7 お披露目会
親父殿が飛び込んできたのは、ちょうど俺がジュリア母さんからおっぱいをいただいている時だった。
なんとなく、ワイフが浮気している現場に仕事が予定より早く終わった夫が帰ってきた、みたいな気持ちになってしまったが、考えてみればやましいところは何もない。
「――アルくん!」
ジュリア母さんがぱっと顔を明るくして、夫の方を振り返る。
完全にメスの顔ですわ、ということはなく、どちらかというと帰宅した飼い主に甘えるペットみたいな感じだ。
っていうか、夫にもくん付けなのかこの人。
「ようやくソノラートも落ち着いてきたみたいでね、何とか休暇を取って戻ってきたんだ」
ソノラートというのが何かわからなかったが、それよりも、である。
この人、39歳……だったよな?
サラサラの金髪を伸ばした20代半ばくらいのイケメンにしか見えないんだが。
もう一度【鑑定】してみるか。
新しく習得した【魔力制御】のおかげでジュリア母さんに見つからないように【鑑定】できるようになったことだし。
《
アルフレッド・キュレベル(子爵・サンタマナ王国第三方面軍司令官・《城落とし》)
39歳
ハーフエルフ
レベル 39
HP 91/91
MP 79/79
スキル
・達人級
【統率】4
【槍術】4
・汎用
【指揮】7
【剣技】5
【弓技】3
【槍技】9(MAX)
【格闘技】3
【短剣技】1
【乗馬技】5
【水魔法】3
【風魔法】4
【地魔法】4
》
ハーフエルフ!?
言われてみれば、耳の先が少し尖っている。
年齢より若く見えるのもそのせいかもしれないな。
これまでの【鑑定】で種族が出てこなかったのは、俺も母さんもステフも見るからに人間で、種族を調べるという発想自体がなかったからか?
今回は親父殿の若々しい容貌を疑問に思って【鑑定】したから、それに対応する情報が出てきた……んだろうな。
つまり、何も考えずに【鑑定】さえすれば情報が得られるとは思わない方がいいってことだな。
うん、これはいいことを知った。
それはさておき、親父殿のステータスだが、なかなかのもののようだ。
HPはレベル1成人男性の9倍超え。
MPも常人のレベルじゃないんだろう。俺より2多いしな。
槍は汎用スキルの
ハーフエルフのわりに魔法は苦手っぽいが、俺の基準はジュリア母さんなのでこれでもそれなりなのかもしれない。
『アバドン魔法全書』にも、エルフは生まれつき魔力量が多く、魔力の扱いにも長けていると書いてあったしな。
それより気になるのは、【指揮】と【統率】、「サンタマナ王国第三方面軍司令官」という肩書き、そして《城落とし》の二つ名だ。
後の二つは、もともと俺自身の【鑑定】結果から知ってはいた。
俺はてっきり、もっと軍人っぽい、恰幅のいい偉そうな中年男が出てくるものだと思っていたが、実物のアルフレッド父さんは、エルフらしい若作りの優男である。童顔気味のジュリア母さんと並んで立ってもまったく違和感がない。お似合いの若夫婦、といった感じだ。
そのイケメンエルフが「サンタマナ王国第三方面軍」とやらのトップだと言われても、どうもイメージが湧いてこない。
しかし、カンストはしていないとはいえ、【指揮】のレベルは高いし、達人級の上位スキル【統率】まで所持している。しかも、【統率】のレベルもそれなりに上がっている。
つまり、実際に【指揮】や【統率】を必要とする現場で、それなりの期間働いているということだ。
【指揮】と【統率】を【鑑定】してみよう。
《【指揮】:少数から中規模の部隊を指揮する技能。スキルレベル×20人の集団を指揮する際に補正がかかる。》
《【統率】:千を超える軍勢を指揮する技能。スキルレベル×1000人の軍団を統率する際に補正がかかる。》
つまり、親父殿は最大4000人までの軍団ならば、スキルの補正を受けながら指揮・統率できるということになる。
スキルの補正をあてにしないのならば、たぶんもうすこし多い人数でもなんとか統率できるだろう。
第三方面軍が4000人程度だとすると、「サンタマナ王国」とやらは、最低でも方面軍3つ分=1万2千の兵を抱えているということになる。それなりに大きな国っぽいな。
さて、初対面なのは向こうも同じらしく、父さんは授乳が終わるなり俺をジュリアから譲り受けて、おっかなびっくりその腕に抱いてくれる。
「おぎゃあ」
「おお、よしよし、パパだよう。ずっと会いに来られなくてごめんなぁ」
俺が怖がらないのがわかると、アルフレッドパパは興奮した様子で高い高いをしてくれる。
が、中身が大人の俺にとっては、高い高いはちょっとした恐怖だ。
こりゃあ、「落ちると痛い」ってことを知らない赤ん坊じゃないと楽しめないな。
この、パパの手を離れる時のフワッという感覚と、上昇が下降に転じる瞬間のウワッって感覚、ちょっとした絶叫マシンだわ。
「あ、あぎゃあ」
ちょっと強ばった声が出てしまった。
ごめんよ、パパ、かわいい子どもじゃなくて。
