第85話 逃避
「千里!」
俺の声が虚しく響く。
駆け出した千里は制服のまま玄関を飛び出した。
突然の事にパニックになりかけた俺も我に返って彼女の後を追って玄関のドアを勢い良く開け、辺りを見渡す。
路上の奥に自転車を漕ぐ彼女が小さく見えて俺は咄嗟に自分の自転車のスタンドを蹴り上げた。
だけど、鍵が無くて押した自転車が前にひっくり返りそうになり、追いかける事が出来ない。
「あーっ!」
俺はぶつけようのない怒りを空にぶちまけた。
全部俺のせいだ! 千里の優しさに甘えて彼女を自分に都合よくあしらって来た結果、俺は何も約束を果たしていない。遊園地の翌週のデートの約束だって花蓮とバッティングして約束を反故にして皆で出かけて……その後も隠れて花蓮と会ったり、千里を差し置いて今日だってあの二人と遊んで……。
俺はバカだ! 千里の気持ちも知らないで彼女の傷口に塩を塗り込んでいたいただけじゃないか!
玄関に出て来た一ノ瀬が涙目になって「ごめん藍沢、私がサバゲに行きたいって言ったばっかりにこんな事になって……」と顔を曇らせる。
「千里ちゃんは⁉」
レオナは自分のシャツをキュッと握って俺を見る。
「ごめん作也……私、余計なこと言っちゃった……」
「謝るのは俺の方だよ。気にしないでくれ……全部俺が悪いんだ……」
居間に戻った俺は重い気分で食卓に残されたティーカップを眺めた、お茶菓子の横には千里のスマホが置かれている。どうする? 連絡も取れないし、一方的にメッセージすら送れない……。
千里……お金持ってるのかな……? 分からないから行動範囲も予測出来ない。
どうする? 考えが纏まらない、千里だって衝動的に飛び出したでけだし冷静になれば帰って来るかもしれない……。
俺は悩んだ末に晩飯を作り始めた。
「遅いね、千里ちゃん」
彼女のグラタンにラップをしたレオナが食器を洗っている俺の耳元で呟く。
もう9時前、日がどっぷりと暮れた外は残暑で気温は高いが流石に心配になって来る。
千里、今どうしているんだろう?
脳裏に独りぼっちでしゃがみ込む千里の映像が浮かび、考えれば考えるほど居ても立っても居られなくなる。
食器を洗い終わった俺は居間で佇むレオナに言った。
「俺、探してくるよ」
「私も行く!」
レオナは駆け寄ってつま先立ちになり、真剣な顔で俺を見つめる。
「ありがとう。だけど俺一人で行って来るよ、レオナはもし千里が家に帰ってきたら教えてくれないか?」
「分かった……」
踵を下ろしたレオナは小さく頷く。
俺は一度部屋に戻って身支度をして外に出て自転車を走らせた。
千里は何処にいるのかハッキリ言って分からない、だけど俺は少し気がかりなエリアに足を運んだ。
駅を降り立ち外に出ると駅前は昼のように明るかった。
俺はこの街最大の繁華街に来ていた、ここはよく家出する奴らが集まる場所で深夜でも開いている店が多く風雨もしのげる。千里のキャラからは程遠いエリアだが、逆に言うと此処に居ないで欲しいと願いたくなる、そんな場所だ。
千里は制服のまま外に飛び出した、だから補導される可能性もある。まあ、安全の為ならそれも仕方が無いことだけど親に連絡はいくだろうな。
俺は夜の街を歩き始めた。
ゲームセンターやファストフード店に入り、彼女の影を探す。広大なエリアを探すのは骨が折れる。きっと千里はこの街は不慣れ、居るとすればメインストリートからは離れないだろう、路地裏は女の子には入りにくいし人通りも少ないから怖さもある。
路上にたむろする奴らも不良ばかりで男の俺だって一人じゃ怖い、複数で絡まれれば勝ち目は無いだろうし、誰かが助けてくれるような雰囲気も無い。
ここは堂々と胸を張って歩いたほうが良さそうだ。
アーケード街に入った俺は全てのアーケードをくまなく探し歩いた、制服姿の女子もチラホラといて目に入るたび顔を見て確認し、不良少女と目が合うこともしばしば、そんな時はお決まりの「何見てんだよ!」と言う有難くない挨拶を頂く。
一時間以上繁華街を歩いたが千里は見つからなかった。もう11時近い、俺は終電の時間をスマホで確かめ、レオナから連絡が来ていないかSNSのアイコンを確認するが通知は無い。
さすがに疲れて来た、俺は目についたファストフード店に入り、外が見える席でコーヒーを飲みながら体を休めつつ路上の千里の影を追う。
10分ほど体を休め、足の疲れを取った俺は再び外に出て歩き始めた。今度は少し繁華街から外れたエリアを探す。雰囲気の悪くない少し寂しいが比較的安全そうな場所を。
かなり時間をかけてしらみ潰しに歩いてみたが千里は居なかった、もう直ぐ終電の時間が近い、千里ならどうする? きっと帰るか迷って駅の近くまで行ってみるはずだ。帰らないとしても実際電車が無くなりそうだと分かれば心は揺らぐ。俺は繁華街に戻って駅に向かう事にした。
アーケードの屋根をいくつも抜け、たまに出くわす信号で青に変わるのを待っていると微かに雑踏から声が聞こえた。
「辞めて下さいっ!」
俺は聞き覚えのある声に体が震えた。
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