竜の階
ムルコラカ
プロローグ いつか、どこかでの物語
ナギは額の汗を拭い、乱れた呼吸を整えてから背後へと視線を向けた。
透明な、分厚いガラス張りの板のようなモノが、横に寝かせられた形で宙に浮いている。それも一枚ではない。
その少し奥、一枚目よりも若干高い位置にもう一枚。更にその奥、そのまた奥も同様だ。
視線を上空へと動かしてゆく。等間隔で大気の上に固定された無数の透明板は、まっすぐ雲の上へと繋がっている。
まるで階段だ。下界の者を、天上の世界へと導く階段。
上がってこいと言わんばかりに自身の存在を誇示し続けている。
ナギは正面へと顔を戻した。十メートルくらい先で少女がひとり横たわっている。あどけない顔をした、少し前まで自分と幼馴染だった少女だ。
無言で彼女に近づく。枕元に立ち、膝をつく。彼女からの反応は無い。
「ごめんな、ナミ……」
頬に触れ、短く謝罪の言葉を告げる。出てきた言葉はそれだけだった。
本当はもっと言いたいことがある。万の言葉を連ねても足りない想いが、ナギの胸の中でくすぶり続けている。しかし、そのどれもが無益だ。
どんなに言い訳を重ねたところで、永遠の別離となる運命は変えられないのだから。
ナミはどうしてもそれが認められなかった。ナギを失いたくなかった。だから、力づくでも彼を止めようとした。その結果が、今だ。
ナミの胸は規則正しく上下し続けている。身体にも、大きな怪我はない。その事実にナギは安堵した。
どうやら無事に無力化出来たようだ。しばらくすれば目を覚ますだろう。
立ち上がり、北へと目を向ける。丁度大陸の中央、国境にそびえ立つこの山を北に下れば、自分達が暮らしていた帝国領に入る。反対側、南に下れば敵国へと足を踏み入れることになる。
もっとも、どちらへ行こうとも目にする光景は大差ないだろうが。
荒れ果てた大地、跋扈する魔物共、逃げ惑う民衆、果敢に立ち向かう騎士団や魔術兵団、我関せずの構えでいる他の“渡り人”達――。
ナギは天空へと続く階段へ目を戻す。この先に解決法があるのだろうか? 地獄と化した下界を救う
分からない。しかし、行ってみるしかない。もう希望はここだけなのだから。
たとえ、二度と戻れないと分かっていても。
最後に、もう一度眠っているナミを振り返ると、ナギは常に肌身離さず自分の首に掛けているロケットペンダントを外し、彼女の首へそれを託した。
そっとチャームを開ける。中には一枚の写真が入っていた。幼い頃のナギとナミが両側で微笑んでいる。
そして、中心で二人の左右の腕を取って快活に笑う、一回り小さな男の子。
「ナオル…………」
最後に、お前と会えない事だけが心残りだよ。
『あの時』からもう二年だな。お前も高校生になっただろう。父さんと、ちゃんと仲良くやれているか? おばさんから、恨み言を言われたりしていないか?
ごめんな。兄さんも姉さんも、突然お前の前から居なくなってしまって。寂しかったか? それとも……苦しんだか? いつかお前の前から去る日が来るのは分かっていたけど、あんなに唐突で理不尽な消え方をされては、さぞモヤモヤしただろう。
今更言うのもおこがましいけど……俺たちの事は忘れて、力強く生きてくれ。
心中で懺悔を終えると、ナギは決然と立ち上がり、三度透明な
もう振り返らない。自分は自分の使命、自分の役目を果たしに行く。
この階段を登りきった先で…………
竜が、自分を待っている――――。
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