第6話 登城

 馬車の中で質問責めに合ったけど、もちろん覚えていないと答えるしかない。


「待遇の改善ならあたくしが掛け合ってみせますから、本当のことを言って下さっていいんですよ?」


 どうにも信じてくれないな。何故なのか分からないけど、この人はお城と仲良くないのかもしれない。なんとなく。


 日は高く昇り、とても良い天気だった。城までの道のりはなだらかな下りで、大きく蛇行する細い道をゆく。だんだんと近付く城は見上げてもてっぺんが見えない。のぞこうとしたらカミラに咳払いをされた。行儀が悪いっていうことなんだろう。


 ぐるっと正面に回って大きな門をいくつかくぐり抜ける。彫刻で飾られ、緋毛氈が敷かれた美しい入り口の前で馬車は止まった。扉を開けるのも降りるのも、迎え出た白黒の服を着た男性が手伝ってくれる。自分でできるけど、カミラを見ていると優雅なので、そういうものなんだな、と思う。


「さ、こちらへ」


 促されてカミラがうなずくと、綺麗に着飾った衛兵が並んで、一斉に同じ動作をした。挨拶かな? きびきびしていて気持ちが良い。


 城の中は広い空間だった。正面と左右に美しい階段が伸びている。石造りなのに、様々な場所から採光されて、ほんのりとあたたかみを感じた。緋毛氈はずっと奥、正面階段の先まで続き、その先は見えない。

 わたし達は白黒服の男性に導かれて、左の階段を進んだ。


 案内された部屋には男ばかりが五人ほど待ち構えていた。テーブルがひとつ、その向こう側に全員が座り、手前の椅子に座れと促される。カミラは隣に立ったままだ。


「ご足労いただいたのは他でもない、聖女様が……」

「お待ち下さい。その前に申し上げたいことがございます」

「緊急を要する。控えよ」

「いいえ、申し上げます。先ほど見て参りましたが、聖女様に対する城の扱いは目に余るものがございます! このやせ細りようは満足な食事もなかったに決まっています。教会はこの件について正式に抗議いたします!」


 カミラの剣幕に、居並ぶ男たちはうんざりした目配せをする。中心に座っていた、あご髭の長い男が代表で口を開いた。


「我々はその聖女様についての資質を問おうとしているのだよ。この方が真に聖女様でいらっしゃるならば、貴殿の申し立てをお受けしよう」

「そのお言葉、しかと承りました」


 カミラは毅然と返事したけど、残念ながらわたしは今、完全に資質を欠いています。ごめんなさい。


「それで聖女様。祈れないというのは本当ですかな?」


 あご髭の男が、目を細めてゆっくりと聞いた。


「差し出がましいようですが、祈りの力は満足な環境でなければ弱ると文献にもございます。ここは一度……」

「わしは聖女様に問うておる」


 男の威厳にカミラは黙るしかなかった。

 しん、と静まり返る部屋に、わたしの緊張は高まる。全員が注目している中で、その全員をがっかりさせるようなことを言わなければいけない。

 でもこれは義務だし、聖女様だなんてできないことを期待され続けるのは無理なんです。


「昨日までのことを、一切覚えていません。何もかも」


 男たちの視線が交錯する。


「何もかも……というと、朝夕の祈りは? やり方を忘れたと?」

「いいえ、自分が誰で、あの場所が何というところで、今がいつで────何もかもです」

「自分が誰で?」


 片眉を上げてあご髭の男が聞き返す。そう、わたしは誰かしら? 目に見える部分からは、長い金髪で白い肌の、カミラが言うには痩せた女性、ということしか分からない。まるでさっき生まれたばかりみたいだ。


「わたしは誰でしょう?」

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