第105話 惑わす彼女
駅前でバスを降りた俺たち。展望台は肌寒かったが最寄りの駅近くはビルで風が遮られるのか案外蒸し暑い。
前を歩くレオナは上機嫌なのかスキップを踏み、夜とは思えないビルの谷間の明るく照らされた歩道をリズミカルに歩いている。
「なんかお腹減ったね?」
腰の後ろで両手を組んだ彼女はクルリと回転し短いスカートがふわりと舞った。
「なんか食ってくか? それとも買って帰るか……」
俺は歩道で立ち止まり、顎に手を当てて時間を確認しようとスマホのサイドボタンを押す。
「買う? 作也の部屋で食べる?」
レオナが前のめりになり、何故かグイグイと迫る。
「うーん……俺んち戻って食べてレオナが家に帰るとしたら10時超えるからなぁ……」
レオナは俺の顔を覗き込んで何かを言いたそうにニヤニヤと笑う。
「どうしたの? レオナ」
「今日……、作也の家に泊まっていい?」
言った途端にレオナの顔が真っ赤になって、俺も釣られて赤くなる。
「いや……それは駄目だって!」
「何で? 千里ちゃんと一ノ瀬ちゃんは泊めたのにっ!」
「な、何で知ってるんだよ⁉」
意外な一言に俺の頬が引きつり、自然とバックステップを踏んでしまう。
「二人が教えてくれたから! 何で? 何で私は駄目なわけ?」
腰に手を当てたレオナは不満を俺にぶつけた。駅前の人通りの大きな雑踏でわめく彼女に見知らぬ歩行者が不審げに距離を取る。
「そ、そんなの決まってるだろ!」
「なによっ!」
眉根を寄せた美少女が更に口を尖らせる。
「レオナの可愛さに俺が耐えられなくなりそうだからだよ!」
「……っ!?」
ポニーテールをぴょこっと揺らし、両手で口を押さえたレオナは目を大きく見開いた。
「だいたいあの二人が部屋に泊まった時は相互監視というか……変なことは起こらない状況だったし……」
レオナは背伸びして俺の耳元で囁いた。
「作也……私ね……作也となら変なこと起こしてもいいよ」
熱く湿った息が俺の耳を刺激して心拍数を爆上げさせる。脳内にレオナとのイケナイ動画が勝手に流れ、汗がじわりと滲み出す。
「バ、バカたろレオナ! からかうなよ。と、兎に角ダメだから! だからその……そこの店で晩飯にしようぜ」
俺は目に入ったパスタ屋を指さした、完全に上ずった声で動揺を隠せないままに。
「何か納得いかない!」
テーブルを挟んで向かい合うレオナは頬杖をついて不貞腐れている。女の子の決意を踏みにじってパスタ屋に誘ったんだからこのリアクションは想定内、いや……案外この顔はさほど怒ってはいない、さっきのセリフもきっと俺を試しただけだろう。
だけどジト目でサラダにフォークを突き刺す目が怖い、手元見なさいってレオナさん……。
「ウニのクリームパスタをお待ちのお客様」
店員が俺達のテーブルに料理を運んで来てレオナの顔が一気に緩む。フフッ、お前も美味しい物攻撃には激弱だな。
子供のようにフォークを握りしめ、キラキラした目で料理を待ち構える彼女の愛らしさと来たら……写真に撮りたいくらいだ。
「なに笑ってんのよ!」
「いや……レオナは表情がコロコロ変わって飽きないなって」
「そ……う……? 私も飽きないっ! 作也と一緒だと色んな感情が高ぶって!」
ウシシと歯を噛みしめて笑う彼女は本当に可愛い。
俺の料理も揃い、二人でパスタを黙々と食べているとレオナが「ひとくち!」と魚のように口を開けた。
「ん? 食っていいぞ」
俺は彼女を一瞥して、またパスタを食べる。
「あーん!」
「はぁ?」と俺は口を開けたままのレオナに視線を向けると、舌が見えてさっきのキスを思い出す。レオナの奴、ファーストキスって言ってたけどホントかよ? キスされた時、エロくて滅茶苦茶ドキッとしたんだけど……。
いかんいかん、意識してるのがバレる。
「ほれ!」
俺はパスタをレオナに食べさせた。
「美味しーっ!」
体をくねらせたレオナは自分のパスタを俺の口元に運ぶ。
「はい、作也! あーんして?」
「あ、あーん……」
「ダメ、そんなんじゃ!」
「はぁ? 何がだよ?」
「千里ちゃんとやってるときとノリが違うもん!」
うげっ! 注文が多いぞ、しかもノリって意味わからんし。
「あーんっ!」
「宜しい!」
レオナは俺の口に麺を巻いたフォークを突っ込んで笑う。
「やっばり食べさせプレイっていいね? 恋人ごっこみたいでさ」
「恋人ごっこ?」
「そうだよ、だって皆も作也と恋人ごっこしてるでしよ?」
そうかもな……俺を取り巻く女子たちは牽制しあい、つかず離れずの距離を取る。一線を越えようとした花蓮だって出遅れを挽回しようとしただけだろう。
結局のところ全ての原因は断れない俺にあって、それを織り込み済みで彼女たちは関係を求めて来る。
千里は何で俺に怒らないんだろう……? やっばり友人関係が破壊されてしまうからなのだろうか……?
「作也? もしもーし? 何固まってんの?」
レオナが目の前で手のひらをパタパタと振り、俺は我に返った。
「あ……ごめん……」
「今、皆のこと考えてたでしょ?」
「そんなんじゃないって」
「嘘ばっかり」
俺の周りの女子は心が読めるらしい。
「作也って結局誰が好きなの? やっぱり千里ちゃん?」
「…………かな?」
「随分歯切れ悪いけど大丈夫? じゃ二番目は誰?」
「……それは…………」
言葉に詰まった俺にレオナが満足げに微笑む。
「やっぱり! みんな好きなんでしょ? その中に私も入ってると思っていいのかな? だったら提案があるんだけど!」
「提案?」
「うん。作也、私と一緒に住まない?」
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