再会と再開①
「あれから七年か……」
時が経つのは早いもので、それは大人になるにつれ顕著になっていくらしい。
子どものころは永遠に感じられそうだった毎日も、いまじゃ刹那に過ぎ去っていく。
などと、もうすぐ高校生になる男がほざいてみるが、実際はそんなこともなかった。まだ子どもだろと言われてるかのよう。
「けど、短くはなかったな……」
ずいぶんと時間がかかったように思える。
それはここに来るまでだったり、あのときから流れた季節のことだったり。
「みんな、元気にしてるかな……?」
業者による引っ越し作業が終えられた部屋を眺めつつ、ぽつりとつぶやいてみる。まだまだ未開封の段ボール箱があるけれど、開ける気にはなれなかった。
思った以上に電車移動で疲れてしまってるらしい。身体を動かせばギシギシときしむような音が聞こえてくるほど。
ひとつ息をついて床に腰かける。ふらっと窓の外を眺めてみれば、胸にこみあげてくるものがあった。
それはきっと、「懐かしい」という気持ちだろう。
――中周大和は、再びあの街に戻ってきた。みんなのいた、あの場所だ。
もうすぐ高校生にもなるということで、ひとり暮らしをしたいと両親に許可を取り、こうしてやってきた。
相変わらずの転勤族な父親であったし、大和もそれなりに大人の仲間入りを果たしてると認めてもらえたのだ(実際のところ、泣きついて認めさせたというのが正しいのだが)。
大和の思いを知ってる両親だったから、わりとすんなり意見は通ったものだ。
そんなこんなで両親のもとを離れ、電車を乗り継ぎ、こうして懐かしの地に戻ってきたというわけだ。
しかも昔住んでたマンションにちょうど空きがあって、幸運にも入居できた。ちなみに家賃その他もろもろは父親が出してくれるとのことだ。
なんだかおんぶにだっこで気が引ける大和ではあったが、仮にバイトなどをして稼ぐにしても雀の涙みたいなものだろうし、「償いのようなものだ」と言われたら断るわけにもいかなくなるわけで。
ここは息子らしく、素直に甘えることにしたのだ。
「さて、と」
しばらく外を眺めたところで、ひざに力を込めゆっくり立ち上がる。ひとまず部屋を出ることにしたのだ。
大和がしたかったのは感傷に浸ることじゃない。それよりももっと大事なことがあったのだ。
「うっ、寒っ――!」
外に出ると冷気が肌を撫であげてきて、ぶるっと身体が震えた。吐く息も白い。
現在は三月の下旬。積もっていた雪は解け始めてるようだったが、気温からしてまだまだ冬みたいなもので。
手袋をつけてないと、指先がかじかみそうなほどだ。
あいにくと持ち合わせがなかったのでポケットに手を入れ、寒空の下を歩いていく。
向かう先は大和にとって思い出の場所であり、みんなにとって憩いの場でもあった場所。
黒に染まり始めた空の下、足を踏み出し、一歩ずつ確実に近づいていく。等間隔に灯る明かりを横目に、歩を進める。
けれど、だんだんと足取りが重くなってきた。
雪に足を取られる――からじゃない。
「…………っ」
やがて大和の足が止まった。
止めるつもりはなかったのに、持ち上げようにもいうことを聞かない。地面に縫い付けられてしまったかのように動かない。
理由はわかりきっている。怖かったからだ。
大和と同じように引っ越したりして、みんないないかもしれない。
昔の記憶とはだいぶ、形や姿が変わってるかもしれない。
そもそも大和のことなど、忘れてるかもしれない。
ぐるぐると嫌な考えが頭の中を回り、引き返したくてたまらなくなってしまう。
「…………っ」
けど、それでも。引き返すわけにはいかなかった。
たとえどんな形に終わるとしても、一目だけでも、いまを知るために必要なことだから。
大和は覚悟を決めて、再び足を踏み出していく。
昔の記憶を頼りにしながら、歩いていく――と、見覚えのある、懐かしさの感じる場所が見えてきた。
思い出の場所、秘密基地だ。
「……っ!」
目にしたとたん、大和の胸にぽかぽかとした温かなものが広がっていく。寒さを感じてたはずなのに、身体の震えは止まっていた。
みんながあそこにいるような気がして、待ってくれているような気さえして、口元まで綻んでしまう。
