第100話 わたし、怒りのミートボールなのだ その二 

 お姫様ってものが、タイヘンだっていうのは、よーく分かった。

 ご自身の発言や、態度一つで国際問題やらの、政治的なことか何かに発展してしまうのだから。

 おまけに、こんな方たちとのお付き合いも、公務として、どちらに加担するでもなく公平にこなさなくてはいけないなんて。


 マチルダ姫様も、その妹君のソフィア姫様も、あの笑顔の下では、ぐっと歯を食いしばって堪えておられるのかもしれない。

 優雅に見える白鳥も、その水面下では、必死になって足をバタつかせているのと同じように。


 でもだからと言って、わたしがタイヘンじゃないってことではない。

 わたしだって、わたしをやるのはタイヘンなのだ。もう、毎日が必死なのだ。


 自分で言うのもなんだけど、こちらの世界に来てからというもの、今までになく頑張ったと思う。


 いえ、元の世界では、のんべんだらりと過ごしていたとかではないけれど。

 特に家族をなくして以降は、あんまり考えないようにしていただけで、心にはぽっかりと穴の開いたような毎日を過ごしていたのだ。


 それを救ってくれたのは、わたしの数は少ないけれど、仲の良かった友達たち。

 彼女たちには、本当に、いくら感謝しても、感謝しきれないくらいだよ。


 今頃、どうしているんだろう。元気でやっているといいな。

 もう会うことはできないけれど、わたしもなんとか元気だよ。


 ひさしぶりに、あちらの世界のことを思い出して、少しだけ感傷的になる。


 それから思うのは、こちらで出来た友達のこと。

 わたしには、もうこちらの世界にだって、ちゃんと帰るところがあるのだ。




 相変わらず、薬にも毒にもならないようなことを、キザッたらしく、長ったらしく、ワザとらしく語り続けるジェイムズ氏。

 昨晩、お世話になった、えーとなんというお名前でしたっけ? 温厚そうながら、どこか老獪そうでもありそうな、あのおっさん。


 そうそう、ハルマン氏。


 ハルマン氏が、悪代官だったとしたら、ジェイムズ氏は、悪徳商人といったところかな。

 両者とも、絵に描いたような悪人面ではないものの、おエラい方々の持っている、どこか信じちゃいけないような雰囲気を醸し出している。


「ふっふっふ、お主もワルよのう」


「いえいえ、アナタ様には敵いませぬ」


「ふっはっはっはっはっは」


 ——みたいな、お互いを利用しようとしている割には、悪事が露見した途端、全てを相手のせいにして切り捨てる……といった雰囲気。


 むー、これって偏見かな?

 わたしは偉そうにしている方々は、あまり好きではないのだ。


 部下の方たちもたいへんだね。こんな上司じゃあ。

 ハルマン氏についていた黒服1号さんなんて、いかにも実直で勤勉そうだもんね。

 お知り合いになったら、側に寄ると暑苦しそうだけど、信用はできそうな気がしないでもない。


 でも黒服2号は、どうかな。

 なんとなく持っている匂いが、雇用主であるジェイムズ氏と同じ種類のもののように感じられるよ。

 だからジェイムズ氏チームの方は、あれでうまくやっているのかもしれない。


 ジェイムズ氏の熱弁を聞き流しながら、久々に妄想ドライブを発動させてしまった。

 そろそろ、次の行動に移らなければ。ミッションを開始する時間だ。


「ごちそうさまでした」


 わたしは、お嬢様らしく、ナプキンで口許を拭く。


 あー、出していただいたものは、きれいにご馳走になったよ。

 どんなに口に合わないものでも、お相手がどういったつもりでも、自分のために用意してくれたのならば、それは有り難くいただなくてはいけない。


 我が家の家訓。というほどのものでもないか。心がけ。

 でも、たいていの場合は、味はともかく、そのお心遣いがうれしいものなのだけど。


 そういう訳で、わたしのお皿は空っぽだ。

 ただ一つ、謎肉のミートボール、てめえはダメだ。


 たぶん、これをお作りになった料理人の方は、わたし、というかマチルダ姫のために腕をふるったんだとは思うよ。

 普通だったら、わたしだって残すのは失礼、とばかりに、なんとか食べ切ったさ。


 でも、でも、あの味はダメだった。

 ごめんなさい、料理人の方。

 わたしは、無力だ。


 わたしが、ごちそうさまを言い終えるが早いか、背後に控えていた黒服1号が、イスを引いてくれる。

 よしっ、うまく立ち上がれたぞ。

 お城でお世話になっていた頃は、上手にタイミングが合わなくて、何度かつんのめりそうになってたけど。

 ふふっ、わたしも成長している。


 見事に立ち上がったわたしは、正面にいる、やっぱり立ち上がったジェイムズに向かって、にっこりと微笑みを返した。


 こうして、しみじみと見れば、思っていた通りの風貌だったな、ジェイムズ氏。

 志は高いのは結構だが、もう少し、人の言葉に耳を傾けた方が良いぞ。自己主張ばかりでなく。


 にっこりとした笑顔の下、わたしも彼に負けず劣らず策略を巡らせている。

 ミッションを発動する時が、ついに来たのだよ。


 わたしのミッション。それは、このお屋敷からの脱出。そして『炎の剣亭』への帰還。


 偽物とはいえ、マチルダ姫が、突如として姿を消したら、ここはてんやわんやの大騒ぎになるんだろうけれども、そんなことは知ったことではない。

 元はといえば、あなた方が良く確かめもしないで、しかも本人の意向も伺わずに、こんなところに連れてきたのがいけないのだ。


 調べれば、すぐに本物のマチルダ姫様の無事も、行方も分かるだろう。

 それでは、あの時の、あの女は何者だったんだ。ということで語り種のひとつにでもなったら、ちょっとばかり愉快じゃないか。


 それも調べれば、すぐに分かっちゃうかもだけど、その頃にはわたしは『炎の剣亭』だ。もう安全圏内だ。

 国のおエラ方にしたって、王様から公式に客分扱いされている、聖女様に手出しはできまい。

 あー、いえ、聖女様ってのは、なんかの手違いだったんですけれど。客分の方は間違いない。


 でも、おっちゃんたち、心配してるんだろうなー。

 ことによっては、こっぴどく叱られちゃうかもしれない。

 今頃、必死にわたしの行方を探していたりなんかしてたら、それこそ申し訳ない。


 もうすぐ帰るからね。

 待っていてね。

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