第17話 氷のマティアス、その呼び名には照れるのだ

 ——もぐもぐもぐ。


 わたしたちはランチを楽しんでいる。しかも人の部屋で。

 ルドルフさんの執務室にて、先ほど密談ののち、そのままお昼休みとなったのだ。


 こんなこともあろうかと、わたしは山ほどサンドイッチを作ってきたんだよ。

 材料は宿舎の食料貯蔵庫で調達した。無断ではないぞ。ちゃんと管理人さんに許可を貰ったよ。


 わたしにとって、異世界での初料理。

 どうなることかと思ったけど、なんとかなった。


 キャベツように見えたものは、キャベツだったし、ベーコンのように見えたものは、ちゃんとベーコンの味がした。

 これでレタスのように見えて、件の魔獣の肉だったりしたら目も当てられない。初の料理は挫折してしまったところだよ。


 調味料の類いも、塩は塩だし、胡椒は胡椒だ。念のため掌に取って、ひとつずつ、ぺろりと舐めてみたのだ。

 ただ、サラダオイルのように見えたものは、風味が独特だった。植物性であることは間違いなさそうなんだけど……。

 強いて言えばオリーブオイルに似てるのかな。ウチはゴマ油ばっかりだったから良くわからん。今度研究してみようっと。


 でもやっぱり、お醤油やお味噌は見当たらなかった。

 ついでに言うとマヨネーズも。うーん、やっぱり残念。


 当然、お米もなかったけれど、山型の食パンっぽいものが大量にあったので、それを使ってサンドイッチをつくることにしたのだ。

 かくして出来上がったのは、大量のBLサンド。別に如何いかがわしいものではないぞ。ベーコンとレタスが挟まっているのだ。

 トマトがなかったのが残念だったのだけど。キミは、何がサンドされていると思ったのだ。


 付け合わせの、キャベツのインチキなコールスローサラダも食べたまえ。マヨネーズもフレンチドレッシングもなかったもので、わたし特製の基本ドレッシングで和えてあるのだ。


 代わりにマスタードを見つけたので、ドレッシングに加えてみた。ツナ缶も一緒に和えると美味しいんだけど、ツナ缶は、この世界にはない。というか、缶詰そのものが見当たらなかった。


 マスタードもね、舐めてみたんだよ。見た目は、どこから見てもマスタードだったんだけど、念のため、ね。

 この見てくれで甘い調味料だったら困るでしょ。


 思いっきりさじですくってペロリとしたあと、つーんと鼻に抜ける辛みに涙目になったのは内緒。

 どちらかと言えば、日本の芥子に近い味だったのだ。


 そして、決め手はこれ。キャベツが針のように細かろう。大きさを揃えて細くすると、ドレッシングが良く馴染んで美味しいのだ。わたしの超絶包丁技、とくと味わうが良い。


「さすがは、ミヅキさん。お料理もお上手でいらっしゃる」


 童顔の天才魔導士、『氷のマティアス』くん。若いだけあって、良い食べっぷりじゃないか。


「うむうむ。ミヒャエルの料理とは違って、見た目も美しい」


 若き騎士団長、『炎のルドルフ』さん。見た目通り豪快な食べっぷりだなあ。


 その二つ名は恥ずかしいから止めてくれって? マティアスくん?

 ルドルフさんは喜んでるみたいだけど。わかりました。今後はやめておきます。

 でも二人とも、そんなに美味しそうに食べてくれてありがとう。作ってきたかいがあったというものさ。




 ランチのあとには、お茶を頂くことになった。


 お茶を運んできたのは、なんとネーナさんではないか。

 ご無沙汰しております。その節には、たいへんお世話になりました。


 ふむ。ネーナさんは元々騎士団関係者であったか。

 しかも、ルドルフさんが新米騎士だった頃からのお知り合いとは。

 ほうほう、もうちょっと詳しくお話を聞かせてもらおうか。




 ネーナさんはお仕事中だというのに、わたしたちに付き合って、しばし歓談に加わってくれた。

 話の中で、おっちゃんの攻略ポイントがわずかながら明らかになる。ありがとう。ネーナさん。




 ところでルドルフさん。あの部屋の隅に置いてある、“抜くことが出来たら勇者になれそう”なディスプレイの剣はなんだい?


「あれこそ名剣『炎の剣』。俺がミヒャエルから、団長の座とともに託されたものだ」


 おおっ、そんなスゴいものなのか?! なんとおっちゃんは火属性の魔法まで使えたのか。

 でもって、おっちゃんが振るえば炎の魔力が付与された、高い威力の必殺技まで発動してしまうのか。


 って、なんじゃ、そりゃ?! そんなスゴいものが、ただのインテリアだって?!


 わたしは、おっちゃんとルドルフさんの底知れぬ実力に、おののきを感じずにはいられないのでした。

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