第3話 墜落

 ウルト湿地帯――亜熱帯の気候にある密林の場所で、地面はいつも湿り気を帯び普通に歩けば泥濘に足をすくわれる、面倒な場所だ。Sランククラスの実習で何度も訪れてはいるが、生徒受けはよくない。


 ここに自生するモンスターはリザードマン種が主だが、最近だと王国側に就き始めるリザードマンも増えたと聞く。王国にはリザードマンの身ながらも人類に混じって暮らしている奴もいる。


 その内の一人がSランククラスにいるぐらいだ、名前はフガク。


「フガク!! ここは貴様の庭のようなものだろ!?」


 騎士見習いのミラノがフガクに怒声を浴びせる。


「いいんだよミラノ、フガクの活躍場所はここじゃない。彼は暗視が効くし、生徒達が囚われているだろうダンジョンこそ、フガクが前に出る場面だ」


 俺からミラノにそう言うと、彼女はとっさに前を振りむいた。

 彼女のその反応で、Sランククラスの面々は接敵に気づく。


 ――ッッ!! ミラノは持前の聖盾を前に突き出し、敵の奇襲を先ず防いだ。


「気を付けろ、ワイバーンだ! 種族はグリーン種!」

「さすがは騎士見習い」


 ミラノは全長五メートルはあるワイバーンの強襲を、盾と膂力で弾く。


「いいからトドメを刺せ!」


 ワイバーンは思わぬ反撃に体勢を崩し、身体を斜めにして俺達を睨んでいる。

 フガクが、そのワイバーンに対峙し。


「――っ!?」


 ワイバーンの身体を一太刀で両断していた。


「さすがはSランククラス、ワイバーン程度ではもう相手になりませんか」


 担任のレクザムは本来なら強敵だったワイバーンを一蹴してみせた俺達を褒め。


「お褒めの言葉にあずかり恐縮です先生」


 ミラノが、それに応えていた。


 ワイバーンとの接敵以降はとくにモンスターとの遭遇はなかった。

 その理由は先頭を行く俺が摂取したワイバーンの血にある。


 モンスターは鼻が利く。

 ワイバーンの血を露骨にはなっている俺達には委縮して襲おうとしなかった。


 俺達は密林地帯を抜け、リザードマンの聖地とされている遺跡へと向かうと。


「止まれ! ここは我らが聖域である、部外者が立ち寄っていい場所ではない!」


 敵対するリザードマンが、遺跡の入り口前で俺達を制止するのだ。

 リザードマンの口上に対し、レクザム先生が前に出て。


「愛しきリザードマンよ、ここに私達の関係者が拉致されているはずです。どうか素直に拉致した者を解放して頂けないか?」


「そのような事実はない! 立ち去れ!」


「……どうするんだリーダー? リザードマンはああ言っているぞ」


 ミラノは俺に判断を仰ぎ、同じリザードマンであるフガクから注視される。


「無益な殺生はしないに越したことはない、一度引こう」

「馬鹿な、それでは拉致された生徒はどうなる」


「一度引いたフリするだけだ、その後、ここら周囲一帯にクロウリーの催眠弾を打ち込む。リザードマン全員を眠らせたら、遺跡に突入を仕掛けよう」


 クロウリーは弓の名手で、その力だけではせいぜいAランク止まりだった。それを俺が考案した矢じりに特殊効果の魔法を付加させる技法を身につけ、Sランククラスにまで登り詰めた生徒だった。


 クロウリーが指示通り催眠弾を打ち込んだあと、俺達は遺跡前に戻った。

 門番のリザードマンが眠る中、俺は速やかにSランククラスに指示を出す。


「手短に救出するため、ここからは班を分ける。班を分ける理由はこの遺跡には複数の分かれ道があるからだ。班分けを今から伝える。制限時間は三時間。もし制限時間を超えそうな場合、速やかに入り口に戻って来ること。制限時間内に戻って来なかったら身の保証はないから注意しろ」


「三時間だと?」


 ミラノを始めとし、Sランククラスは制限時間を疑問視するが、手元ではきっちり三時間分の計りをセットしていた。


「三時間後には日も暮れ始める、そうなった場合、二次被害の方が怖い。もしもここで拉致された生徒を救出できなくても、それはそれでしょうがないから、後は先生方に託そう」


