かくして竜は空に謳う
くしやき
序章
すべての始まり
ゴウゴウと鳴る風、つんざく
大気が渦を巻き分厚い雲が層を成す。
降るというよりは叩きつける雨に岩肌すらも削れていった。
立っていることすらままならない中で、しかし膝をつくことは許されない。
なぜなら眼前にはそれがいる。
(これが、竜……ッ!)
雷撃を固めたような湾曲する角。
暴風に削られ洗練されたしなやかに強靭な体躯。
雲海の積もり重なった外套をまとうその姿は、自然という名の猛威そのもの。
嵐がそのまま形を為したような
絶対者の代名詞。自然災害を従える災厄の存在その一柱。
恐怖以前に屈服する。
理解以上に実感する。
こうして対峙した時点ですでに人間は魂で敗北せざるを得ない。
屈すればきっと楽だろうが、そうすることすらできやしない。
圧倒的で絶対的な存在感の前に、もはや自由意志など失われた。
身体を動かそうとも神経が通っていないのかのようにままならないのだ。
《愚かなる者よ》
暴風を突き抜け降り注ぐ声。
押し潰すような圧迫感に胸が詰まる。
《我が領域を侵し、まさか生きて帰れるとは思うまいな》
神の如き絶対者の天上より見下す言葉。
罪人はただ死ねと―――その絶対は告げている。
雷光がとぐろを巻く。
雲間を抜けて、突き刺さる視線は彼女を見つめている。
それでも沈黙する程に、彼女は殊勝な人格ではなかった。
震え凍える舌の根を、ただ意志の力で強引に動かして。
「竜よ、」
ただ口を開くだけで血反吐がこぼれる。
圧倒的な威圧感にすでに肉体は
許されぬ発言を咎めるように自らの身体が牙を向き、全身が悲鳴じみた軋みを立てる。
それでもなおッ!
知ったことかとなお吠えるッ!
「竜よ! 誉れ高き竜よッ!」
睨む先には竜がいるのだ。
この声が確かに届くのならば沈黙になどは意味がない。
吠えろ、吠えろと魂が叫ぶ。
全身が張り裂け血が迸る。
暴風に巻き上げられた血液が雨に弾かれ消えてゆく。
立っているだけで死んでいく竜の領域―――
知ったことかと彼女は吠えたッ!
「俺の名は■■■! ■■■ッ! その魂に刻め! この俺を! 貴様の永遠にこの名を刻め!」
竜に負けぬほどの傍若無人。
抗うような力もなく、されど猛るその魂に。
竜はそっと目を細め―――応えた。
《さらば示せよ、愚かなる者》
《弱者を悼む趣味はない》
《そなたが強きを己に示せ》
圧倒的強者ゆえの傲慢。
間近に迫る竜の顔。
告げる言葉に彼女は笑う。
全てはこの瞬間のため。
言質は取ったと彼女は笑う。
さらばためらう理由はない。
己が命など厭わない。
今この場所にいるというその時点で、すでに覚悟は終わっている。
「芸がなくてすまないな竜よッ! あいにくとこの俺には、技巧も才もないものでなッ!」
星の瞬くように展開される光。
身体を崩壊させ空中に飛び散ったそれらは、しかしてたしかに彼女のもので。
繋がり紡ぐは正真正銘の全身全霊。
数え切れぬだけの禁忌を超越し、命をすらも差し出した。
そしてそこに、ひとつの終わりが訪れる―――
―――――
―――
―
嵐の中で、竜は佇む。
天を見下ろし、祝詞を紡ぐ。
《嵐より激しく雷光よりも眩き魂の持ち主よ》
《そなたの強きを我が認めた》
《この魂に、然り確りとその名を刻もう》
《―――そして》
《そしていつか、この名を取り戻しに来るがよい》
《このコルダ・レピデアルス・ラート・ネルヴ・アーガイル・ダイン・ジャンヌ・ソルブ=アルテラント・キュオー・エギリア・テルガリント・オルマに挑み―――そして
《待っているぞ》
《嗚呼、待っているとも》
《我を殺すそのときまで、災禍に満ちた生に抗うがいい》
《嗚呼―――良き日だ》
竜は笑い。
そして世界は続いてゆく。
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