第114話 策略

 放課後、教室で席から立ち上がった俺の逃亡を阻止するように四方を取り囲む美少女たち。仁科坂さん? 何で君まで退路を塞ぐのかな?

 逃亡は不可能、だったらこっちにも考えがある。

 俺は背後の席で荷物をまとめている飢えた狼に餌をばら撒いた。

「尚泰、これからカラオケ行かねえか?」

 花蓮が迷惑そうに俺を睨み付け、「はぁ? なんでよ」と呟き、不満げに腰に手を当てた。

 そんな花蓮の反応には目もくれず、いきなり顔をパッと輝かせた尚泰が勢い良く立ち上がり、女子よりも俺にグイグイ迫る。

「い、行く行くっ! もしかして皆も行くのか?」

 美少女たちをキョロキョロと見渡し、喜びを隠せない尚泰はまるで飼い犬みたいで見えないしっぽを激しく揺らすのが俺にだけ見える。

「ああ、皆がどうしてもって言うから。当然、尚泰も行くだろ?」

「行くに決まってんだろ!」

 クーッ! っと拳を握りしめ、嬉しさを噛みしめる尚泰の仕草に女子たちも拒否するタイミングを失ったみたいだ。

 これで4対1のデートイベントからお友達会になる、久々にハマった俺の策略に彼女たちは重い反応を示す。だけど尚泰の手前、あからさまな反対意見は出ない。

「時間無くなっちゃうよ! 早く行こ?」

 一ノ瀬が皆を促し、俺たちは自転車で最寄り駅まで向かった。



 カラオケ屋で受付を済ませ、個室に向かう廊下で両脇を固められている俺。

 一ノ瀬とレオナが左右で俺の腕に纏わりついて離れない、背後ではマイクの籠を抱えた花蓮が明らかに苛ついているのが見なくても息遣いで伝わって来る。

「ちょっと狭くねえか? 歩きにくいから離れてくれよ」

 まるで確保された容疑者の如く個室に連行された俺はそのまま二人に引っ張られて着席させられ、テーブルを挟んで左手に仁科坂が座り、その隣に尚泰が座った。花蓮は立ったままテーブルに籠を置き、腕組みをしている。

 俺はこの幼馴染みの仕草を知っている、きっと直ぐに文句を言うだろう。はい、3、2、1。

「私、作の隣がいい!」

 口を尖らせて花蓮が呟く。

「花蓮ちゃん、作也の向かいが特等席だよ?」

 レオナは俺の隣を譲る気は無いようで花蓮に正面に座るように促した。

「特等席だと思うならレオナっちが座ればいいじゃない!」

 ツインテールを揺らし、レオナの腕を引っ張る花蓮。ちょっと目つきが怖いぞ。

「まあまあ、後でシャッフルすればいいんじゃない?」

 殺気立つ花蓮を尚泰がなだめる。

 やっぱり尚泰を連れて来て良かった、女が絡めば機転が利くのは天性の才能、だけど何故かモテない。俺がこんなに女の子に言い寄られて尚泰には全く無い、この違いは何なんだ?

「花蓮、歌上手いから早く歌ってくれよ」

 俺も花蓮をなだめようと気を逸らさせる。

「いいけど……」

 口を尖らせたまま花蓮は尚泰の隣に渋々座り、端末を操作して曲を探す。

 一ノ瀬も籠から端末を取り出して電源を入れ、曲を探すのかと思いきや、軽食メニューを開いた。

「何食べる?」

 テーブルの真ん中に端末を置き、レオナと仁科坂が覗き込む。

 甘いものには目がない女子たちの頭で画面が見えない。まあ、オーダーは彼女らに任せよう。

「よしっ!」

 花蓮が立ち上がり、俺にマイクを突きつける。

「えっ? なに……?」

「一緒に歌うの! 立って!」

 うげっ! いきなりデュエットかよ!

 曲の題名が壁に取り付けられた大きな液晶画面に標示された。えっ? これって男がメインで歌って女が合いの手入れるやつだろ!

 一ノ瀬がテンション高く手を叩く。この曲はお互いが相手を告らせようとするアニメの主題歌、結構難易度は高い。

 俺、この曲フルで聴いたことほぼ無いんだけど……。

 だけど初っ端から失敗するわけにはいかない。

 俺は覚悟を決めてマイクを握り、花蓮と見つめ合った。



「上手い上手い!」

 皆は手を叩いて俺が席に戻るのを労ってくれた。

 いきなりの花蓮の無茶振りになんとか答えた俺は歌い終えるとドッと疲れてベンチシートに深く腰掛けた。カラオケの初っ端は気恥ずかしい。取り敢えずノルマを果たした俺は安堵した。

「次わたしっ!」

 レオナが俺からマイクを受け取り、立ち上がって体を伸ばしてひねり、アスリートのように気合を入れる。

 俺の隣を確保した花蓮はベッタリと体を寄せ、さっき迄の怖い顔はどこかに消え、可愛らしい笑顔を俺に向ける。

 部屋にレオナの歌声が響き渡り、尚泰と仁科坂がタンバリンを鳴らしていると扉が開いて店員が食事をテーブルに次々に並べて出ていった。

 テーブルの上には揚げ物とケーキにパフェ……。カロリーだけなら三日分はありそうだ。

 歌い終わったレオナが尚泰の隣に座り、全員が食事モードに変わった時、レオナが並べられたパフェの写真を撮り始め、女子たちは撮影会を始めた。

「ねえ、皆で写真撮ろうよ!」

 一ノ瀬が自分のスマホを振って尚泰に渡す。

 俺の周りに四人の美少女が集まり、体を寄せる。いい香りが混じり合い、まりで媚薬のように俺の理性を蝕んでゆく。

「一ノ瀬、はみ出てるぞ」

 尚泰が左手を内側に振り、もっと寄れと指示する。

「もっと、仁科坂も寄って! 一ノ瀬は作也の前に行け」

「前なんか入れないじゃん!」

 テーブルが邪魔で頭を掻いた一ノ瀬はいきなり俺の膝の上に座った。

「あーっ! 加奈子、何やってんのよっ!」

 花蓮が対抗心をむき出しにして俺の背中と背もたれの間に潜り込み、首に手を廻す。

「うわっ! せ、狭いって!」

 仁科坂とレオナが俺にギュッと身を寄せてポーズを決める。四方を女子に囲まれ暑い! 艶々の髪の毛が俺の体のあちこちを刺激して来てくすぐったい、しかも触れ合った肌も柔らかくて……。ドキドキの感情が俺の体を勝手に動かし、気が付けば膝の上に座る一ノ瀬を後ろから両手で抱き締めてしまった。

 体をビクッとさせた一ノ瀬に俺は慌てて「ゴメン!」と言って手を引っ込めようとしたが彼女は振り向いて嬉しそうに顔を赤らめ、「いいよ……」と囁いて俺の手をそのまま掴んで離さない。

 尚泰がスマホをタップするとシャッター音が聞こえた。

 手を伸ばした一ノ瀬に尚泰はスマホの画像を見せる。

「加奈子、送って」

 花蓮が俺の背中から抜け出して隣に座り、スマホの画面を覗いて吹き出した。

「何このラッキーアイテムのお陰で宝くじ当った富豪みたいな画像!」

 他の女子たちにも画像が届き、あちこちから笑い声が聞こえる。

「千里っちに送信っと!」

 花蓮のスマホがピコンと鳴り、俺はギクリと体が凍りついた。

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