第2話・異世界転生なんざ!くそったれ!

【アチの世界〔アパートへの帰り道〕】


 土建会社での就職が決まり、妻に草餅の土産品を買ってアパートへの帰路についた星二は、青空に風で流れ広がった飛行機雲を見上げてから橋の上で、川を眺めながら苦笑した。

(もう、若い時みたいに鉄パイプ持って、殴り合いのケンカするようなコトはねぇだろうな)

 星二には、特殊な力が二つあった。

 一つは、興味がある事柄だけを、瞬時に細部まで記憶できる『特殊記憶能力』だった。

 この力で星二は、ヤンキー映画や任侠映画を観て映画の中の殺陣を瞬時に覚え、剣術は一度も習ったコトはなかったが。

 鉄パイプを持った星二は、ケンカがメチャクチャ強く敵なしだった。


 もう一つの不思議な力は、最近は起こらなくなったが眠っている間に本人の意思に関係なく、幽体が肉体から離脱する『幽体離脱体質』だった。

 ある夜、幽体離脱してしまった星二は、父親が眠っている寝室の天井近くから憎悪する父親を見下ろしていた。

(クソ親父……)

 父親に殺意さえ抱きながら、幽体でイビキをかいて寝ている父親の寝姿を眺めていた星二は、就寝中の父親の異変を目撃する。

「ぅう……ぅう、ぅぐ……苦しい」

 突然、父親の呼吸が数分間止まった──睡眠畤無呼吸症候群だった。

 しばらくすると、父親の呼吸は元の状態にもどる。

(親父のヤツ、毎晩呼吸が止まっていたのか)

 そう思った瞬間、星二の幽体は肉体にもどっていた。


 そんなコトを思い出して苦笑していた星二は、少し離れた欄干に乗り出して、川の流れを見ている小学校入学前くらいのの男子園児がいるのに気づいた。

 おそらく、買ってもらった新品のランドセルを背負うのが楽しくて、背負って家から出てきてしまったのだろう。

 大きなピカピカのランドセルだった。

(なんか、危ねぇな)


【コチの世界〔追い詰められた湖岸〕】

 逃げ続けてきた、サーラとルメス姫は湖の突き出た桟橋にまで追い詰められた。

「もう逃げ場がないぞ、小娘」

「姫をこっちに渡せ!」

 木刀を構えるメッ・サーラの脚は震えている、それを見た聖騎士団の男たちが笑う。

「足が震えているじゃないか」

「無理するな」

 サーラは心の中で舌打ちをする。

(チッ、平凡な毎日から脱却したくて胡散臭い『幽体転生師』に借金までして大金を払って、幽体転生登録したってのに)

 サーラには不思議な力があった、睡眠中に幽体が肉体を離れてフラフラと幽体で散歩をしてしまう力が。

 魔導医師に相談をしたら、レザリムスで数千人に一人の割合で発生する、幽体転生適応者らしかった。

 以前、 レザリムスコチの世界にアチの世界からの死亡転生者が大量発生して、転生者を地獄送りにしてから。

 レザリムスに不慮の事故で死んで、安易に転生してくる転生者は現れなくなった。


〔死亡転生者の中には、転生目的で、故意に自殺して転生してくる不埒な者もいた〕


『幽体転生』は、レザリムスにいる幽体離脱体質者が、幽体転生師に頼んでアチの世界にいる幽体転生適応者とシンクロ・リンクした場合のみ、肉体と幽体が入れ替わる──特殊な一部の例を除いて。


 サーラは幽体転生師の説明を思い出す。

(アチの世界に同じ波長の幽体離脱体質者がいて、同調した時にだけ……幽体転生で入れ替わるって言っていた。登録しても何も起きなくて人生終わる者もいるって)

 宝クジに当選するような確率の転生だった。


 剣を抜いた聖騎士団が、サーラに向かって斬りかかってきた。桟橋で足を滑らせた町娘のサーラは、浅瀬から水の中に転落した。


【アチの世界〔橋の上〕】

 星二がランドセルを背負った、男子園児を見ていると、欄干から身を乗り出し過ぎた園児が川の中に落ちそうになった。

「危ねぇ!」

 咄嗟に園児に駆け寄り、ランドセルを引っ張って助けた星二は、バランスを崩して水深一メートルほどの川の中に落下した。


【コチの世界〔水の中〕】

 桟橋から水中に落ちたサーラは、苦しみもがいていた。

 サーラは思い出した、平凡な毎日から脱却したかった自分が忘れていた夢を。

(こんなんで死ねない、死んでたまるか! あたしは、まだやりたいコトがあったんだ! 思い出した、平凡な毎日じゃなかった! 忘れていただけだった)


【アチの世界〔水の中〕】

 星二は川の中でもがいていた。

(ちくしょう! 死んでたまるか! 女房と生まれてくる子供を残して死んでたまるか! オレにはやらなきゃならないコトがあるんだ!)


【コチの世界・アチの世界〔水の中〕】

「あたしは!」

「オレは!」


 二つ世界の、幽体離脱体質者の魂が同調する。

「死ねない!」

 二人の足先が湖と川の底に触れた。


【異界大陸国レザリムス〔中央湖地域・桟橋〕】

 星二は水の中から顔を出して息を吸い込んだ。

「ぷはぁ……なんだ、水深腰くらいしかねぇじゃねぇか、助か……えっ!?」

 腰までの水深で立ち上がった星二の目に映ったのは、桟橋で上で首から下を甲冑で包み剣を抜いた男たちと。

 桟橋の端で怯えた表情で、こちらを見ているドレス姿の十代の女だった。


 周囲を見回す、鬼導星二。

 海〔実際は巨大な汽水湖〕……さっきまで見ていた町並みとは違う自然豊かな風景、空に翼を広げて飛んでいるカラスくらいの大きさの黒いトカゲと白いトカゲ〔ブラックワイバーン&ホワイトワイバーン〕が見えた。

 星二の片手には、白木の木刀が握られている。


「ここはどこだ? おいっ、そこのヨロイ着ているコスプレ野郎……手を引いて、オレを桟橋の上に引き上げてくれ……と、頼んでも引っ張り上げてくれそうな雰囲気じゃねぇな」

 星二は自力で、桟橋によじ登って立った。

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