第5話 銀毛の虎
前世での俺は高二の春、死んだ。
剣と魔法の世界イルダに転生したのはいいものの。
今度は十五という若さで、やはり死んでしまった。
「復活の魔法で蘇ってもらってはマズイ、だからここは血肉の一片も残さないよう彼らを喰いつくしてくださいね。カ、カ、カ、カ」
死神のジャックが俺達の復活を阻止すべく、配下のモンスターに指示している。
俺達の肉体はモンスターにどんどん食い荒らされて行くのだ。
俺達の死肉を漁るモンスターは、どいつも獣の目をしていた。
俺はその光景を、以前もあったように、魂だけの存在となって窺っている。
「……さてと、やるべきこともやりました。後は依頼人に報告して終わりですね」
死神ジャック、濃紅色のスーツ姿で、顔を白い仮面で覆った暗殺請負人は謎の力で俺達が落ちて来た穴を上り、依頼人のもとへ向かったみたいだ……誰だか知らないが、俺は犯人の顔が見たい。
そして――そいつを同じ目に遭わせてやる。
憎悪を孕んだ怒りを胸中にもたげていると、一匹のモンスターがこちらを窺っていた。
そのモンスターは四足歩行で、銀毛の虎のような外見をしている。ペインタイガー種のユニーク固体と言った所だろう、尋常じゃない素早さと凄まじい咬合力が脅威的なモンスターだけど、まさかとは思うが気付いたのか?
魂だけとなった俺の怨嗟の声に。
ペインタイガーは遠目で俺を窺っていると、こちらに歩み寄って来た。
奴の口からよだれが零れている……もしかして、俺を喰うつもりなのか?
俺の予感は的を得ていたようで――ッ! ペインタイガーは自分の間合いに俺が入ったと思うや、一気に距離を詰め、口をあんぐりと開け、俺の魂を一飲みにしてしまった。
これで、この世界での一生も終わりか……、……、……。
「……あれ? なんだ」
俺は、ペインタイガーに喰われたんじゃないのか?
先ほどまでぼやけていた視界が、クリアーになっているし、聴覚も鋭い。
何より感じるのは痛烈な空腹の感覚だった。
とにかく腹が減った。
「食べ物はどこに……」
鼻をすんすんと鳴らすと、美味しそうな匂いがした。
匂いのする方向へ向かうと、そこには虫性モンスターが群がっていた肉がある。
「こいつを頂くか、ん……っ」
美味い……味付けはされてないが、何というか、魂を揺さぶられる食感だ。
食事一つにこれほど心を突き動かされる経験もそうはない。
そして俺は気付いた、他にも数個、美味しそうな匂いが漂っていることに。
美味しそうな匂いを辿ると、そこにはオーク種のモンスターが血肉を貪っている。
オークは骨を粗末に捨てるが、骨にはまだ肉が付いていた。
その肉にありつくと、極上の美味しさから身震いを起こすようだった。
「美味い……美味い……けど、なんで」
何で俺は、泣いているのだろうか。
§ § §
「おお、皆さんよほど腹ペコだったのですね? 小一時間空けていただけで残った血肉を平らげるとは、立派ですねぇ」
俺達の血肉がモンスターによって食い尽くされると、死神は戻って来た。
死神の台詞をもって、俺は俺自身が今まで味わったものの正体を知る。
俺が貪ったのは、他でもない、俺自身の身体だ。
吐き気が込み上げて来たものの、今はそんなことどうでもいい。
「死神ジャック!!」
「ん? 誰です?」
「教えて貰うぞ、俺達を罠に嵌めた犯人の正体を!!」
「……んー? 貴方もしかして、シレトくんでしょうか? っこれは、奇妙だ。どうして貴方は生きているのでしょうか。それと、どうして貴方はペインタイガーの格好をしているのでしょうか、カ、カ、カ、カ」
一本角の巨獣は言った、俺に宿命を与えると。
まさかその宿命の内容が、復讐だとは思い描いてなかった。
そんなこと、今となっては匙たるもので。
今は神に感謝しているぐらいだ、復讐心によって身体は満たされ。
神は、復讐のための力も与えてくださったのだから。
「ミラノやクロウリー、フガクの仇を今ここでッ!!」
「よろしい」
「っ!?」
死神に向かって牙を突き立てるも、いつの間にか背後を取られていた。
そして死神はペインタイガーとなった俺の首根っこを地面に押さえつける。
「シレトくん、モンスターの能力のみならず、肉体そのものも取り込んでしまう貴方の力は脅威的ですね。その力を上手く使えば、貴方をこのような目に遭わせたSランククラスの者達に復讐できる日もそう遠くないでしょう」
なんと言う力だ。
ペインタイガーの手足は一振りで大木をなぎ倒すことが出来るはずなのに、それを児戯にひたるように上から押さえつけて見せるなんて。
「しかし、今は少しばかり遠回りして頂きたい。でなければ私は依頼人から契約違反を突き立てられ、莫大な金が手に入らないのでね、カ、カ、カ、カ――では、お眠りなさい」
「っ……! ジャック、復讐の対象はSランククラスの人間だけじゃないぞ……最終的に、俺……は」
微睡む意識のなか、俺は神に誓いを立てた。
神よ、貴方が与えた宿命を、俺は必ず果たして見せると。
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