第7話 侵入者
「いや、花蓮が早すぎんだよ。しょうがない、行くか?」
「は? 行かないよ! 行った所で校門開いてないし」
「えっ? そうなのか?」
「遅刻魔の作は知らないだろうけど朝は8時15分まで開かないから、防犯対策とかで。だから10分になるまで出掛けないよ」
花蓮はそう言って俺の家の玄関ドアを開けて中に足を踏み入れようとした。
「うわー! ちょっと待てって!」
「何が?」
花蓮は眉間に皺を寄せて俺を見た。
「ダメだって!」
俺は花蓮を制止しようとしたが、女の子の体に触れるのを躊躇って彼女を玄関内に侵入させてしまった。
「何照れてんのよ、どーせ一人暮らしで荒れ果ててんでしょ? そんなの分かってるから!」
ゲッ、千里のローファーが三和土に置いてある! 俺は何食わぬ顔でそれを足で靴箱の下のスペースに蹴り込んだ。
「ここで待ってろ、俺、準備するからっ!」
花蓮は俺の言葉を気にもせず、白いゴツゴツしたスニーカーを脱ぎ捨て廊下に勝手に上がり、居間に向かった。
「うわーーーっ!!!!」
俺は絶叫した、終わった……この平穏な日々が。
「何だ、綺麗じゃない、男臭くも無いし」
勝手に居間に上がり込んだ花蓮はそう言ってキョロキョロと部屋を見渡した。
千里! 俺は絶望しながら居間に入ると千里は何処にも居なかった、それどころが二人分用意されていた朝食も一人分になっていて、二人暮らしの痕跡は消えていた。
「うわー、作! 何このトースト、ジャムでハートとか描いて男子が一人で何やってんのよ? 痛い、これは痛すぎるわ」
花蓮はスマホを制服のポケットから取り出し、トーストの写真を撮ってケラケラと笑った。
「でも何か凄いね、サラダに目玉焼き、いつもはお弁当まで作ってるし女子力高っ! いいお嫁さんになれるよ、作っ!」
「はは……それは見られたくなかった……」
俺は目を泳がせながら千里の気配を探った。
「私、作のこと嫁に貰おうかな? 料理上手な男子って憧れるし」
「何だよそれ」
俺は力なく笑った。
「でも、作。むかし私に言ったよね、私を作のお嫁さんにしてくれるって」
「そ、そんなの冗談に決まってんだろ!」
俺は声が上ずってしまった、格好悪い。
「作っ、焦りずぎ!」
花蓮は可愛く笑った。
「食べたら?」
そう言って花蓮は食卓の千里の席に座った。
「あ? う、うん」
落ち着かない、こんな状況で呑気に飯なんか食ってられるかよ! この制御不能な女子を自由にさせる訳にはいかないぞ。
食卓の椅子に座った俺は、花蓮の行動を警戒しつつトーストをかじった。
「牛乳入れてあげる」
花蓮は立ち上がって食器棚を開けてグラスを取り出した。
俺も立ち上がって花蓮が変な行動を取らないか動線を切る。
「何? さっきから変な動きして、そんなに見られたくない物でもあるの? もしかしてエッチな物とか?」
ニヤァと笑い花蓮は続けた。
「作の部屋観たいな」
「ダメだって!」
俺は思わず声を荒げた。
「何そんなに怒ってんのよ、冗談だっての! はいはい、見物は今度にしときます、それまでに片付けといてね」
ふうっと軽く息を付き、花蓮はグラスに牛乳を注いで俺に手渡した。
花蓮に見つめられながら食べる朝食、千里の席に座っていることへの違和感と来たら……とにかく速攻食って彼女を追い返さないと。
花蓮を監視しつつサラダを飲み物の様に口に掻っ込む。
その時、花蓮の後ろ側の壁際に置いてあるソファーの後ろから千里がひょこっと顔を出し、俺はギクッとして体が動かなくなった。
よりにもよって居間にいるのかよ! 死ぬっ! 俺は死ぬっ‼
愕然として動かない俺を見た花蓮が「作?」と声を掛けて来た。
千里は腕を動かし、怒った顔で玄関を指し示し、早く行けと無言で言っているようだ。
「どうしたの? おーい作?」
首を傾げた花蓮は不意に後ろを振り返った。
千里は咄嗟にソファーの背もたれの陰に身を隠し、間一髪姿を眩ます。
「ん?」と言って花蓮は立ち上がり「早く食べなさいよね」と言ってソファーに腰かけた。
俺は絶句して窒息仕掛けた、花蓮の背後に隠れている千里が見つかる!
「花蓮、テレビ点けて!」
俺は咄嗟にいつもは視ないテレビを点けるように彼女に頼んだ。ソファーの前のローテーブルからリモコンを操作し、花蓮はテレビの電源を入れた。
「何チャンネル?」
「どこでもいいよ、適当で。時計代わりだから」
静かな部屋にテレビの音声が響き、これで千里の気配も消せるが、まだ安心は出来ない。
取り敢えず花蓮をこっちに来させないと。
「ゼリー食べるか? 千里……いや、花蓮」
ヤバっ、つい癖で!
「何? 千里って!」
「へ? 何が?」
「今、千里って言ったよね?」
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