<2> 【クラリスと不思議な絵】
【クラリスと不思議な絵】は、女性主人公となって意中の男性と結ばれるよう行動する、いわゆる乙女ゲームだ。
据え置き型ゲーム機のDL版のみで販売されたアプリで、シナリオが秀逸と一部で人気を博し、低予算のためにショボかった絵面が、逆にツイッター界隈の絵師たちのやる気をそそって盛り上がり、裏設定が漏れるに至っては
そうして調子に乗って、シナリオとボイスが追加され、更に熱狂的ファンまで生まれた。
主人公はタイトル通り、クラリス。
孤児院で育ったクラリスは、ある日天啓を受けて聖なる魔力に目覚める。この魔力の持ち主を王あるいは王妃にすれば、国は大いに安定するとの伝承があり、保護と審査の
茶色のストレートヘア、濃青紫の瞳、愛らしい十四歳の少女クラリスは、持ち前の明るさとひたむきさで、貴族社会に疲弊した学園生や教師を魅了していく——
*
九月の風が金髪を撫ぜる。
常春の島国トルネラの、本日の風向きは北北西。涼やかな風と薄雲を通した陽光に背を押され、私、フォンテーヌ公爵令嬢オリアンヌは、学園の最上級学年を迎えた。
公爵邸より馬車で敷地内の馬車留めまで送らせ、そこから正門と本校舎を結ぶ広い通路、通称薔薇の大通りを歩く。
馬車留めから本校舎へは近道となる通路があるが、ゲームスタートの本日、オープニングスチル——ムービーではない——通り、主人公、悪役令嬢、攻略対象者がここを歩くはず。
攻略対象者は五人。
トルネラ王国王太子クリストフ・ア・ベール・トルネラ、十八歳。
同宰相バルテ侯爵令息カミユ、十七歳。
同騎士団長バルサン伯爵令息ジャン、十六歳。
あとは——
「きみ、」
考えに夢中で立ち止まっていたらしい。
少しばかり剣呑な声に振り返ると、声の深さに不釣り合いな少年然とした生徒が大袈裟なほどの眉間の皺を誇示して、顎先を向けている。
しかし私はその背後に釘付けになる。
今この時の風と光は彼女のためにあった。
さらり後方に浮き流れる茶色の髪は頭頂部辺りに光輪を戴き、柔らかな微笑みと合わせてまさに天使然としている。
同じ風をふわり孕んだスカートから伸びる長く白い脚を一歩前に着く瞬間、少し後ろを歩く青年が豪奢な腕輪を嵌めた手を彼女の方へ上げる。
声を掛けようと口を開くまさにその瞬間——
オープニングスチルは完成する。
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