ、この話、受けてくれるか?」
考える余地などなかった。
俺はカシードの交渉を承諾し、彼女と睦み合う。
行為の最中、彼女が聞かせてくれたのは、今まで過ごした男との思い出だった。
§ § §
カシードの私室で翌朝を迎えると、ボルボがやって来た。
「失礼します、カシード様の言いつけ通り、シレトの服をお持ちしました」
「ありがとうボルボ、さぁシレト、早速それに着替えるといい」
ボルボが持ってきた下着とズボンに両足を通し、上着のシャツを着る。
「……お前、本当にシレトなのか?」
ボルボは人間の格好をした俺に懐疑の眼差しを向けていた。
「そうだよボルボ、この姿が本当の俺だ」
「その声、本当にシレトなんだな、見違えたな」
ボルボの反応が、不安だった心を氷解させる。
姿見で確認していたけど、今の俺は本当に人間になれているか、不安だった。
用意された服と装備に着替え終えると、ボルボは言うんだ。
「うん、ぴったりだな。息子と体格が似ててよかっただ」
「息子の服なのかこれ、勝手に持ち出したりしてないよな?」
「それにしてもおめえ、虎の姿の方が格好良かったな」
「貴方が息子に嫌われる理由がなんとなくわかったぞ」
前世の時の俺の父親みたいに、ボルボは余計なことばかりしていた。
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