とある冒険者の最後の冒険
維 黎
そして冒険者を引退しました
異形の背後から照らす朱に染まった妖しい月光が大地に黒い巨大な影を描く。
最強の魔獣であるドラゴンを素体とした
魔法抵抗が高く、防御力も高い。巨体ではあるが骨のみで構成されているからなのか、見た目に反して俊敏さもある。
振り下ろされる爪の攻撃は重さのある強力無比な一撃。並みの
広範囲攻撃の
出会ったならば死を覚悟しなければならない相手。
そんな死神に相対するのは六人の冒険者。
前衛には
二人の背後、右に展開しているのは
後方には神官衣の胸元が大きく膨らんだ司祭と
魔物と冒険者たちが対峙している場の雰囲気から察するに、すでに一当たりは済ませていることが窺える。
「さて――と。だいたいの強さはわかったんで、そろそろ本気出してお
リーダーらしき騎士の男が軽い口調でそう告げる。その声色には緊張の色は見られない。
戦士の男が無言のままうなずく。
「――では、神より奇跡を賜りましょう」
告げる司祭は両肘を曲げて脇を占め、肩から腕を外側へ開くようにして胸を張る。たわわに実った果実のごとき胸が突き出すように強調される――と、同時に司祭の体がイヤイヤをするかのように小刻みに左右に揺れ始める。当然の帰結として、体の揺れとは反対方向にたゆん、たゆんと双乳が揺れる。
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
六つの無言の視線が
男四人はその
エルフ娘は嫉妬、憎悪、憧れ故に。
「ほ~りいぃぃぃぃん💓 くろぉすうぅぅぅぅんうふん💓」
あらゆる
徳の高い高司祭のみが使える神の御業。
徳の高い高司祭のみが使える神の御業。
大事なことなので二回書きました。
エロさ=徳なのか? いや、無関係だと思いたい。
ともかく、それぞれの体にうっすらと白く輝くベールが纏う。
「――なぁ、こんな時になんだけどよ。前から訊きたかったんだが、今の奇跡に限ったことじゃないが、胸を突き出してクネクネする動きは毎度必要なのか?」
魔術師がふと尋ねた。
「もちろんでございます。有りのままの心の内を全て神にさらけ出して、如何なる
「言葉の意味合いとしては大きく間違っちゃいねーが、それはあくまで
言ったところでどうなるものでもないが――と、呆れ一割諦め九割を含んだため息をつく魔術師。
「まぁ、良いではないか。問題なく発動しているんだから。目の保養にもなるしな」
騎士の言葉に無言で力強く二度頷く戦士。
「戦闘中に目の保養もへったくれもないでしょうに」
エルフ娘のぼやきに遊撃者の言葉が続く。
「あははは! ウンウン! でもね、でもね! 問題なく発動して神さまの奇跡の恩恵を授かったんだけどね! ついでに
幼い口調に小柄な体から一目では子供と思われがちだが、彼らハーフリングは成人しても人間の子供くらいの身長にしかならない。
遊撃者の言葉に全員が魔物を見てみると、
「――おい。なんで
「神は善悪問わず、生きとし生ける者全てにご加護を与えられるのですよ」
「生ける者じゃねーだろ! あれはッ!」
「まぁ、良いではないか。問題なく発動しているんだから。目の保養にはならないが」
「問題あるだろッ! ただでさえ堅い相手なのに、わざわざこっちからさらに堅くしてどうするッ!」
魔術師が司祭と騎士にツッコミを入れている最中に、戦士は無言でうなずいていたので、誰の意見にうなずいたのかいまいち判然としない。
「ねぇ、もうなんでもいいからさっさと終わらせて帰りましょう。あたし、明後日にデートの予定があるんですけどぉ」
「あれ? 今回の依頼を受ける直前にデートに行ったんじゃなかったっけ? 急に予定入れるから、オイラたちの出発が二日遅くなったと思うんだけどな?」
「あれはまた別口。ストックしてる内の一人よ。っていうか、あたしが悪いみたいに言うけどあんただって『面白い形の雲』っての追いかけてって、予定の日に街にいなかったじゃない」
