第3話




 遠い都で天変地異が続いているという話を私は知らなかった。

 当然、その原因など知るはずもないのだ。

 けれど−−−。




 ゆったりと豊かで穏やかな毎日が過ぎてゆく。

 庭に面した御簾が上げられ、その奥に白い顔が見える。秋の自然を際立たせるような地味な御召おめしを纏われているからだろう。それらの衣の色は同じく青紅葉の君の白皙を際立たせていた。

 おしまずきに片腕を乗せ、しどけないようすで円座に腰を下ろしている。

 季節外れの蝙蝠かわほり扇を手遊てずさびながら、視線は中空に向けられていた。

 迷い家で暮らしはじめて二十日だった。

 見渡す限り、菊の君の姿は見えない。

 おそらくは白銀のところだろう。あの龍はひとを区別するのだ。どれだけ餌を与えても、私ひとりの時は撫でさせてもくれない。そうして菊の君が青紅葉の君をおひとりにするのは銀の世話をする時と眠る時だけである。

 だから手持ち無沙汰なのだろう。

 そう思いながら雑草を抜いていると、青紅葉の君の笙の音が聞こえてきた。

 いつの間にか笙の音にそれよりも低いの音が絡み合う。

 なんとも優雅な音色に私は耳を澄ませていた。

 どれくらいそうしていただろう。

 合奏は不意に止み、ひそやかな足音が聞こえたと思えば上げられていた御簾が音たてて下げられた。



 その後十日の間にも合奏の後に御簾が引き下ろされることが何度か繰り返された。

 そんなある日。

 私は見てしまったのだ。

 青紅葉の君と菊の君との間でひそやかに行われていたその行為を。

 より正確には、菊の君に取り憑いた”なにか”が青紅葉の君に強いている行為をである。

 それを知ったのは、項垂れ謝罪する菊の君を見たからだ。

 そんな彼を見た途端脳裏を過ぎったのは、垣間見た情交のの荒々しさだった。

 思いやり深く細やかな配慮を忘れない菊の君には不似合いな、獣のように荒々しく己の本能にだけ忠実な−−−そんな交りのようすだった。

 そのありさまを見てしまった時、私は菊の君に悪鬼が取り憑いたのだと恐れた。

 なぜなら。

 苦しそうにその白皙の顔を歪めて涙をほとばしらせていた。

 いつもの菊の君さまであれば、若紅葉の君さまにそのようなことをするわけがないのだから。

 生々しい男同士の肉の交わりを心ならずも見てしまった私は、毛骨悚然もうこつしょうぜんとその場に立ち尽くしていた。



 あれから、私は、菊の君を見るたびにからだが強張ってしまうようになった。

 そんな私のようすに気づかない君ではない。

 何があったのかとお訊ねになられて、気付かれてしまった。

 真っ青になって震える私に、諦観をにじませた表情を見せて語ってくれたのは、信じられないようなこの国の秘密だったのである。





*****





 蛇足的注釈


 御召 = 衣服、お召し物 / お召し縮緬という布地もあるらしいですが、こちらでは着衣の意味で使っています。

 几 = 脇息 要は肘掛のことです。

 竽 = 笙に似た楽器で、笙より1オクターブ低い音が出るらしいです。この文字が文字化けしないことを願っています。

 毛骨悚然 = 震え上がるほど恐れ慄くこと。

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