第32話 バトルド・コロッセウム準決勝だよ

「はぁ……はぁ……疲れたぁ……」


 私は息も絶え絶えに控え室に向かっている。

 

 え? なんでそんなに息が上がっているのかだって? 知っての通り試合も別に苦戦してないし、そこまでは問題なかったんだけど。

 

「──えーっと、エントリーナンバー398番のラナテュールさん? 1回戦は突破なんですが、ちゃんと後始末のお手伝いをしていってくださいね? その植物の」


「え」


 というわけで、マナ操作して闘技場に生えた植物を枯らして、その刈り取りを手伝わされる羽目になってしまったのだ。スタッフたちに舌打ちされながら。肉体的にも精神的にも辛い時間だったよ……今度からはもうちょっと勝ち方を考えなきゃだね……。


 だるーくなった手足を動かして控え室に戻る。すると一気に鋭い視線が私に集まった。


「フンっ! まさか前回大会優勝のドウェウィンを倒すとはな……! とんだ特殊能力持ちだったというわけだ、貴様は」


 話しかけてきたのは試合が始まる前に私に絡んできた大柄の男だ。


「だがその技はもう通じんぞ! 決勝トーナメントで首を洗って待っているがいい!」


 男はそう言うと控え室を出て行った。2組目の選手なのだろう。


 そうして待つこと2時間。ようやく残り3組すべての試合が終わったらしい。


 控え室に残っているのは私を含めて4人。


「フンっ! 今大会こそ、この俺が優勝してみせる……!」


 ずっと私に絡んでくる大柄の男。


「ぷしゅー」


 蒸気でも噴き出させるような息をする太った巨体の男。


「……」


 全身鎧フルプレートで素顔の分からない、小柄の剣士。

 

 今度はこの人たちを相手に戦うわけだ。


「それではエントリーナンバー4番のドゥチャラカ・バウワウン様とエントリーナンバー398番のラナテュール様、コロシアムへお越しください」


 スタッフに呼ばれる。私と、大柄の男がコロシアムへと出る。


「フンっ! 準決勝で俺と当たるとは運の悪いヤツめ。残念だが貴様のトーナメントはここで終わりだっ!」


 会場の歓声の多くはドゥチャラカとかいうこの男に集まっている。他の試合ぜんぜん観てなかったから分からないけど、もしかしたら強いのかな?

 

「──さあっ、ベスト4がそろい、いよいよ決勝トーナメントの準決勝です! 今大会の注目株ドゥチャラカ選手、 前回大会でドウェウィン選手に惜しくも敗れて準優勝でした。しかしさらに修行を積んだのか、1回戦目2組目のバトルロワイアルでは他を寄せ付けぬ圧倒的な武術で無傷の勝利を飾りました!」

 

 実況によるとどうやらこの大会の常連選手らしい。会場からも「やっちまえドゥチャラカ!」「血ィ見せろ血ぃっ!」「2人とも死ねー!」などと温かい声援が送られている。

 

「──一方でハーフエルフのラナテュール選手。今大会初出場にして大会史上最速で1回戦を制したダークホース! まさかまさかの前回大会優勝者のドウェウィン選手も完封! 決勝トーナメントでも植物を操る力で相手を瞬殺にできるのかっ⁉ 注目の選手ですっ!」


「フンっ!」


 ドゥチャラカが腕組みしながらにらみつけてくる。


「ドウェウィンのやつがやられたのはお前の力を知らなかったからだ。だが1度見てしまえばこちらのもの。俺はもうお前の力を見切った!」


「へぇ、そうなんだ」


「恐らくいろんな植物を操れるんだろうがなぁ、そんなものはどうってことない! 俺が前回大会からの半年間、いったいどこで修行を積んできたか分かるかっ?」


「いや、ぜんぜん」


「このワイハー島で最も恐ろしく、生存率の低い場所……ジャングルだっ! 俺はそこで日夜モンスターとの死闘に明け暮れ、そしてその修行の集大成として、俺はヤツと戦ったんだ──ワイハータウロスとなっ!」


「ほほぅ?」


 それ知ってるな。あのお肉がけっこう美味しかったヤツだ。


「24時間に渡る死闘の末、俺の超絶必殺奥義【地獄車ハイキックVer.バージョン天国廻し】の前にヤツは倒れた……! もはや、この島に俺以上の武闘家は存在しないだろう。俺はこの大会にそれを証明するためにやってきたのだ!」

 

「そうなんだ?」


「降参するならいまのうちだぞ? 俺の超絶必殺奥義【地獄車ハイキックVer.バージョン天国廻し】は言うまでもなく、まず最初に小手調べ程度に放つ【天上天下唯我独尊てんじょうてんげゆいがどくそん波動掌底バーストストリーム突き】でも貴様の内臓はぐちゃみそになり、貴様は死ぬだろう……」


「じごくぐる……てんじょうてんげ……? なんだか言ってることがよく分からないけど降参はしないよ?」


「そうか……女を殺したくはなかったが仕方あるまい……」


「──それではっ! 試合開始ですっ!」


 実況の声とともにドゥチャラカが「はぁ──ッ!」と私に詰め寄ってくる。


「優勝賞金100万ペニーは俺がもらったぁぁぁあっ! 喰らえっ! 天上天下唯我独尊てんじょうてんげゆいがどくそん波動掌底バーストストリーム突きぃーッ!」


「ピンキーちゃん、お願い」


〔ピギィっ!〕


 シュルルルっと、私の服の袖から出てきた植物のツルがドゥチャラカに絡みつく。


「な……っ!」


「そんでもって、ポイッ」


 ツルはドゥチャラカをいとも簡単に持ち上げて、場外へと投げ捨てた。


「あっ、力加減を調整させるの忘れてた……」


 ドゥチャラカの身体は高く舞い上がって観客席まで飛んでいくと、ドガーンと隕石でも落ちてきたかのような音を立ててぶつかった。

 

 けが人は……ああよかったよかった。ドゥチャラカかがピクピクけいれんして気を失っているくらいみたいだ。


「──勝者、ラナテュール選手! すごいぞ! また一瞬での決着だぁ~っ!」


 ワァーッ! と会場が沸く。まあ楽に終わってなによりだ。これで優勝まであと一歩だね。


「ご苦労様、ピンキーちゃん。次の試合もよろしくね」


〔ピギィ♪〕


 任せておいてと、服の腕の裾からピンキーちゃんが嬉しそうに返事をしてくる。


 ピンキーちゃんは武器じゃなくてほぼ生物なんだから反則なんじゃないかって? いやいや、いまのピンキーちゃんは誰がどう見ても武器の状態なんです。だからセーフ(のはず)。


「捕食器である頭の成長を止め、その分の成長のための養分をすべてツルだけに回した状態のピンキーちゃんはムチそのもの……名付けてピンキーウィップ! カッコいいでしょ!」


 ムフー、と胸を張って私はコロシアムを後にするのだった。

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