「あはははっ! そういや、そうだね! あはっ! おもしろーい♪」
聞こえてきたエルフ娘とハーフリングの会話に、魔術師は無言で眉間を揉み解す。
のんきな会話をしてはいるが、こう見えても彼らはどこのチームにも所属していない六人だけの冒険者にもかかわらず、依頼達成率99%を誇るトップランカーの冒険者でもある。信じるかどうかはお任せするが。
冒頭、最初の方で説明しておけば良かったかもしれない。
「では、この
騎士が剣先を真っすぐに向けて告げる。剣先がちょっとずれて向けられた先に
「――俺、この冒険が終わったら結婚するんだ」
「――」
続けられた騎士の言葉に束の間、誰も言葉を発せず静寂が漂う。
「なんてなッ! なんてなッ! なぁなぁ、カッコ良かった? 決まっちゃった? 俺、一度このセリフを言ってみたかったんだよなぁ!」
「お前それ、死亡フラグの見本的セリフだぞ」
「彼女いない歴=人生の方がどうやって結婚するのでしょう? 神の御業でも無理でございますよ?」
「結婚なんて死んでも嫌だけど、デートなら料金の要相談よ?」
「オイラが調べたところによると、童貞卒業しようとして遊楽街の
四つの返事と一つの無言のうなずきが返ってくる。
「お前たち、ちょっとひどくね?」
ちょっと涙目の騎士の話は置いといて、実際のところ今回の依頼が終わればパーティーを解散することになっていた。
ひとかどの冒険者となりそれぞれに名声も富も得ている。それは一般的な冒険者とは比べ物にならないほどだ。そうなると、各自冒険者としての方向性が違ってくる。
騎士と戦士は冒険者ギルドから、名誉冒険者として新人冒険者たちの教官として後任の者たちを育てて欲しいと言われている。
司祭は新しく建てられる神殿の最高司祭としての話が出ていた。
エルフ娘は元々世界の見分のために里を出てきたので、そろそろ他の街を拠点にしても良いと思い始めていたし、ハーフリングは根っからの根無し草故に、ひと所に長居は出来ない性分だ。
魔術師は今回の依頼報酬で予定していた金額が貯まるので、脱帽してマジックショップを開く計画を立てている。(注:ここでの脱冒とは帽子を脱ぐことではなく、冒険者を辞めて冒険者以外の違う仕事に就くことを指します)
「まぁ、とにかくさ! みんなこれからはそれぞれ違う道を行くんだし、街に戻ってぱぁっと飲もうよ! あたし以外の誰かの奢りでさッ!」
「よろしいですわね。ワタクシも今日は何だか身体が火照ってしまって、興奮を抑えられそうにありませんわ。潰したての鳥の生レバーでも食して備えなければ」
「そうだな! 俺も今日は酒場の給仕娘に56回目のプロポーズをしようと決意したぞッ!」
「あはははッ!
「――」
「おまえ、結局最後までセリフなかったな」
無言でうなずく戦士を見ながらぽつりと呟いた魔術師に向かって騎士が叫ぶ。
「よしッ! 帰ろう、俺たちの街へッ!
戦士を真似たわけではないが騎士の声に無言で一つうなずくと、魔術師は
地面に輝く魔法陣が現れると、魔法陣の中に仲間たちが駆け寄ってくる。
全員が中に入ったことを確認し魔術師は術を行使。
六人が光に包まれた瞬間、粒子の残滓だけを残して全員の姿が消えた。
あ、いや。他にも残ったものがある。
「GURUUUUUU……GURU?」
最凶の魔物は両肘を曲げて脇を占め、肩から腕を外側へ開くようにして胸を張る。と、同時にイヤイヤをするかのように小刻みに左右に揺れ始めた。
それはまるで司祭が行った《さそうおどり》そのものを見ているかのようだった――揺れる双乳はないが。
どうやら気に入ったらしい。
依頼達成率ほぼ99%の冒険者たちの最後の冒険はこうして幕を閉じた――。
――了――
とある冒険者の最後の冒険 維 黎 @yuirei
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