9 ランズラック砦
「うわぁ、おっきいねえ!」
砦の外壁を見上げながら、ジュリア母さんが言った。
「うん、この砦はソノラートとの国境線の中でも要衝だからね。いざというときには籠城もできるように堅固に作られているよ。城壁はいちばん低い場所でも10メテル半は確保している」
アルフレッド父さんの解説を聞きながら、俺たちの乗る馬車は砦の跳ね橋を渡っていく。
「あぃぎゃあ」
俺は馬車の窓から身を乗り出し、跳ね橋の下、幅5メートルはありそうな大きな濠を指で指す。
「エドは本当に賢いな。そう、その濠も重要な防衛設備だ。兵を城壁に取り付かせず、破城槌なんかも寄せ付けない。跳ね橋さえ上げてしまえば、この砦を落とすには濠を埋め立てるくらいしか手立てがないだろうね」
濠に入れる水量にも工夫があるんだよ、などと語る父さんは、職場見学に子どもを招いたパパそのものである。
「この砦には最大で5000人の兵員が収容可能だ。もっとも、それはあくまでも最大で、今は1500人くらいだね。背後の都市に駐屯してる2000と合わせて、合計3500人が僕の統率下にあることになる」
そう言って得意げに胸を張るオヤジ様。
39歳でそれだけの兵を任されるってのは、たぶんすごいことなんだろうな。
でも、【統率】レベル4で統率可能な兵力は4000だからちょっと少ない。
【鑑定】がかなり珍しいスキルみたいだから、経験的にこのくらいまでなら大丈夫という風にやるしかないんだろうな。
単純にサンタマナ王国の兵数の関係かもしれないけど。
父さんの解説を聞くうちに、馬車は跳ね橋を渡りきり、城壁の内部へと入った。
馬車は中心にある大きな建物の前で止まった。
まさに砦!といった感じの無骨な建物の中から、数人の鎧騎士が駆け出してきた。
「お帰りなさいませ、司令官様!」
「うん、ご苦労さま」
父さんはにっこり笑って軽く手を上げた。
「ソノラートとの国境は、司令官様が出ておられた2週間の間、目立った変化はなく、平穏そのものでございました!」
「それはよかった」
父さんはにこやかにそう答え、砦の建物を見上げる。
「砦の皆も、変わりはないかな?」
「ハッ! と申し上げたいのでありますが……」
「ん、どうかしたの?」
「グルシャー伯爵から、北のザックホルツ砦に千の兵を寄越されたいとの要請が、本日早朝にございました」
「ザックホルツ? 理由は?」
「ソノラートの内紛終息にともなって稼ぎ場を失った傭兵団〈黒狼の牙〉が、略奪を目的に、北路を通って我が国へ入るとの情報が流れているそうでございます」
「〈黒狼の牙〉が……。わかった、兵をまとめよう」
「よろしいのですか? 千もの兵を送っては、こちらの守りが薄くなると思いますが」
「しかたないだろうね。〈黒狼の牙〉は略奪を目的にした荒くれ者の集まりだが、傭兵団としての練度は高い。万一ザックホルツを抜かれでもしたら、その背後にある街や村が一体どんな目に遭うか……。さいわいこの砦は守りが堅い。残り五百でも、しばらくの間なら問題はない。後方の都市から……そうだな、半数の千を送るよう命令しておく」
「ハッ。それでは、取り急ぎ部隊の編成に取りかかります!」
「うん、任せたよ」
鎧騎士はビシッと敬礼を決めると建物の向こうへと駆けていった。
俺はというと、父さんの堂に入った指揮っぷりに感銘を受けていた。
言葉遣いは優しく丁寧だが、父さんはすばやく状況を把握し、すぐに判断を下し、明確な指示を与えている。
俺も前世ではサラリーマンをやっていたけれど、ここまでキビキビ仕事を進められる上司とは巡り会わなかった。
部下の騎士からも、父さんのことを尊敬している気配が伝わってきた。
ふと思いついてジュリア母さんを見ると、
「あーん、お仕事してるアルくんもすてき!」
なんて言いながらくねくねと身もだえしていた。
……その腕の中にある俺が時折すっぽ抜けそうになるので、ばれないように【物理魔法】を使って姿勢を保つ。
その後も、他の鎧騎士が何人もやってきて父さんの指示を仰ぐが、父さんはにこやかな表情を崩さず、しかし真剣に報告を聞き、検討し、指示を出していく。
さすがに二週間も留守にしていただけあって報告がひっきりなしだった。
父さんは秘書官を呼んでジュリア母さんと俺を砦内の居室に案内するよう命じた。
若い男性の秘書官は父さんのことを尊敬しているらしく、砦での働きぶりなどを母さんに向かってあれこれと語りながら俺たちを案内してくれた。
案内された居室で母さんと俺はようやく人心地着くことができた。
「お父さんはすごいね~? エドガーくんもお父さんのお仕事する姿、ようく見ておくんだよ?」
「ばぁぶ!」
その後、日が沈みかけた頃に、別の砦への増援部隊を送り出し終えた父さんがやってきて、砦の応接室を借りて夕食を取った。
砦だけに簡素な食事だったけど、母さんは父さんの姿をとっくりと眺めながら実においしそうに食べていた。
食事の前におっぱいをもらっていた俺は見てるだけだが、こんな無骨な砦の中でも、親子の団らんってのはいいものだ。
父さんも「おまえたちを連れてきてよかったよ」と言って俺の頭を撫でてくれた。
◇◆◇◆◇◆◇◆
砦での一日はそんな風にすぎていき、俺と母さんは砦に一泊して、翌朝に出発する予定になっていた。
しかし翌朝。
帰り支度をして父さんとの別れを惜しんでいる俺たちの前に、顔を青くした鎧騎士が飛び込んできた。
「何があった?」
母さんとキスをかわし、ずぶずぶに緩んでいた父さんの顔が、一瞬で引き締まった。
「――て、敵軍です!」
「何だって?」
「――ソノラート方面より、傭兵団とおぼしき集団が臨戦態勢でこちらに向かってきます! 数は最低でも二千! 掲げられた団旗を見るに――〈黒狼の牙〉です!」
父さんは天を仰いだ。
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