第33話 斎藤隆一・六日目

 少しヒントを出し過ぎただろうか。

 斎藤は手術室に向かいながら、ジュンとの会話を反芻していた。だが、警察の捜査との兼ね合いを考えると、ある程度のことを早めに教えておかなければならない。

「カオリの方はナミに任せっ放しにできるが、ジュンは色々と勘繰っているからな。誤魔化しは少ない方がいい」

 不安はあるが、そう自分に言い聞かせて仕事に取り掛かる。実験体だった三人のことも重要だが、自分にはここであったことを世間に知らせるという重要な役目があるのだ。

「さて、あなたもそろそろ役に立ってもらいましょうか」

 すでに脳の大部分の置き換えを終え、ただ機械に生かされるだけとなっている橋本に、斎藤は冷たく目を向ける。

 同じ状態に、一体何人の人間がなっただろう。せっかくこの世に蘇ることが出来たというのに、それを不当に終わらせたのはこの女だ。

 だから、同じ目に遭わせて殺すのだ。それこそが、世間に何が起こっていたかを解りやすくするためには重要だ。

 石田もそうだった。内臓の入れ替えを行ったのは、まさしく世間にそういう手術があったことを報せるため。

 すでに不可能ではなくなったということと同時に、内臓を置き換えることは正しいのか。いや、それが病気に侵されているのならば仕方ないが、そうではないのに置き換えるのは正しいのか。それを問い掛けるためのものだ。

「そう、そして最後は」

 自分が同じ目に遭って死ぬことで完結する。

 ここであったことはすでにナミが総て知っている。

 今、土屋七海の振りをしている彼女が総て把握している。そして正確にこの事件を解き明かし、世間に何があったか報せてくれるのだ。

「その時、俺の使命は総て終わり、自らが嫌悪した研究も完結する」

 ふうと溜め息が漏れる。

 そう、何もこうやって石田や橋本だけに一方的に責任を押し付けるつもりはない。自分もまた、この罪を背負う者なのだ。逃げようなんて思っていない。

「ただ命を救うだけだったら、どれだけよかっただろう」

 しかし、ふとした瞬間にそういう後悔が過る。総てが終焉に向かおうとしているからこそ、あの時間違わなければという思いは強くなる。

 ここの話に乗ったのが間違いだ。それは解っている。しかし、自分はナミの実験が成功したことで、有頂天になっていた。それに、ナミの言葉もあった。

「私のように苦しんでいる人を救うんでしょ。絶対に行くべきだよ。あっ、私も連れて行ってよ。どうせまだ完治していないんだし」

 ナミをもっと健康な身体にしてやれるかもしれない。

 自分の研究はこうやってすでに成功をしている、と見せたかったというのもある。

 結局は、ちっぽけな虚栄心だったのかもしれないけど、ここに未来を見てしまった自分が悪いのだ。

「せめて誰か他の研究者が、正しいやり方で再現してくれるのを望むだけだ」

 血液を、造血幹細胞を作り出すくらいならば、今の研究レベルでも十分に再現性がある。それだけが、斎藤にとっては救いだ。

「さて、感傷的になっている場合じゃなかったな」

 計画を進めなければならない。

 斎藤は橋本を生かすために取り付けられている機器を、順番にオフにしていく。そして、最後に心停止したことも確認することを忘れない。

「午後十一時五分、心停止を確認」

 斎藤は自分で殺しておいておかしな話だが、手を合わせた。しかし、次の瞬間には冷静にその死体を梱包し始めたのだった。



『今日午前五時頃、G県S川付近の県道に不審な段ボール箱が置かれていることを、近所に住む会社員の男性が発見しました。中からは橋本真由さんの死体が見つかり、警察は死体遺棄事件として捜査を開始しました。また、このS川では先日、石田剛さんの死体が遺棄されているのが見つかっており、警察は関連性についても調べを進めています。

 その石田さんの事件に関して、警察は未だ犯人を断定するに至っていません。また、同時に捜査が進められている川上さんの行方も判明しておらず、警察はこちらに関して情報の提供を求めています』

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