第68話 カフェ『炎の剣亭』、ただ今準備中なのだ その二
とぼとぼとぼ……。
わたしは賑やかな町中を、一人歩く。
だからと言って、おっちゃんがコーヒーのプレゼンを拒否したとか、そのせいで『炎の剣亭』カフェ化計画が頓挫したとかそういんじゃないんだからねっ。
いやね、むしろノリノリだったんですよ。おっちゃんときたら。
ついに魔力に覚醒したわたしは、『炎の剣亭』に設置された数々の怪し気な魔導器や、生活に便利な魔導器を使用可能となり、その勢いでコーヒーをルドルフさんとネーナさんにお披露目。
そのあとの日々を、より美味しくコーヒーを淹れる練習や、魔力をうまく使うための自主トレやらに追われていると仕入れの旅からおっちゃんが帰還。
旅から帰ったおっちゃんが落ち着いた頃合いを見計らって、さっそく助手としてマティアスくんを召喚したわたしはコーヒーと昼営業を提案したのだ。
結果。
わたしがコーヒーを淹れるようすを、興味深毛を、わしゃわしゃと生やかしながら、じっと見守っていたおっちゃん。
差し出したマグカップ。
『炎の剣亭』では、エールでもお茶でも何でも、日頃はマグカップを使っているみたいなんだけど、お掃除の時に見つけておいた棚の奥にあった小さめなマグカップ。
そのマグカップを手にしたおっちゃんは、まずは目を閉じて香りを楽しんでいるようだ。
よしよし。
そして、おもむろに一口。
おっちゃんの表情が驚きに変わる。
しめしめ。
そのあとは、ふーふーと冷ましながら一気にマグカップを空にしたおっちゃんは、満足毛をふさふさと生やかしながら大きく息をついた。
わたしの見立て通りだ。
違いの分かるおっちゃんなら、きっとこの味わいを理解してくれるって信じてたよ。
「ふーむ、このコーヒーはうまいな。前に飲んだものとは別物だ」
あれ、おっちゃんってばコーヒー飲んだことあるの?
「昔隣国にいった時、付き合いで少々……な」
あー、そう言えばルドルフさんたちが、そんなこと言ってましたっけ。
どうやら、おっちゃんは護衛騎士時代に、隣国のコーヒーというものを、いたく気に入ったお姫様のご相伴に預かって飲んでみたらしい。
味も香りも悪くはないが、飲んだあと、口の中にしゃりしゃりと粉が残るので残念な飲み物だと思ったそうだ。
おー、隣国のコーヒーは、煮出して飲むタイプかー。
そりゃワイルドな味わいだったろう。
それに引き換え、どうだい? 『炎の剣亭』のコーヒーは? 格段に進化しているでしょ?
わたしが進化させた訳じゃないくて、ウル翁に教わっただけなんだけどもさ。
ウル翁の名前が出た途端、おっちゃんがなんとも微妙な顔になる。
あら? おっちゃん、ウル翁ともなにかあったのかな。
「ウルリッヒ先生は、ミヒャエル先輩にとっても師匠なんです」
隣で控えていたマティアスくんが、そっと教えてくれた。
ほうほう、なるほど。
ようするにネーナさんと共に、おっちゃんが頭の上がらない相手ってことか。
これは覚えておこう。
でもコーヒーのお代わりを催促するおっちゃんからは、既に微妙な表情が消え、いつになく真剣な表情となっている。
やや、どうしたのだ。
なんか嫌なことまで、思い出しちゃった?
おっちゃんは、ぼそりと呟く。
「夏の盛りに飲むのは、ちょっと辛いか。冷たいコーヒーでもあれば良いんだが」
きたーっ!
その言葉こそ、このコーヒー提案の重要なキーポイント。
あるよ、あるよ。
冷たいコーヒー、あるよ。
わたしは、マティアスくんに向かって頷くと、いそいそとアイスコーヒーを淹れる準備を始める。
この前マティアスくんも、夏は冷たいものが飲みたいと言っていたので、こっそりウル翁に相談しにいってきたのだ。
僅かな知識から、アイスコーヒーには、良く煎った豆を少し荒めに挽いて濃いめに淹れたら、それを急速に冷やすと良いらしいということを引っ張り出したのだ。
ふむふむと、わたしの話を聞いていたウル翁は、豆のブレンドを変えたり、焙煎時間を調節したりして、あっと言う間にアイスコーヒー用の豆を用意してくれたのでした。
淹れたコーヒーを急冷するのも、ウル翁は魔法でちょちょいとやってしまうので、試作品も一杯目どころか一口目から美味しい。大成功だよ。
ウル翁は、誰でもコーヒーを冷やす魔法を使える魔導器を作ろうとしてくれたんだけど、それはご丁重にお断りした。
それは、なんでもウル翁に頼ってはいけない、という気持ちと、わたしのアイスコーヒーに関するささやかなコダワリからなのでした。
わたしのコダワリ。
それは夏のお飲物と言えば、汗をかいたグラスに、からんという氷の涼し気な音。
という訳で、マティアスくんにアイスコーヒー専用の製氷機を作ってもらったのさ。
ウル翁には頼り切りは良くないと言いながら、マティアスくんには頼り切りじゃないかって?
『炎の剣亭』には、冷蔵庫やら冷凍庫っぽい魔導器があるのだ。
そこに製氷皿を取り付けたら、氷ができるんじゃあるまいか?
というようなことをマティアスくんに相談したら、製氷機は製氷機で作りましょう。という話になったのさ。
なので今回は魔導器を作るマティアスくんに、くっついて回って材料の価格交渉をしたり、製作過程の一部始終を手伝ったりしたのだ。
その時の話も、わたしにとってはちょっとした冒険だったんだけど、詳しく語るのは又の機会に譲りましょう。
そんなこんなでキューブ状の氷も美しい、わたしの考える由緒正しいアイスコーヒーの完成だ。
ささ、おっちゃん、飲むのだ、飲むのだ。
わたしも飲む。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます