呪いの子 002
「呪いの子……転生者……?」
イリーナの言葉に、最初に驚きの声を上げたのは――レグ・ラスター本人だった。
次いで、テネセスとトルテンが顔を見合わせ、同時に口を開く。
「この少年が、呪いの子じゃと……」
「イリーナ、何をしている。呪いの子はその場で処刑するのが、この国のルールだろう」
トルテンの放った処刑という単語を聞き、イリーナは露骨に顔を歪める。
『……国を追放された私に、そんなルールは関係ないわ』
「ふん、詭弁だな。それに私が知ってしまったからには、このノーマル……呪いの子を生かしてはおけない」
「落ち着くのじゃ、トルテン。話を聞かないことには……」
「こればかりは、いくら学長と言えど止めることはできないはずです」
『待って。まずは話を聞いて頂戴』
「いや駄目だ。こいつは今、この場で葬らなければ……」
『そっちがその気なら、こちらにも考えがあるわよ』
「落ち着きなさい、二人とも」
「ちょ、ちょっと待って!」
三人は口々にもめ始めたが、レグの大声で静寂が訪れる。普段出しなれていない声量で叫んでしまったため、深く息を吸って呼吸を整える。
「……俺が呪いの子っていうのは、どういう意味なんだよ、イリーナさん。それに、処刑しなきゃいけないっていうのも、正直わけがわからないんだけど」
『……』
レグに詰め寄られ、イリーナは言葉に窮してしまう。
彼女にしてみれば、我が子同然のレグに猜疑心を向けられること自体、耐え難いことなのだ。
「そんなことを、お前は知らなくていい。この国のルールに則り、お前は処刑される。それだけだ」
「まあ待ちなさいトルテン。レグは物の分別がつく程成長してしまった。何の説明もなしに処刑するのは、文明人らしからぬ蛮行じゃよ」
敵意を剝き出しにするトルテンを、テネセスがなだめる。ある程度冷静さを取り戻していた彼は、納得いかないながらも渋々押し黙った。
『……呪いの子というのは、世界の理から弾かれてしまった人のことよ』
あなたのようにね、とイリーナはレグを見つめる。
『世界の理……それは、死んだら死ぬという、当たり前のこと。その理から外れた者……つまり、転生した者は、呪いの子と呼ばれるの』
「転生……」
レグには、自分が神内功だった時の記憶が朧げながら存在する。そのことについて、魔法がある世界なのだから前世の記憶もあるのだろうと、漠然と考えていた。
『そう、あなたは前世の記憶と思っていて、私もそれを否定しなかったわ……でも、それは事実と少し違う』
物心がつくのと比例するように、レグの頭の中には神内功の記憶が流れ込んできた。彼は八歳の時点で、神内功が生きた十八年を疑似的に体験したことになる。
それは何とも筆舌に尽くし難い体験で――自分と限りなく近い他人の思考が、ぐるぐると脳内を駆けまわる感覚だった。神内功とレグ・ラスターは同一人物だが、最も同じで最も違う存在であるとも言える。
神内功の考え方や人格が、そっくりそのままレグに反映されたのかと言えば……だからないのである。
神内功としての自分と、レグとしての自分。
そんな二律背反のような状態で――レグは十五年を過ごしてきた。
『あなたの中の、もう一人の自分。ジンナイコウ、とあなたは呼んでいたけれど、それは別世界でのレグの姿なの』
「死んだ者がただ生き返るのではなく、転じてしまう。世の理を反転させてしまう存在……それが転生者であり、儂らは呪いの子と呼んでおるのじゃ」
テネセスが補足をする。
単純に、死んだ者を生き返らせる魔法は――実は存在する。しかし、全く別の一個体として生まれ変わらせる魔法は存在しないのだ。
なぜならそれは、世の理に反するから。
別人でありながら、別人でない。
神内功でありながら、レグ・ラスターである。
そんな不正を――世界は許さない。
「そんな奴らを生かしておけば、何が起こるかわからない……だからこの国では、呪いの子は即処刑することになっているのだ」
横からトルテンが口を挟む。その口ぶりからは、早くレグをどうにかしたいという焦りが見え隠れしていた。
『少しは落ち着きなさいよ、あなた……えっと、名前、聞いたかしら』
「……学園ソロモン上位魔法学主任のトルテン・バッハだ」
『そう。トルテン、上位魔法学の主任なら、あなたも聞いて損はない話よ』
イリーナはレグの後ろに回り、両肩に手を添える。もちろん、実体のない映像なので実際に振れてはいないが――レグは確かに、温もりを感じた気がした。
『この子は確かに、呪いの子。でも、その呪いの子が魔法界にとってとても貴重な人材だとしたら……どうする?』
「……話を聞こうか」
テネセスはソファに座り直す。「辺境の魔女」が何を目的に呪いの子を送り込んできたのか……その全貌を確かめなければならない。
『転生者は、世界の理に反するとして処刑される。ここまではいいわ。では仮に、殺されなかったとしたら? 無事に成長を続けていったとしたら、どうなるのか。私はそこに興味を持ったの』
オーデン王国のルールにより、呪いの子は見つかり次第殺される。誰一人として、子どもが成長した姿を知ることはないのだ。
だからこそ、呪いの子なのである。
『私はとても気になった。理を外れた者が成長した時、一体どんなことが起きるのか……結論として、わかったことは現時点で二つあるわ』
イリーナは語る。
十五年間、レグを育ててきたことで得た知見を。
『呪いの子は、生まれた時点で手首に紋章が浮き出るのは知っているわよね。レグも当然、右手首に紋章があるわ』
レグは咄嗟に腕輪を押さえる。イリーナの言う通り、その腕輪の下にはシミとは呼べない程くっきりとした模様が浮き出ているのだ。
『そしてその紋章が……並大抵の魔術師では遠く及ばない魔素を含んでいると、分かったの。もちろん私や、聖人であるあなたの魔素をも軽く超える量を、将来的には生み出すでしょうね』
「なんと……」
テネセスは驚愕する。呪いの子が呪われた魔素を持つことは知っていたが、まさかそこまで強大な力を生むとは、考えたこともなかったのだ。
『それが嘘でないことは、レグが証明してくれているはずよ』
「……」
テネセスもトルテンも、ただ口を閉ざすことしかできない。
あの門を開く場面を目にしてしまった彼らにとって、その光景が何よりの証明だからだ。
『そしてわかったことの二つ目は……』
そこで急に、彼女の口が重くなる。
レグの両肩に添えられている手が――心なしか、力んでいるようにも見えた。
『その強大すぎる魔力の所為で……十八歳になると、レグは命を落とすわ』
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