中央湖の【鬼導星二】……異世界転生なんざ、くそったれ!

楠本恵士

第一章・【幽体転生】異世界転生なんざ!くそったれぇ!

第1話・異世界転生なんざ!くそったれ!

【アチの世界】


 現代の下町にある安いアパートの一室で、横臥してゴミステーションから拾ってきた、パチンコ雑誌を眺めていた。

 二十歳代前半の『鬼導星二きどうせいじ』は、退屈そうに飲みかけの気が抜けた缶ビールを飲み干した。

 昔は珍走族『悪沈あくしず』の特攻隊長をやっていた星二も、結婚してからは地元の小さな製作所に勤め、それなりに真面目に働いていた──数ヶ月前に、製作所が倒産するまでは。


 寝転がって、酒のツマミのピーナツを食べている星二が呟く。

「やっていられねぇよ」

 出社したら、いきなりの倒産の貼り紙がしてあって失業、失業手当も来月には給付終了となる。

 職探しは続けているが、なかなか星二の条件に合うような仕事は見つからなかった。

 今は妻のパートの稼ぎでなんとか、やりくりしているが。営業時間の短縮影響でパートのシフトも変更されて、その分、収入も苦しくなった。

 やる気が失せた星二に、取り込んだ洗濯物をたたんでいる妻がポツリと言った。

「あのねぇ、星二……怒らないで聞いて欲しいんだけれど」

 妻に背を向けたまま、喋る星二。

「なんだ、金ならもうねぇぞ」

「そうじゃなくて、できたみたいなの」

「なにが?」

「赤ちゃん」


 星二が妻の方を見て、立ち上がる。

 思わず怒られるかと目をつぶって身をすくめる妻。

 伸びてきた星二の手が妻の頭を撫でる。

 星二が言った。

「そうか、オレの子か」

「怒らないの?」

「なんで、怒るんだよ」

「だって前に『子供を育てる金がどこにあるんだよ!』って、怒鳴ったコトがあったから」

「あれは、仕事が見つからなくてイライラしていたから……悪かった、オレも父親かぁ」

 星二が子を宿した妻を抱き締めて言った。

「父親になるなら、子供のために仕事の選り好みはしていられねぇな」

 星二には、絶対に頭を下げたくない人物が一人だけいた。

 その昔、星二の珍走団グループと対立していたグループ『磁音じおん』のヘッドを務めていた男で、今は土建会社の社長をしている。

 対立するグループのヘッドではあったがなぜか星二は一目置かれていた。

 星二が仕事を探していた時に、銭湯でバッタリ会った。

 星二が仕事を探していると知ったら。

「働く気があったらうちの土建屋に来い、いつでも雇い入れる準備はできている……星二なら大歓迎だ」

 そう言ってくれたが、過去のグループ同士の因縁から、星二はなかなか踏み出せないでいた。


 星二は、ポケットに入れておいた、土建会社の名刺を取り出して眺める。

(このご時世、雇ってくれる当てがあるだけオレは幸せもんか……明日、行ってみるか)


 翌日──星二は、名刺に印刷されていた土建会社に連絡してから訪ね、頭を下げた。

 その場の即決で、星二の就職は決まった。

 対立していたグループの元ヘッドは、星二が父親になると知ると金銭が入った封筒を差し出して星二に言った。

「少ないけれど、これからいろいろと大変だろう……受け取ってくれ、オレの気持ちだ。そうか、あの鬼導星二が父親か」

 星二の目から涙がこぼれる、人の優しさに触れた。


 出社は星二の方にも、いろいろと準備があり一ヶ月後に決まった。

(立派な父親にならなくてもいい、生まれてきた子供には自分が生まれたコトを後悔するような気持ちにさせる。

子供の頭をグイグイ押さえつけるような、オレの親父みたいにはなりたくねぇな)

 星二は自分の父親に子供の時から、良いイメージを抱いていなかった。

 昼間から酔っぱらっていて、なにかと星二に威圧的な命令口調で虚勢を張っている父親が星二は大嫌いだった。

 星二は、自分の人生は父親に半分壊されたと思い、威圧的な父親に憎悪を抱いていた。

(あんな、生活費も家にロクに入れねぇクソ親父にはなりたくねぇ)

 歩きながら星二は、妻が老舗の和菓子屋で売られている、草餅が好物だったのを思い出した。

 あんの中にザクッとする食感砂糖の粒が残る草餅だった。草餅の表面には赤い円形のヨウカンがアクセントで乗せられている。

 一つ目のようにも見えるヨウカンが乗った桜餅を、思い浮かべながら星二は。

「あいつに買って帰ってやるか」

 そう呟いた。



【コチの世界〔異界大陸国レザリムス・中央湖地域・湖岸〕】


 淡水と海水が混ざり合う汽水湖の畔を、一人の町娘と高貴な身分の姫さまが、数名の騎士団員に追われて逃げていた。

「待て! 姫を渡せ!」

「ルググ聖騎士団に歯向かうつもりか!」

 町娘に手を引っ張られて逃げる、十六歳のルメス姫は、後方から追ってくる騎士団に向かって城に行商で訪れた東方地域の商人から教えてもらった「あっかんべー」をする。


 神木を削って作られた木刀を片手に、ルメス姫の手を引いて逃げ続ける町娘は、少し後悔していた。

(こんなコトなら、姫を助けなきゃよかった)

