拝啓、フランケンシュタイン博士

渋川宙

第1話 馬場香織・一日目

 ここに来るのは久々だ。

 馬場香織ばばかおりは目覚めると、溜め息を漏らしていた。

 閉じた空間。

 自分の意思を排除された空間。

 せっかく普通の病院に移れたと思ったのに、たった一年で戻って来ることになるなんて、最悪な気分だ。

 ひょっとしたら、今度は出ることなく死ぬのだろうか。

 ここに入院している人は何人もいた。

 しかし、いずれも退院をすることなく死んでいった。みんな、何らかの病気なのだろうけど、元気そのものだった。それなのに、翌日、看護師から死んだと伝えられることが何度もあった。

 不思議な病院なのだ。

 決して治って退院することはない、死を待つ病院。

「ナミは生きているかしら」

 よく検査室で一緒になった、少し年上の女の子を思い出す。確か四つ上だと言っていたから、今は二十一歳だろうか。

「いいなあ。大人になれたんだよね」

 香織は何度もナミにそんなことを言った。その度にナミは困った顔をし、香織もなれるよと励ましてくれたのを思い出す。

 実際、もうすぐ死ぬかもしれないと意識することが多いだけに、二十歳になっていたナミは羨ましい存在だった。

 そんな香織は十七歳。どうやら後三年というところで、この人生は終わりそうだ。

 元気そのものだけど、いつ死ぬか解らないもの。

 ここにいるということは、そういうことだと解っている。

 何の病気なのか先生たちは詳しく教えてくれないけれども、子どもの頃からずっと病院にいるのだから、何か重大な病気に違いない。

「大人と言えば、ジュンはどうなったのかな。あいつも大人になっていたのよね」

 同じく検査室で会ったことがある男子、ジュンも年上だったはずだ。しかし、見た目は高校生の香織と変わらず、大人という感じがしなかった。

「ナミとは全く違うのよねえ。ナミはどう見ても大人だったのに。なんでだろう。男の子だからかな」

 一人でいると寂しいので、こんなことをつらつらと考えてしまう。だが、比較対象がいないことに気づき、また溜め息が漏れた。

 香織が知っている男性といえば、病院の先生しかいない。それを考えると、年が近いジュンが子どもっぽく見えるのは、仕方がないのかもしれない。

「先生と言えば、斎藤先生は元気かなあ。早く会いたいな」

 この病院での楽しみは、先生や看護師と会う時間だけだ。本を読むにも動画を見るにも先生たちの許可がいるから、会った時にあれこれと頼めるというのもある。

 その中でも斎藤先生は優しくて好きだった。他の先生は素っ気ないし、駄目なものは駄目と、こちらの要求を取り合ってくれないこともある。でも、斎藤は別だった。

「無理かもしれないけど、カンファレンスで聞いてみるよ。ともかく、体調を話し合ってからね」

 そうやって説明されると、こっちも素直に待つと頷くことができる。それに、どうして本が読みたいのか、動画が見たいのか。興味を持った理由もちゃんと聞いてくれた。

 何かと話し易かったのだ。それと対極にいたのは石田先生だろうか。駄目なものは駄目という言い方をすることが多かったように思う。

「ああ、でも、今ならば石田先生でもいいや。戻って来たのに放置って酷くない。せめて体温くらい計りに来てくれてもいいじゃない。本当に、誰か来てよ」

 香織は寝転んだまま、自分では開けることが出来ないドアを見つめる。

「ここってナースコールもないんだよねえ」

こっちから呼び出すことは不可能だ。でも、ここが当たり前だった香織にすると、他の病院に移った時、看護師を呼べるという事実にはびっくりさせられた。

 勝手に部屋を出ることは同じく禁止されていたけれども、看護師を呼べるだけでどれだけ心強かっただろう。

「他にも、売店は素敵だった」

 自分で本を買えることが、これほどわくわくすることなのかと、初めて知った瞬間だ。他にもジュースやお菓子も、看護師のチェックが要るものの、飲んだり食べたりすることが出来た。

 でも、ここには売店なんてない。

 そもそも、自分の意思でどこかに行くことは出来ない。

 部屋にいて、先生たちが必要になれば出るだけ。行き先は大体が検査室、後はたまに本を読んだり動画を見られる部屋か、運動をするための部屋。

「暇だな」

 前にいた時は、こんなこと思わなかったのに。

 すぐに連れ戻すのならば、外の病院に転院なんてさせなければよかったのに。

 なんだか悲しくなって、香織は再び寝ようと目を閉じていた。

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