第46話 里長に就任? いや、ちょっと待……

「──これで、今回の一連の事件を引き起こした者たちの処罰を終えました。ただもう1つ、みなさまにお知らせしなければならないことがございます!」


 ミルドルドの死体とギロチンを表から下げさせるとアウロラは再び、集まった里の民たちに向けて声を張り上げる。


「この里の力はこの数か月で劇的に低下してしまいました。復興に至るまで、内外の信頼を取り戻すまでには長い年月を要することとなるでしょう。それはいばらの道です。私たちが歩み続けるには、そんな険しい道を切り拓くことのできる者の先導が必要となるでしょう」


 すべてのエルフたちがウンウンと頷いていた。よっぽどシーガルの治世は不安定だったのだろうということがよく分かる。


「そこで私、聖女アウロラは新たな里長として──ラナテュールを推薦いたします!」


「……え?」


 アウロラの言葉に、ポカンとしてまう。え、いや、ちょっと……?


「ラーナは今回のモンスター襲来を解決に導いてくれた1番の功労者です。彼女ならばきっと私たちの日常を力強く支えてくれるリーダーとなってくれるでしょう。もちろん、私も聖女として、そしてこの里の幹部としてそんな彼女を精一杯サポートしていくつもりです。異論のある者は挙手を!」


 呼びかけられたエルフの民たちから上がる手はない。むしろ、


「ラナテュールか……いいんじゃないか? この先強いリーダーは必須だろう」


「200年もの間この里の筆頭守護者として務めていた実績も確かだったわけだしな」


「彼女がトップに立ってくれるなら今後の農業復活も早まるんじゃないかしら?」


 なんて、あちこちから好意的な意見が寄せられてくる。


「え、ちょ……アウロラ? 待って待って? こんなの聞いてないよ?」


 いや、確かに私を里長に、みたいな話はちょっとされた気もするけど、でも私はそれを承諾した覚えなどまるでない。急ぎ壇上のアウロラへと駆け寄るが、しかしアウロラは満面の笑みを浮かべると、


「ラーナ、来てくれたのね」


 手を差し伸べられる。なんだ? と思いつつその手を取ると、


「よいしょ!」


 ブオン。アウロラは片手で私の身体を壇上へと引っ張り上げてしまう。


「みなさま、ラナテュールが就任のあいさつにここまで来てくれましたよ! さあ、彼女の言葉を聞きましょう!」


 ワーッ! と割れんばかりの歓声、そして拍手が私を迎える。

 

 いやいや、おいおいおい。迎えられちゃ困るんだけど。というか就任は確定事項なのっ?

 

「ちょっとアウロラ……!」


「場の空気はばっちり温めておいたわ! さあ、ラーナ!」


 パチンッ! とウィンクをされてしまう。いや違う。そうじゃない。

 

「さあ、みなさま静粛に。ラナテュールの就任演説ですよ!」


 シーンと場が一気に静まった。


「あ、えっと……」


 注目が集まった。壇上の私の姿に、みんなのキラキラした目線が向けられるのを肌で感じる。

 

「その~……なんと言うかね、あの……」

 

 アセアセとした気持ちでエルフの集団を見渡していると、その中にポツンと異色な1人の少女の姿を見つけた。

 

「リノン……」


 期待に満ちあふれるエルフたちの中で、彼女だけは不安そうに揺れる瞳で壇上の私を見上げていた。それを見て、焦りは一気に引っ込んだ。

 

 ……そうだよね。なにもここで困ることはない。私の帰る場所はもう決まっているのだから。


「え~……里のみんな、そしてアウロラ。ごめんなさい。私は里長には就任しないよ」


「ラ、ラーナっ⁉」


 アウララも他のエルフたちも、ざわっとする。みんなもう私が里長に就任するものだと思ってたんだね、それはホントにごめん。


「私はこの里を追放されてジャングルへと飛ばされて、そこで国を築いたんだ。私のことを待っている国民がいる。だからこの里に残ることはできない、ということで……それじゃっ」

 

 私はピョンと壇上から飛び降りるとリノンを手招き。


「さっ、帰ろっか」


「は……はいっ!」


 さっそく転送術式が用意されていた議事堂へと向かおうとして、


「あ、でも魔術が使えないんじゃ帰れないか」


 初歩的なところでつまづいてしまった。アウロラの力を借りるしかないか。

 

「ねぇアウロラ。そろそろ元の場所に帰りたいからさ、また転送術式の起動をお願いできない?」


「ラ、ラーナ……? え? 国とか『帰る』だとか、ちょっとなにを言ってるのかしら……。あなたの帰る場所はここでしょ……?」


「まあ数ヶ月前まではそうだったけど……でもいまは違うよ。ジャングルで建国しちゃったし、国民もいるからね。私の帰る場所はもうそこにあるんだよ」


「……っ!」


 アウロラは雷に打たれたかのようにがくぜんとした表情をしたかと思うと、フラフラと倒れ込みそうになってしまった。


「アウロラ? 大丈夫?」


「だ、大丈夫って……大丈夫なわけ……ないでしょーがー--ッ‼」


「ちょっ!」


 壇上から飛び降りて、アウロラが私の胸ぐらを掴んでくる。


「うそでしょっ? えっ? ラーナが建国? 国民? そんなガラじゃないでしょうっ!」


「し、失礼だなアウロラ……というかそんなガラじゃない私に里長をやらせようとしてるのは君じゃん……」


「それはそれ、これはこれよ! それにこの里でだったら私がサポートできるもの! なにも問題はないでしょ! それよりもどういうことなのっ! あなたまさか、もうこの里に帰ってくるつもりはないってこと……⁉」


「えっと……まあ言ってしまえばそうかな」


「そ、そんな……」


 胸ぐらを掴むアウロラの力が弱くなる。そんなにガックリと肩を落とされるとなんだかちょっと悪いことをした気分になっちゃうね……。


「……いやよ」


「え、アウロラ? なんて?」


「絶対にイヤ! ラーナと離れ離れなんてイヤーッ! 絶対に帰らせないもん!」


「え、えぇー!」


 私にしがみつきながら、アウロラがギャン泣きし始めた。


「やだやだやだやだヤダー--ッ‼」


「ちょっと、アウロラ落ち着いて……みんなの前だよ?」


「だってヤダもん!」


「そんなこと言われても……」


 グズグズと鼻をすすりながら私に抱き着いてくるアウロラ。うわぁ、胸に鼻水がぐちょってなってる……。

 

 さすがのリノンもアウロラの豹変に軽く、いや、ドン引きして固まってしまっている。


「お願いだよアウロラ。私は帰らなきゃいけないんだ」


「いやっ!」


「じゃあたまには顔を見せるからさ」


「ヤダっ!」


「……そんなにワガママだと、アウロラのこと嫌いになっちゃうよ?」


「……うぅ、それだけは死んでもイヤぁ……」


 すったもんだの末に1時間くらいアウロラをなだめたら、いろんな条件は出されたけどとりあえずなんとかジャングルには帰してもらえることになりました。

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