第8話 慰めるとか励ますとか苦手なんだけどな

 奴隷商たちの襲撃があったその後、さっそく私たちは村の大人たちの死体を供養し、そして壊れた家屋の修繕などを行った。

 

 まあただ『私たち』とは言っても子供たちはほとんどその作業には参加していない。


「ひっく、お父さん、お母さん……」


 ほとんどの村の子供たちは簡易的に作ったお墓の前で泣き崩れたままだ。それも仕方ない。いままで当たり前に側にいた親という存在を、彼らは突然喪ってしまったのだから。

 

 それが分かっているから、私は彼らを放って勝手に作業を進めている。

 

「ククイ、君も私の作業を手伝う必要はないよ。あの子供たちと同じように、両親を喪った悲しみに泣いてきたらいい」


「私は、大丈夫です……」


 家の戸を直すための大きな板を抱えながら、ククイだけは私(とムキムキ大豆くんたち)の作業を手伝ってくれていた。


「でも、ククイ。顔色が悪いよ?」


「大丈夫です」


 ククイの顔はとても青白く、まったくもって大丈夫そうには見えない。無理をしているのは明らかだった。なにせ、彼女だってまだ子供なのだ。両親が殺された当日に、心の整理などつくはずもない。


 私はムキムキ大豆くんたちに命じて、ククイから板を取り上げた。


「あっ……」


「いいから、今日は休んでおいで」


「でも……」


 ククイは青い顔をしながらも食い下がってきて、ぜんぜん私に仕事を譲る気が無い。なんでこんなに頑固なんだろうか。


「人間の言葉にもあるだろう? 急がば回れってさ。ここで無理して倒れられたら、私としてはそっちの方が困るんだけど」


「……大丈夫です。絶対に倒れません。倒れるわけにはいきませんから」


「……どうして?」


「だって、私はこの村でいま一番のお姉ちゃんです。私がしっかりしていないと、他の子供たちがみんな不安がっちゃうから……」


 ああ……そういうことか。ようやく納得したと同時、この世界にこんな人間がいるなんてと思わず目を見張ってしまった。だってククイってまだせいぜい12、3歳だよね? 両親をたったのさっきに殺されたというのに、それで考えるのが自分のことじゃなく他の子供たちのことだなんて。


 あまりに早熟すぎる。いや、違うな。たぶんいまこの瞬間に階段を何段も飛ばして駆け上がって、早く大人へと成長しようとしているんだ。なによりも村のために。感情を押し殺してでも。

 

 それはなんというか、とても悲壮ひそうだ。悲しい決意で、だからこそ美しくも感じた。


「……なるほど。分かったよ、ククイ。君の想いはよく分かった。だからこっちにおいで」


 私は小屋の裏手に回ると、チョイチョイと手招いてククイを呼んだ。不思議そうな顔をしながらも、彼女は私の元、他の子供たちの居る場所からは決して見えない陰になった場所へとやってくる。


 私は地面にいま運んできていた板を敷いて、ククイへと座るように勧める。そして言う通りに腰掛けたククイの頭へ、ポスンと手のひらを置いた。


「よしよし」


「っ?」


「よしよし」


 ナデナデする。私は驚くククイの頭を連続でナデナデする。


「ラ、ラナテュールさん? これはいったい……?」


「ククイはとてもがんばっているから、それを偉いと褒めているんだよ」


「……」


 ククイは悲しそうに笑った。やっぱり自覚はあったみたいだ。自分が無理をしてがんばっているという、自己犠牲の自覚が。


「ククイ。植物を無理に早く生長させるとね、茎とか葉とかの構造がスカスカになってもろくなってしまうんだ。それはね、時間という大事な栄養が足りないからさ」


「え……?」


「でも、相手が植物だったら私はその栄養の代わりを用意することができる。私の操る自然の力マナを注入してあげることでその構造をしっかりさせたままに生長させることができるんだ。だけど、それは植物じゃないものに対しては使えない。だから、ククイの成長を直接助けてあげることが私にはできない」


 ククイの頭を撫でながら、私は続ける。


「こうやって褒めてあげたら、なにも注入しないよりかはなにかが変わるかもって思ったけど……」


 でも、ダメだった。というか、頭を撫でてみて分かった。私にはこういうの致命的に向いてないや、って。なにかを与えてあげられている実感はないし、この行為を通じてククイになにか変化があるようにも見受けられない。


