第159話 エルティアとプレスティト

【前書き】


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   ◇◆◇◆◇◆◇



 ――ガチャリ。


 ノックもなしに執務室の重厚な扉が開く。

 ここはウィラード伯領都にある冒険者ギルド。

 ギルドマスターの執務室だ。


 デスクに伏せていたギルドマスターの女性は慌てて上体を起こす。

 急いで眼鏡をかけ、羽根ペンを掴み、書類に視線を落とす。

 いかにも仕事をしてましたよ――と取り繕うように。


「ペン、逆ですよ」


 無遠慮に入ってきた少女は冷めた視線と冷たい声で指摘する。

 エルティアは慌ててペンを持ち直そうとして肘が当たる。

 当たったのはデスクに山積みされた書類だ。

 書類の山が雪崩を起こす。

 親子の目が合った。


「なっ、なんだ。プレスティトか。驚かすな」

「またサボってましたね」


 プレスティトは母に呆れた視線を送りながら、床に散らばった書類を拾い集める。


「まったく、毎日ちゃんと仕事をすれば、こんなことにはならないのに」

「むぅ。私が悪いのではない。デスクワークが私を嫌っているのだ」

「ただ書類にサインするだけの仕事をデスクワークとは言わないです」

「…………」

「本当のデスクワークは全部私がやってるんですよ」

「それは……感謝する。だがな、母親に対してその言い方はないだろ」

「だったら、そう言われないようにしっかりしてください」


 プレスティトは書類をデスクに積み上げていく。


「まあ、小言はこれくらいにして。先日のラーシェス嬢の件です」

「なんだと?」

「魔力が枯渇している状態が続き、衰弱しきっています」

「なんだ、そんなことか。なら、魔力回復ポーションを飲めばいいじゃないか」

「アホです?」

「なんだと!」

「それくらいで治るなら、わざわざ報告に来るわけがないでしょ。そんなことも分からないんですか?」

「なら、アレだ! たくさん飲めばイイ! どうだ、このアイディアは。少しは母を見直したか?」

「ええ、私が間違っていました」

「そうだろ、そうだろ」

「私の想像以上におバカでした」

「なっ、バカって言った! バカって言った方がバカなんだぞ」

「子どもですか?」

「むぅ。なら、これは――」


 必死になってアイディアをひねり出そうとするが、プレスティトはそれを一蹴する。


「ああ、もう良いです。どうせ愚にもつかないことでしょ。別に、愚母の意見を求めに来たのではありません。私は報告に来ただけです」

「プレスティトはどうするつもりだ?」

「最有力候補はエリクサーです」

「エリクサーなら私も知っておるぞ」

「ええ、一年目の冒険者でも知ってますからね」

「でも、アレは入手が難しいんじゃなかったか?」

「凄いですね。よく知ってますね。エライエライ」

「なんかバカにしてないか?」

「ええ、してますよ」


 プレスティトによって積み上げられた書類は、来たときと同じように山を築く。


「ともかく、素材のひとつはニーラクピルコ森で手に入ります。後は買い付けるしかないでしょう」

「よし、なら森でそれを取ってくる。どんなやつだ?」

「薬草採取も満足にできないくせに?」

「むぅ。悔しいがプレスティトの言う通りだ。壊すのは得意なんだがな」

「その素材は森の奥に生えているので『双頭の銀狼』に依頼しました」

「おお、彼らなら問題ないな」

「とまあ、そういうわけで、母上はこっちに集中してください」


 プレスティトは書類をパンパンと叩き、母を叱る。

 心底嫌そうな顔をするエルティアを無視して、プレスティトは執務室を後にした。






   ◇◆◇◆◇◆◇


【後書き】


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