第13話 白馬に乗った騎士様は、
わたし、ここで働くっ!! じゃなくて、働かせてくださいっ!!
さあ、マティアスくん、お店に入ろうではないか。そしてマスターに、このわたしを紹介するのだ。
ぱたり。
扉を開けて、わたしたちは『炎の剣亭』に足を踏み入れる。
無骨ながらも品のあるインテリア。なんだか北欧家具店のディスプレイみたいだ。
数人掛けのカウンター席と、その奥には厨房が見える。あとはテーブル席がいくつか。
カウンターも、テーブルやイスも、やたらと頑丈そうに見えるけれど何か意味があるのか、これ。
しかしなんだな。いろいろと上品で高級そうだが、店の造りは近所の定食屋みたいじゃないか。
悪い意味ではないよ。わたしの中では、この店のファーストインプレッションは爆上がりだ。
さて、マスターはどこだ? このお店をやっているのは、どんな人なんだろう?
「ごめんくださーい。どなたかいらっしゃいませんかー」
「誰だかしらんが、まだ仕込み中だ」
客商売をやってるとは、思えないようなぶっきらぼうな物言い。
「なんだ、マティアスか。まだ準備中なんだ。もうちょっとそこで待ってろ」
しかし、その声は低く落ち着いていて、わたしの耳に心地良く響く。
おや? この声は? そこはかとなく聞き覚えがあるぞ。
店の奥から前掛けで手を拭きながら、その声の持ち主は現れた。
ああーっ!! この世界で初めて出会った騎士様。ヒゲのおっちゃんじゃないかっ!!
お城で見かけないと思ってたら、なんだってこんなとこにいるんだ?
でもなんだか不思議な縁を感じるな。ぜひともわたしは、ここで働くぞ。
「なあ、マティアス。この娘さんは誰だ?」
わたしは表の張り紙を見て来たのだ。さあ、雇え。雇うのだ。
って、あれ? わたしのことは憶えてないのか?
あなた方に比べたら平たくて薄い顔だけど、そりゃないよ。
「ミヅキさんは、件の召喚の儀で現れた聖女様ですよ」
騎士様改め、お食事処のおっちゃんは、わたしの顔をじっと見つめる。
いや、照れるな。けど、おっちゃん、目付き鋭いな。
そんな目をしたら、お客さんが逃げちゃうんじゃないか?
「ああ、あの時の聖女様か」
そうです、そうです。あの時の聖女です。
でも、もう聖女失格認定されちゃいましたけどね。
「あの時は大変だった。そのあとも大変だった」
あちゃー、やっぱりご迷惑かけておりましたか。
その節は、お世話になりました。過分な対応、痛み入ります。
「で、その聖女様が、うちに何の用だ」
だから、わたしは、もう聖女様ではなくってですね。
恥ずかしながら、就職活動の真っ最中なのですよ。
「うちは、女や子どもは雇わないぞ」
なんでだよ。そりゃ、わたしは
「朝早くからの仕入れ、夜遅くまでの仕込み。住み込みでやって貰わねばならん」
わたしの住んでるところは、ここから目と鼻の先だ。すぐに出勤できるし、すぐに帰れるぞ。
「とにかく、うちは女性は雇わない方針なんだ」
なんだと、この頑固者。働きもしないうちに全否定か。
わたしは一人暮らしだったお陰で、家事全般得意なんだぞ。特に料理。
「ははっ、元団長がこの店を開いたのには、ちょっと変わった経緯がありまして」
マティアスくんは、苦笑いを浮かべてわたしを
「余計なことを言うな、マティアス」
若干13歳で宮廷魔導士となった、天才魔導士マティアスくんを一喝するおっちゃん。
やはり、ただ者ではない。あ、騎士様だったか。良くわからん。
「今日のところは食事だけ頂いて帰りましょう。こう見えて腕は良いですから、この方は」
おっちゃんの喝を、さらりと受け流し、にっこりと微笑むマティアスくん。
あなたもまた、ただ者ではない。
「雇ってやることは出来ないが、客として来てくれるのなら歓迎する。
まだ、いろいろと言い足りなかったかったけど、マティアスくんは笑顔で首を横に振る。
わたしは、おとなしく食事の席に座ったのだった。
——有り合わせのもので申し訳ないな。
まだ仕込み中だとのことで、そう言って出て来たこれはなんだ。
ポークソテー? ブタっぽい薄切り肉とタマネギっぽい野菜を炒めてある。
付け合わせには、キャベツの千切りらしきものが大量に添えられていたのだ。
それはもう、その切り方の乱暴さと盛りつけの豪快さが、“漢の料理っ!”感を高めていた一品なのでした。
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