「……自分でやっていて、なんか違う気がしてきたよ。ごめんね? こういうの、私には難しかったかもしれない」


「ラナテュールさん……」


 うーん、不器用ここに極まれりって感じだな、私っていうハーフエルフは。

 

 これまで生きてきた何百年という時間の中で人間ともエルフともほとんど関りをもってきていなかったから、私には致命的に相手の心に寄り添う力が欠如していた。

 

 せめてククイがもう少しオンオフをしっかりとつけられる子で、無理に感情を押し殺して頑張り続けようとはせず、今日1日で感情のままに泣いて明日からしっかりとしてくれる子供だったら楽なのにな、なんて自分勝手にもそう思った。

 

 いや、さすがにこれは自分勝手すぎるな、本当に。そんな都合のいい子供がいてたまるかと、自分で自分にツッコミを入れてしまう。

 

「しかし困ったな……。まさか本当に泣けなんて言うこともできないしな……」


「はい……?」


「あ」


 しまった。つい、心の内の言葉が口を突いて出てしまっていた。バカか私は。悲しみを必死になってこらえている子供の前で『困ったな』なんてぶっちゃけてどうするのだ。挙句の果てに自分勝手にも『泣け』なんて言葉まで。


 ああ、どう言いつくろうかな……なんて私が考えていると、


「ラナテュールさん」


 ククイがなにかを決意した面持ちで私の名前を呼ぶ。


「うん? どうかした?」


「私、泣いてもいいんでしょうか?」


 ククイは言葉の内容とはうらはらにキリッとした目を向けてくる。なんだかちょっと様子がおかしい。

 

「……えっと、ククイ?」


「私ずっと、他の子たちの前じゃ泣けないって思って元気なフリをしてました」


「う、うん。そうみたいだね」


「でも、やっぱり本当は悲しくて、心がバラバラになってしまいそうなんです。そんなとき、ラナテュールさんは私をここに呼んでくれて、頭を撫でてくれて、『がんばって偉いね』『泣いてもいいんだよ』って、そう言ってくれました」


「……あれ? 私は『偉い』と褒めはしたけど『泣いてもいいんだよ』とは……」


「子供の目につかないこの場所で、思いっきり泣けってことなんですよね? そうしないときっと心がおかしくなっちゃうから……だから心優しいラナテュールさんは私のことを思って、ここに……」


 ジワリとククイの目の端に涙が溜まってくる。

 

 お、おお? あれ、なんかおかしいな? なぜかククイは私の言った言葉を私にとって都合のいいように解釈してくれていて、私が望んだ結果に近づいてきている。もうひと押しでちゃんと両親を喪ったという悲しみに向き合ってくれそうだった。

 

 ククイはグスッと鼻をすすり、私を見つめてくる。


「ラナテュールさん、私、泣いてもいいんでしょうか?」


「そ、そうだね。泣いたらいいと思うよ。だって泣けるときに泣かないと……」


「はいっ! そうですよね……! 泣けるときに泣かないと、きっとこの悲しすぎる感情にいつまでも整理がつきませんもんねっ! だから私、泣きますねっ!」


 ククイは私が言おうと思っていた言葉を先に全部言ってしまうと、それから私の胸に飛び込んできて、ヒシリとしがみついてくる。


「うわぁぁぁんっ! ごめんなさい、ラナテュールさん。少しだけ、少しだけこうさせてくださいぃっ……! 私、今日1日だけ感情のままに泣いて明日からはしっかりとしますからぁ……! お父さん、お母さん、死んじゃって本当に悲しいよぉ……! うわぁぁぁんっ!」


「あ、うん……」


 私は、ものすごく急激なその展開に唖然あぜんとしてしまう。

 

 ……いや、ククイ……君めちゃくちゃオンオフのはっきりした子じゃないか……。ちょっと怖いくらいに。あと君、かなり思い込みが激しい部分がある気がするよ。まあこれでスッキリしてもらえるならそれに越したことはないんだけどさ。

 

 すごくクセの強い女の子だなと思いつつも、とりあえず私はククイが落ち着くまでの間、私の胸で泣くその頭を撫でることにした。

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