 それでいいですよね? と、担任の顔色を窺うと、レクザムは口端を吊り上げていた。


「よろしい、では私はここで待機し、皆さんの救出劇を見守っておりますよ」


 § § §


「納得が行かないなリーダー、どうして私がこの班なんだ?」


 リザードマンの遺跡ダンジョンを早足で進んでいると、ミラノが不満を上げる。


「……俺が君を、ほんの少し好きだから」


 その理由として、こう言えば。


「笑わせるな。Sランククラス始まって以来の天才と呼ばれ、クラスのみんなが認める無欲なお前が」


「俺の能力なんか、みんなの物からすれば邪道極まりないよ」


 剣と魔法の世界に生まれたはいいが、俺には剣の才能もなければ、魔法の才能もなかった。その代りと言ってはなんだけど、俺は神様からもらった天賦の才があったみたいだ。


「――触れただけでモンスターの技を取り込む力なんて、気味悪いだろ?」


「そんな奴から好意を表明される身にもなってみろ」


「……恐らくだけど、今回の作戦はこの班が大金星あげるよ。だから君達を選んだ。君達は勲章を受け、ミラノは騎士見習いから聖騎士になれるだろうし、フガクは種族の垣根を超えた地位を与えられ、クロウリーは弓兵として異例の出世街道に乗る」


 現に、ダンジョンの攻略スピードはこの班が一番早いみたいだ。

 ワイバーンの血で雑魚をけん制し、フガクの嗅覚と帰巣本能で正しい道をずんずん進んでいる。


 リザードマンが何のために生徒を拉致したのかだけど、フガクからの話によるとこの遺跡には人間を神の生贄に捧げる祭壇があるらしい。恐らくそのために使用する生贄を数人拉致したのだろう。


「……リーダー、一つ提案があるのだが」


 暗闇に呑まれた石壁目立つダンジョンの深層に近づくと、ミラノがこう言う。


「聞くだけ聞こう」


「この作戦が終わった後でいい、私と街を散策しないか?」


「……」


「黙るな、返事しろ」


 これって、デートしようって打診されてるのかな?

 まあ悪い風には捉えられない。


「返事は後で、それよりも――近いぞ」


 俺達は遺跡の最深部に到着したみたいだ。

 それを証拠に、奥手から拉致された生徒達の泣き声のようなものが聞こえる。


「クロウリー、催眠弾を」

「ああ……――ッ」


 クロウリーに指示し、催眠弾を遺跡の奥手に撃って貰った。

 後はぐっすり眠っているだろうリザードマンの横を素通りして、生徒を救出しよう。


「三人に眠気覚ましの薬と治療薬を渡しておく、拉致された生徒の捕縛を解いて、自由の身にしてから脱出を図るぞ」


「上手くいけばいいのだがな」


 ミラノは緊張した面持ちで催眠弾が拡散するのを待っていた。


「上手くいく、上手くいかなかったら、その時は転生を担保にしよう」


「転生?」


 ――数十分後。

 遺跡の最深部に向かうと、そこには大部屋があった。


 大部屋の中にはピラミッドのように計算された陽光が射し込んでいて、幻想的な雰囲気をかもし出している。内部の構造で一際目立つのはその明るさと、祭壇とおぼしき後ろに建てられた神様の偶像だった。


「フガク!! 何をやっているんだ! さっさと生徒達を治療するんだ!」


 ミラノが状況も考えず、いつもの調子でフガクに怒声を発していた。


「……ちょっと待ってくれ、しばらく祈らせろ」


 何をやっているのかと思えば、フガクは神の偶像を前に祈祷している。


 俺もこの神には色々と世話になった手前、意識を取られていた。


 巨大な四足の獣が、額に立派な一本角を持ち、悠然と前を見据えている。


 けど――前を見据えているはずの偶像と目があったような気がした、その瞬間。


「――え?」

「これは!?」


 祭壇の前で拉致された生徒の救出に臨んでいた俺達は、巨大な落とし穴に落ちたのだ。



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