 追ってくる聖騎士団員たちが、口々に叫ぶ声が後方から聞こえる。

「待て! 止まれ!」

「我々は聖なる騎士団だぞ!」

 舌打ちをする町娘。

(なにが聖なる騎士団だ……単なる、はぐれ者集団のクセに)


 小一時間前──町娘が働いている、町の飯屋に獣鞘に入った木刀を背中に担いだ、姫君がふらっと入ってきて料理を注文した。

 町娘は姫君が着ている豪華なドレス服の紋章を一目見て、町娘が住んでいる岬の国の『ルメス姫』だとわかった。

(どうして? 城に住んでいるはずの、ルメス姫が従者も連れずに町の飯屋に……しかも白木の木刀を背負って?)

 町娘が疑問を抱いている間に、ルメス姫は食事を済ませて両手を合わせる。

「ごちそうさまでした」

 町娘が食事代をもらおうと、席に近づいた時。

店に飛び込んできた聖騎士団の連中がルメス姫を指差して叫んだ。

「いたぞ! ルメス姫だ!」

 その声に、店の裏口から逃げ出すルメス姫。

「ち、ちょっとお代!」

 町娘は姫を追い、その後ろに聖騎士団が続く。


 町娘は、入り組んだ路地道でルメス姫に追いついた。

「ちょっと、お金払ってよ」

 腕をつかまれたルメス姫は、にっこりと微笑んで町娘に言った。

「お金? あぁ、あの庶民が持っている丸くて光るモノ……血と涙と汗の結晶の小銭って言いましたっけ? あたしが持ち合わせているのは、これだけです」

 そう言って、ルメス姫は一枚の紙幣を町娘に渡した。

 言葉を失う町娘。

「五千万ケルナ!? 土地つきの家でも買うつもり?」

 町娘が「お釣りがない」と伝える前に、世間知らずの姫サマは町娘に耳打ちしてきた。

「足りませんか? あたしを助けて城に連れ帰れば、お父さまに頼んでこのくらいまでなら出せますけれど」

 ルメス姫が耳打ちしてきた、金額を聞いて町娘は驚きの声を発する。


「ひぇぇ!! 五十億モット・ケルナ!! 豪邸が買える!」

 町娘の声を聞きつけた、聖騎士団が路地に現れる。

「いたぞ! こっちだ!」

 町娘はルメス姫と、聖騎士団を交互に見て舌打ちをする。

「チッ、先週『幽体転生』登録したばかりだってのに……ツイてない」

 このまま、聖騎士団の連中に姫を引き渡して、知らん顔をするコトもできた……が。

「こんな世間知らずの姫サマを、あんな連中に渡したら」


 町娘は、エ・ルメス姫が背負っていた木刀を。

「ちょっと貸して」

 と断ってから。毛皮の鞘から引き抜く。

 白木の木刀から町娘は不思議な力を感じた。木刀には三頭ユニコーンが彫り込まれていた。

 さらに木刀にはレザリムス文字で『白き木馬』と彫られている。

(白き木馬? 城を守護する伝説の神木で作られたあの木刀? なんで、姫サマがこんなモノを背負って町の飯屋に?)


 町娘はルメス姫を追ってくる途中で、少し破れたスカートを膝の辺りから破り捨てて言った。

「スカートなんて、ただの飾り」

 一瞬、ビビったルルグ聖騎士団だったが。

 剣術などやったコトがない町娘の素人構えに、笑いが起こる。

「素直に姫を渡せば良かったものを……余計なお節介は時として身を滅ぼすぞ」

 多勢に無勢、その時、奇跡が起こった。

 いつも、町娘がエサを与えて世話をしているキツネネコたちが、いつの間にか路地に集まってきていた。

 一斉に聖騎士団に襲いかかる赤いキツネネコ。

「シャアアアァァ」

 パニックに陥るルルグ聖騎士団。

「うおっ、三匹のネコに踏み台にされた!」

 騎士団がパニックに陥っている隙に、姫の手を引いた町娘──サーラは逃げ出した。


 町娘のメッ・サーラにしてみたら、子供の頃から慣れ親しんだ路地道だ。

 路地を抜けて中央湖の畔を走る二人を、ゲ・ルルグ聖騎士団の数名が路地を抜けて追ってくる。

 サーラが言った。

「しつこい!」

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