第7話 異世界で、初めてお茶する朝。なのだ
「ああ、なんて美味しいお茶なのでしょう」
そんなこんなで、この国の王様との謁見という、わたし史上初の快挙を成し遂げたわたしは、こうして優雅にお茶を飲んでいるという訳さ。
ホントは、緊張から解放されて気が抜けてるだけなんだけど。わたしだって緊張くらいするのだ。例えハタからは、そうは見えなくても。
「こちらの焼き菓子もどうぞ」
今朝から、つきっきりで面倒を見てくれている、この侍女の方はネーナさんという。
この世界に不慣れなわたしのあれこれを、何も言わず、そっと手を貸してくれる気遣いの方だ。
今もこうして、わたしが寂しくないようにと、お茶を入れて話相手となってくれたのだ。
そう言えばネーナさんって、どことなく元の世界、日本にいた頃に世話になったご近所さんに似ているな。
八百屋のオバちゃ……いえ、素敵なお姉様だったんだけど、彼女は美人で、しかも優しい人だった。
一人暮らしのわたしを気にかけて、買い物する度にオマケしてくれたっけ。
いま時は野菜も高いのに。よっ、太っ腹。ホントにありがとう。
ぽんっ! ←これは、わたしが心の中でハラツヅミを叩いた音だ。
太っ腹と掛けたつもりだったのだけど。なんちゃって。
ご近所さんと言えば、裏のおばあちゃんはどうしてるかしら。
今朝も元気に起き出して、散歩でもしてるといいんだけど。
一度、お庭の草むしりを手伝って以来のお付き合い。
なにかっちゃ押し掛けて、お茶菓子なんかをご馳走してもらったなぁ。
あと忘れちゃいけない、バイト先の定食屋の店長さん。
アルバイト募集の張り紙を見て、飛び込んだわたしを快く雇ってくれたのだ。
わたしが一人暮らしだと知ると、一家総出で応援してくれた。主に食事関係で。
思えば、なんてズーズーしいんだ、わたしときたら。
でも感謝してるのは本当です。お世話になりました。ありがとうございます。
「お茶、もう一杯いかがですか?」
一晩しか経ってないのに、もうホームシックかしら。少しぼんやりとしてしまった。
そんなわたしを気遣ってか、ネーナさんがお茶のおかわりを勧めてくれる。
ありがたいのう。
「はい、ぜひとも、お願いします」
言いかけたその時、部屋の扉をノックする音がした。
おや、こんな時間に誰だろう。
尋ねてきたのは、謁見の案内役を務めてくれた若者じゃないか。
丁度お茶を飲んでたところさ。一緒にどうだい。
ええと、お名前は? なんだっけ?
ああ、マティアス君か。
いや、忘れていた訳ではないよ。わたしも今朝はバタバタしてたもんで。
ごめんなさい。代わりと言ってはなんだが、わたしも名乗りを上げよう。
「わたしの名前はね……」
あれ、なんで知ってるの。
え? もう皆さん、ご存知なの? なんで? なんで?
昨晩、お姫様の前で名乗ったの? わたしが? 自分から?
ごめんなさい。それは全然憶えてませんでした。
どれだけいろいろな方に迷惑かけてたんだ、わたしときたら。
でも名前の由来までは知らんだろう。
良かったら教えてしんぜよう。
「八月の一日、と書いて“ほずみ”と読むのです」
ああ、これは名字。要するに家の名前さ。
毎年その日に、稲穂を摘んで神様に供えるっていう神事が由来らしいよ。
わたしのいた日本じゃ、ちょっとばかり珍しい名字だったんだぜ。
この世界ににも、月とか曜日とかあるのかな。
八月ってわかります?
この世界では木の葉の月って言うんだ。
うんうん、日本でも同じような感じだよ。
「名前は、美しい月、と書いて“みづき”というのです」
惜しいところで回文にならない、わたしの名前。
回文って知ってるかな。上から読んでも下から読んでも同じになるってやつ。
新聞紙とか。トマトとか。その回文に惜しくもならなかったのよ。
でも両親に貰った、大切な名前なのさ。
気に入ってるよ、もちろん。
ひとしきり名前にまつわるウンチクで盛り上がった後、マティアスくんは、わたしを庭園に誘う。
おっ、デートのお誘いか。
「ええ、ミヅキ様にお話したいことがあるのですが、ここでは何ですので」
なんだ、業務連絡か。そんなことだろうと思ったぜ。
まあ、いいさ。付き合ってしんぜよう。
爽やかな春風が吹く中、お城の庭園を、わたしはマティアスくんと二人で歩く。
きれいに刈り込まれた庭木が舗道に沿って整然と並ぶ、その庭は美しい。
庭師の方の手入れが行き届いている。彼らの腕が、よほど良いのだろう。
おおっ、向こうには綺麗な花壇まであるじゃないか。
さすがに梅や桜はないけれど、さすがはお城の庭だ。
日本にも枯山水というものがあってだな。
この庭ほど華やかではないけど、独特の美しさがあるのだよ。
機会があったら、この世界のみんなにもぜひ見てもらいたいものさ。
マティアスくんとは、同世代なせいか話が弾むな。
さすがのわたしも、同級生と話すくらいじゃなんともないさ。
宮廷魔導士? ええっ、マティアスくんは宮廷魔導士団の一員なのかい。
その若さでスゴいじゃないか。どれだけ頑張ったんだ、キミは。
しかも、昨晩の召喚の儀にもいたって?!
ごめんなさい。ぜんっぜん憶えてないや。
どんだけ、いっぱいいっぱいだったんだ、昨晩のわたし。
なんか、いろいろと申し訳なし。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます