追放ハーフエルフは南の島でスローライフ~魔術の使えぬ無能だとエルフの里を追放されましたが実は天才植物使いです。追放先のジャングルで建国したら、移住希望者が多すぎて困ってます~

浅見朝志

第1話 エルフの里から追放されちゃった

 私の名前はラナテュール。女のハーフエルフだ。

 

 私はこのエルフの里を守る役職、そのトップである筆頭守護者を任されていた。

 

 任されていた、という言葉が過去形なのは簡単。なぜならいま、私はある部屋へと里長であるシーガルに呼び出され『お前をエルフの里から追放する』とかなんとか言われているのだ。


「ふーん、あっそ」


 でもまあ、私としてはそんなこと心底どうでもよい。だからその気持ちがありのままに表に出てしまった。というか趣味の植物研究を中断されての呼び出しだったということもあり、ちょっと腹も立っていたのだ。

 

 私を囲うようにしていた里長派のエルフたちがにらみつけてくる。

 

「お前、いまの状況を理解できているのか? 私はお前をこのエルフの里から追放し二度と帰って来れないようにすると、そう言っているんだぞ?」


「ああ、分かってるよ。だからあなたたちはこの特別な転送術式の用意された部屋に私を呼び出したんでしょ? そして私をここじゃないどこかに飛ばそうとしている」


 平然とそう答えてやると、たずねてきたシーガルを含めたすべてのエルフたちがグッと息を飲む。

 

 ああ、このエルフたちはどうにも私にもっと大層なリアクションを求めていたらしい。驚いたり、悲しんだりしてほしかったのだろうか。あいにく、前里長の派閥に属していたエルフはいまや私だけだということもあり、いつかこういう日がくるかもなとは思っていたのさ。

 

 しかし私のその態度はどうやら間違って解釈されたらしい。

 

「状況を分かっていながらなんの抵抗もしないということは、つまりお前は自分の罪を認めているということだなっ?」


「は? 罪?」


「白々しいっ! ラナテュール、お前は生まれながらに魔力が少なく魔術の使えない【無能】なハーフエルフだ。それなのにこれまで前里長のお気に入りだからという理由だけで、この里の筆頭守護者という高位の役職に居た。それが罪でなくてなんなのだ!」


 ウンウンと周りのエルフ全員が頷いた。


「まったくその通り」


「前里長はボケていたのではないか?」


「あるいはハーフエルフ好きの変態趣味だったのかもしれませんな」


 思わずイラっとしてしまう。いや、別に私は私に向けられる悪口なんて気にはしない。そんなことよりも、

 

「待ちなよ。あなたたち、まるで前里長が不正を働いていたかのような口ぶりだね? いったいどういうつもりなんだい」


 前里長の悪口はそのままにしておけない。だって彼は私の【ただのエルフには無い才能】を見抜き、普通であれば軽蔑の対象のハーフエルフである私を重要な役職にしてくれた恩人なのだから。

 

「前里長はこの里の発展にとても貢献したハズ。それを彼が亡くなった昨日の今日で手のひらを返すなんて、あなたたちは恥というものを知らないのか?」


「口をつつしめラナテュール! お前はもうこの里の筆頭守護者ではないのだぞ!」


 里長の後ろに控えていた男のエルフ、ミルドルドが私をにらみつけた。


「ほう、それではいまは誰がこの里の筆頭守護者なのかな?」

 

「俺さ。この里で最強の魔術師であるこの俺が筆頭守護者となったんだ」


 ミルドルドがニヤリと口端を吊り上げる。

 

「元々、魔術の1つも使えないうえに毎日植物をいじり回して遊んでいるだけのお前なんかより、俺の方が筆頭守護者の地位にはふさわしかったんだ。というわけでお前はもう用済みだ。未開の地でさまよい歩き、そして独りで死んでいくがいい」


 その言葉を合図とするように周りのエルフたちがなにやら呪文を唱え始める。

 

「あ、ちょっと待って」


 私はまだ、言うべきことを言っていなかった。


「フンッ。なんだ、命乞いか?」


「いや、そもそもね? いま私を追放して大丈夫かなって。畑の管理とか結界の管理とかさ、筆頭守護者としての仕事をぜんぜん後任のミルドルドに引き継げてないからさ」


 私の言葉に、エルフたちは顔を見合わせて爆笑。


 え? 私いま、なんかおもしろいこと言った?


「なんという下手な脅迫だ、ラナテュール。お前がいつ畑の管理なんてしていたんだ? せいぜい散歩のついでに畑を眺めるくらいだっただろうが! 怠け者のハーフエルフから引き継ぐ必要のあるものなんてなにもない! それに結界? なんだそれは。お前のいつもの妄想だろう?」


「妄想じゃないよ。自然の力マナの結界はいまも張ってあるんだから。この里に私以外にマナを感じることのできるエルフはいない。だから私を追放してしまったら誰もその手入れができなくなっちゃうよ?」


「ざれ言だ! マナなんていうのは伝説上に存在するだけの作り話に過ぎない! まったく、こんなイカレ女がいままで筆頭守護者だったなんて、これは近代エルフ史の汚点だな」


 ミルドルドは唾でも吐き棄てたそうに顔をしかめる。

 

「さらばだラナテュール。もう二度とその顔は見たくない」


 転送術式が本格的に起動し始めた。

 

 あらら、残念だ。いちおう前任の筆頭守護者としての義務を果たそうとしたんだけど。まあ仕方ないか。ここに私の味方なんていないみたいだし、なにを言っても信用されないだろう。


 そして私の身体が転送術式に包まれ、とうとうこの里から消える瞬間。

 

「──ラーナッ‼」


 ドン、という大きな音を立てて勢いよく部屋のドアが開く。

 

「行かないでラーナ! 私はあなたといっしょじゃなきゃ……っ!」


「……アウロラ」


 私のことをラーナと呼ぶこの部屋に飛び込んできたその女性のエルフは、この里で唯一の私の味方。ハーフエルフである私を彼女だけは遠ざけないで優しく接してくれていた。前里長の娘であり、この里の聖女でもある。

 

 この里のすべてのエルフの心を奪うとさえ言われるほどの美しい顔立ちを悲しみに歪ませて、アウロラは必死に私へと駆け寄ろうとした。だがしかし他のエルフたちに取り押さえられて止められてしまう。

 

「アウロラ、ごめん」


 本当に申し訳ない。君にだけはちゃんとお別れのあいさつをしたかったのだけど。しかし、残念なことにそれ以上の言葉を発する前に、私の身体はエルフの里から消えてしまった。

 

 ──そして次の瞬間に私の目に映った光景は、これまで目の前にあったものとは別世界。


「……おぉ」


 そこは真夏のように暑く、そして湿気の多い森。周りに生い茂る植物はエルフの里近くではまったく見かけなかったものばかり。鳥の奇声があちこちから飛び交っている。

 

 本での知識しかないが、気候と植物の生態から見るに、おそらくここは南の大陸にあるとかいう【ジャングル】に違いない。


 私は大きく息を吸って、吐いた。

 

「なんて……なんて量のマナだろう。誰の手も入っていない未開の森は、こんなにもマナがあふれているのか……」


 私の【特別な目】を通すと、この森にはこれでもかというくらい多く立ち込める輝かしい緑の光──マナの姿が見える。

 

 そう、私の【普通のエルフには無い才能】とはこれ。【自然の力マナを見て、そして操ることができる】ということ。

 

 私はこれまでこの力を使って畑を元気に保ち、モンスターが侵入できないような結界を張って、エルフの里での筆頭守護者の役割を果たしていたのだ。前里長以外には植物で遊んでいるようにしか見えてなかったみたいだけどね。

 

「まあ、もう終わったことだしどうでもいいけどさ」

 

 そんなことより、転送させられてきて10秒で私は早くもこの場所が気に入ってしまった。

 

「ふふふ……。いいね、宝物がいっぱいの良い場所だ。筆頭守護者の責務からも解放されて自由になったわけだし、ここに研究所を作って……いや、いっそのこと自分だけの国でも作っちゃおうかな!」


 私は鼻歌混じりにジャングルを歩くのだった。

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