ひとしきり初めての挨拶をしおえた後、親父殿が今思い出したという感じで、
「そういえば、魔法が使えるって手紙にはあったけど……冗談だよね?」
やっぱりそういう反応になるか。
ジュリア母さんが唇を尖らせて反論する。
「本当だよぅ。わたしだって前線にいる夫にそんな冗談は書かないってば」
「だ、だけど、まだ6ヶ月経ったばかりだろう? いちばん早かったデヴィッドだって5歳の頃だよ。あれだってちょっとした騒ぎになったくらいだ。エドはまだ言葉だってしゃべれないって言うのに」
パパの言い分はしごくもっともである。
ていうか、デヴィッド兄さん(B、C、Dだから3番目の兄だな)とやらは5歳で魔法を使ったらしい。天才か。
だけど、このままジュリア母さんが疑われてるのもかわいそうだ。
ちょっとお披露目と行こうかな。
「ばぁぶ!」
と一声鳴いて、俺は二人の注目を集める。
そして、空中に
スキルのレベルが上がったから、このくらいなら十分効果圏内だ。
積み木がフワッと浮き上がって宙を舞う。
すこしだけ勢いを付けて、唖然と見守るアルフレッド父さんの額にコツンとぶつける。
「痛っ! おまえな!」
「エドガーくんを疑うからよ」
「にしても、本当に使えるのか……」
父さんは驚きを通り越して困惑している様子だ。
――俺の力を両親に見せるか隠すかというのは、実はけっこう迷った。
転生もののネット小説でも、方針の分かれるところだろう?
俺も迷ったが、結局ある程度は見せることに決めた。
理由としてはやはり、魔法の練習をこっそりとではなく親公認でできるようにしたい、というのがある。
【念動魔法】はこうして極めたけれど、重要そうな属性魔法にはまだ手が付けられないでいる。
身体が小さいうちは難しいかもしれないが、それでもゆくゆくは極めることにしたい。
その時に親に隠れて練習するのは、小さな子どもの身では難しい。
それに、ジュリア母さんは二つ名付きの魔法使いだし、アルフレッド父さんはハーフエルフだ。
魔法を覚える上で手を貸してもらえれば心強いことこの上ない。
人となりも優しくて、子どものことを本当に愛していることが何もしないでいても伝わってくる。
――この二人が、俺の不利益になることをするはずがない。
今日その確信が持てたので、俺が特別な力を持っていることを、ある程度加減してではあるが、わかっておいてもらうことに決めたのだ。
さて、そうと決まったらお立ち会い。
俺は空中にまたいくつかの
全部で12個。
【無文字発動】こそ使わなかったものの、【念動魔法】、【同時発動】のスキルレベル4相当の芸当だ。
「おおっ!?」
驚愕するパパに抱かれたまま、俺は短い手を宙に伸ばし、手のひらを天井に向けて左右に動かす。
その動きに連動して(正確には「連動させて」)積み木が順繰りに宙に舞い上がり、大きく弧を描いて反対側の手のひらの上に戻ってくる。
そう、【念動魔法】でお手玉をしているのだ。
「ど、【同時発動】……!?」
「ね、【念動魔法】の精度もとんでもないわねぇ」
夫婦揃っていい反応をしてくれる。
それじゃ、もう少し。
積み木のお手玉を続けながら、戻ってきた積み木を、左手でポンと跳ね上げるような動作とともに強めに弾く。
もちろん、【念動魔法】で弾くのだ。
そうしてお手玉の輪を飛び出した積み木は、空中の適当な場所に静止させる。
同じことをお手玉の数だけ、つまり合計12回くりかえす。
結果として12個の積み木が空中に静止していることになるのだが、
「これは……馬か?」
「ばぁぶぅ」(正解)
アルフレッド父さんが看破したとおり。
それは、積み木で描いた馬だ。
足はそれぞれ二つの細長い積み木を組み合わせることで、まるで野を駆けているかのような臨場感を持たせている。
顎が落ちそうなほど驚いている二人を尻目に、俺は積み木を動かして別の絵を作っていく。
「お、お花かしら?」
「ばぁぶぅ」
「これは……城かな?」
「ばぁぶぅ」
「わかった! お犬さんね?」
「ばぁぶぅ」
「塔、かなぁ?」
「ぶぶー」
正解は東京タワーでした。
さて、ここからが本題だ。
三角帽をかぶり、箒のような棒を持った人。
「ん、魔法使い、か?」
「ばぁぶぅ!」
よかった。通じた。
この世界の魔法使いも、三角帽をかぶったりするんだろうか。
じゃあ次だ。
その魔法使いが、円錐状の何かを手の先から出している。
「魔法を使ってるのかなぁ?」
「ばぁぶぅ!」
ママ、正解。
これでジュリア母さんとアルフレッド父さんのポイントが並んだ。
最後の問題はポイント大きいよ!
――魔法使いの手の先にあった円錐を、俺の手のひらの上に。
「「魔法を使いたいの(か)!」」
――大正解!
息の合った夫婦に、ペアで行くハワイ旅行をプレゼントしてあげたいね。
通り魔を何とかしたら、そういうことも考えようかな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます