第10話 青山あり。なのだ

 その時、またもや扉をノックする音が響いた。

 異世界でも世間に吹く風は冷たい。きっと、わたしに立ち退き勧告でもしに来た、お役人様の類いだろう。


 はぁー。大きな溜息とともに、尋ねてきた者の顔を良く見れば、知的な美形マティアスくんじゃないか。

 いやぁ、この前は取り乱してすまなかったね。けど、キミが立ち退き勧告の使者だなんて。キミも損な役回りを押し付けられたものさ。


 おや、今日は一人じゃないのか。どちら様だい、そのエラくガタイのいい美丈夫なお兄さんは?


 ルドルフさん。ルドルフさんというのか。しかも貴方は宮廷騎士団の団長様。ほえー。


 で、二人揃ってなんの用かね。いや、わかっている、わかっているともさ。

 ここを出て行かなくちゃいけないんだろう。


「今日は、大切なお話しがあって参りました」


 おっ、最後通告は貴方からか、ルドルフさん。


「この度は、我らの都合によって遥かな異世界より、お呼び立てしてしまって誠に申し訳ない」


 わたしみたいな小娘に向かって、深々と頭を下げるルドルフさん。マティアスくんも頭を下げている。

 あー、いいから、いいですから。聖女に失格したわたしに、そんなに謝らなくても、いいですから。


「つきましては、ミヅキ様を客分として持て成せ、との王からのご命令です」


 えっ、今なんつった。客分? ホントにいいの? 王様がそう言ったの?

 王様、なんて良い人だ。ハゲなんて言ってごめん。いや、言ってないよ、そんな失礼なこと。心の中だけで、ちょっと思っただけさ。


「このまま、この部屋でお過ごしください。食事など、暮らしのご用意もお任せください」


 わーい、三食昼寝付きの優良物件だ。ホームレスからの一発大逆転。捨てる神あれば、拾う神あり。世間の風は、冷たくはなかった。


「昨日は、話の途中、泣き出しそうなお顔で駆け出していってしまわれたので、心配で、心配で」


 おお、マティアスくんは心配してくれたんだね。ありがとう、ありがとう。

 わたしは、再び涙ぐむ。でもこの涙は悲しみのせいじゃない。うれしいんだよ、ホント。

 あ、でもなんか、そこまで至れり尽くせりだと悪いな。気を使ってしまうわたしは小市民。


「狭くても構いませんので、町のどこかにお部屋を借りることはできないでしょうか。できれば働き口も、ご紹介いただけると幸いです」


 ——ふむ。しばし考え込む、お二人。


「それは構わないのですが、出来れば我らの目の届く範疇でお願い致したい」


 とルドルフさん。曲がりなりにも彼らにとっては異世界人のわたし。何らかの監視対象ってことかな。


「いえ、ミヅキ様は、この地にいらして間もない身の上です故、我らがお守りするのに郊外では不便ですから」


 なんとルドルフさんまで、わたしのことを気にかけてくれるのか。ありがとう、ありがとう。

 しかも、ルドルフさんに住み込みで働くことまで勧めてくれたよ。人が良過ぎるだろう、ルドルフさん。

 でも、さすがに宮廷騎士の団長様のお宅に、わたしのような、どこの馬の骨かもしれない者がおじゃまするのは気が引ける。


「そういうことでしたら、僕の住んでいる魔導師や騎士の宿舎なんてどうですか。ちょうど空き部屋もあることですし、職は後ほど探すとして」


 おおっ、マティアスくん、いいのかい? 何から何まで世話になるねぇ。

 でも宿舎? この世界にも、どこぞの会社の独身寮的なものがあるのか?

 それは、わたしのような魔導士でも騎士でもない者が住んでも良いもの?


 聞けばルドルフさんは、代々騎士を排出されている名門の家のご出身らしいので、お城近くの一等地にご家族とともに住んでいるとのことだ。

 一方、マティアスくんは、地方の貧乏貴族の次男坊だとかで、12の年に宮廷魔導師を目指して上京、その後、見事に試験に一発合格して今に至るまで、その宿舎暮らしだそうだ。

 うう、マティアスくんって苦労人だったんだね。でもなんか親しみを持てるよ、庶民仲間みたいで。一緒に頑張って、この世知辛い世界を生きていこうね。


「大丈夫ですよ。ルドルフ団長と僕が後見人となれば問題ないです」


 あれ? でも、そうすると多くの殿方と同じ屋根の下で暮らすという、不測の事態になってしまうのでは?


「同じ敷地内に隣合わせに建っていますが、男女は別棟です。ご安心ください」


 そういう訳で、わたしはお世話になったお城にお別れを告げ、お引っ越しをすることになったのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る