時期的に滑って転びそうなので斜面を降りるようなことはせず、遠目から眺める。薄闇の中、スポットライトのように光が当たり、細部までもが浮き彫りになった。
どうやらそこはもう、ボロボロのようで。雪で屋根が潰れているようだったし、壁に空いた穴も昔見たとき以上に広がっている。どう見ても使われてるような気配はない。
「さすがに、いないよね……」
吐息混じりにポツリとつぶやく。
わかってたことだ。思い出はやっぱり、思い出でしかないことは。
きっと、みんなそれぞれの人生を歩んでることだろう。この場所に囚われているのはただひとり、大和だけで。
「……帰ろう」
温もりに満ちた心のなかに虚しさのようなものが広がっていくのを感じつつ、この場から立ち去ろうとして。
ふいに、背後から声が届いた。
「――あの」
どうやら女の子のようで、とても耳に心地のいい声だなと大和は思った。もっと聞いていたいとさえ思わせるような美声だ。
それでいて不思議と懐かしさを覚えるような……。
だから、というわけでもないが導かれるように、大和はゆっくりと振り返ってみる。
「――っ」
するとそこにいたのは、息を呑むほどに美しい少女だった。歳はおおよそ大和と同じぐらいだろうか?
背中まで伸びる黒髪は濡れたようにしっとりとしており、光を浴びるたびにキラキラと輝いている。
対する肌は雪のように真っ白で、透明感とはこういうものを指すのだと納得させられるほど。
羽織っているのがコートじゃなければ雪女かと見間違うような存在感。こんな時期に姿を現してるのだからあながち間違いというわけでもなさそうだが。
(いったい誰だろう……? 現代版雪女さん?)
大和が内心でハテナマークを浮かべまくっていると、目の前の女の子がハッと驚いたような顔をしながら、
「もしかして……スケルトン?」
「――っ!?」
大和のほうも驚いた。心臓の方だってうっかり止まりかけた。
なんせその二つ名(?)を知っているのは大和以外だとあの四人だけ。思い出のつまった呼び方をなぜか、見知らぬ美少女も知っているのだから。
「なんで知って……――っ」
言いかけて、大和は気づいた。
彼女はまさか、あの二人のどっちかか! ということに。
大和の記憶では、秘密基地にいた女の子は二人しかいなかった。ピンクとレインボーだ。
レッドとブラッドオレンジはたしか男だったはず。
ということはつまり、彼女はピンクorレインボーということ。
(どっちだ……? かつての姿から成長したと考えたら、ピンクか? いやおてんばっぷりが鳴りを潜めたレインボーという可能性もある……でも)
どちらの面影もないことに大和は戸惑っていた。二人ともたしかに可愛らしかったが、こんな風に変わるイメージがつかないのだ。
それこそあの二人以外の人物だと言いたげなようで。
大和はかつてない難問(高校受験したときに出された問題より難しい)に頭を抱えながらも、どうにか声を絞り出す。
「もしかしてだけど、ピンクですか……?」
「違います」
大和の返答に彼女は少しだけ頬っぺたをむくれさせる。色白さにほんのりと朱が差す。
この表情の豊かさはまさか、と脳裏にひらめきが訪れた。
「あ、レインボーだったんですね……!」
「違いますから」
(は? いやいや二択がともに外れってわけがないんだけど……)
わけがわからないとばかりに口をあんぐりと開けていたら、少女の表情が曇り始めた。
怒らせてしまってるんだろうとは大和にも察しがついた。だが、解のない問いなわけだし、これも仕方のないこと。
(でも、このままでいいわけないもんな……)
ありえないとは思いつつも、大和は針の穴に糸を通すぐらい細いであろう可能性を手繰り寄せることに。
「まさかブラッドオレンジなんてことは」
「……からかってるのかな?」
「ごめんなさい。レッドなんだよね……はは……」
「――やっと、見つけてくれましたね」
瞬間、彼女は怒っていたのもどこ吹く風とばかりに、小首をかしげ柔らかくはにかんでみせる。
可愛らしく品のある仕草にドキリとさせられたものの、それ以上のガツンとした衝撃が大和の頭を揺さぶってきた。
(――この子がレッドって、マジ……?)
(――えっ、女だったの……!?)
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