昔馴染みたちとのアオハルチャレンジ~あの日できなかったこと、全部しちゃいましょう~

みゃあ

プロローグ/あの日の記憶①


 小さなころからいろんなとこを回っていた。

 父さん曰く、それは転勤というやつらしくて、キラキラと目を輝かせていたときもあったんだけど、そんなの一過性のものでしかなくて。


 気づいたら嫌で嫌でしかたなくなっていた。

 真新しさを感じるのは最初だけ。すぐに理解を拒みたくなるような現状が襲ってくるのだ。

 友達が出来ない。というか作り方がわからない。


 ――同じ年で、仲の良かった子なんかいたっけ? 


 例え距離を縮められたとしても、すぐさま離れ離れになってしまう。そのことで父さんに文句を言うこともあったけど、そのたびに「ごめんな」と辛そうな顔で抱きしめられてしまうから。

 いつからか口に出すのもはばかるようになってた。

 父さんにこれ以上、辛い顔をさせたくないから。きっと、我慢すればいいだけのことだから。


 何回目の転勤かは忘れたけど、どのぐらいの年かは覚えてる。

 あれは僕――中周なかす大和やまとが小学校三年生のころ。ちょうど夏休みを迎えたタイミングの記憶だ。





 『…………』


 大和はマンションの近くにあった公園で、なにもせずぼーっとしていた。ベンチに腰かけたまま、澄みわたった空を眺める。

 うだるような暑さが元気ややる気といったものを奪い去ってたのもあったし、こんな状況下で引っ越しの作業を手伝うのも嫌だったため、こうして近場の公園に来てはみたのだが――。

 

 『ヒマだ……』


 ついついそんな言葉がもれてしまうぐらいのヒマさ。瞳の中に空の色が映り込んでしまうほどに、表情筋の変化も起こらないほどに、ガチのマジでヒマだった。

 公園を散歩している老人の方が、もうちょい生き生きとした顔をしているだろう。


 こんなことになるのならゲーム機のひとつでも引っ張り出しておけばよかった、なんて結論に至ったところで。

 ふと、目の前に影が差しこんだ。


 『――なぁお前、こんなとこでなにやってんだ?』

 『――!?』


 突然のことにバクンと心臓が跳ねる。

 話し声は間違いなく自分に向けられていたし、年齢=友達がいない大和にとってこの状況は対処に困るものがあった。

 会話のキャッチボールなどここのところ両親としかしていないのだから。

 見知らぬ相手となどうまくできるはずもなく。剛速球を顔面キャッチすることになるのがオチ。


 (ヤバいヤバい……! ど、どうやって切り抜けよう……!?)


 逸る心臓の影響か、熱に浮かされたような感じになっていれば、向こうがしびれを切らしたらしく、詰め寄ってくる。

 こつんと視線が触れあい、相手の顔が見えた。小麦色の肌をした、顔立ちのすごく整った男の子? のよう。大和はなんとなく声が高いから女の子かと思っていたのだが。

 歳のころは自分と同じぐらいだろうか? 一回りほど大きなTシャツと短パン、スニーカーを身にまとった出で立ち。短く切りそろえられた黒髪は、毛先がところどころはねている。

 にしても、この焼け具合からしてミディアムかウェルダンか、と見当違いな思考を巡らせていると、


 『おーい、だいじょぶか? 聞こえてるか? なんかすげー汗だけど……もしや熱中症とかじゃないよな』

 『う、うん……へーき、ソフトクリームのマネしてるだけだから……』

 

 慌てた様子で視線をそらし、しどろもどろになりながらも返事を返す。コミュ障を極めた大和にはこのぐらい、造作もないことである。


 と、「ぶふっ!」となにかが吹き出すような音が聞こえ、次いで笑い声まで聞こえてくる。

 なんで笑われているのか大和にはさっぱりわからなかった。


 (やっぱり僕には会話のキャッチボールはむいてないのかも……)


 相手の方を直視できないまま、所在なさげに視線をさげる。

 けれど目の前に手のひらが差し出され、そのままというわけにもいかなくなった。


 『ひー……っ、お前すげー面白いな! 気に入ったぜ!』

 『そ、それはどうも……?』

 『おう、礼にはおよばねーよ! つーか、お前見たことねーんだけどさ、あのマンションにいたっけ?』

 『今日引っ越してきたばかりというかなんというか……』

 『そうなのな。ま、オレはこの近くに住んでるんだけどさ』

 

 少年はあっけらかんと言ってのけ、大和の腕を掴んでくる。手汗をかいてるのかひんやりとしていて、今日のような暑い日にはなんだか心地いい。


 (この子にはアイスクリームの素質があるかも……)


 などと現実逃避してるこちらをよそに、男の子は白い歯を覗かせながら言う。


 『なぁなぁせっかくだしさ、一緒にあそぼーぜ!』

 『え? 僕と?』

 『あったりまえだろ、ほかに誰がいるんだよ』

 『イマジナリーフレンドとか……』

 『?? なんだそりゃ』

 

 キョトンとした顔をされてしまった。やはり大和には会話のキャッチボールはむいてないようだ。

 いますぐにでも逃げ出したい、そんな風に大和は考えていたのだが、腕を掴まれていてにっちもさっちもいかない。

 命だけは助けてもらえるだろうか、とおそるおそる顔を上げてみる。

 彼は無邪気な表情ではにかんでいた。


 『そんな顔しねーでもだいじょぶだって! 取って喰おうってんじゃねーんだから』

 『ほ、ほんと?』

 『んーでもま、味見はするかもな。ソフトクリームらしいし』

 『…………!』

 『おいおいっ、ウソウソじょーだんだから! 逃げようとすんなよ』


 逃げるもなにも腕をがっちりホールドされていたので、身動きなど取れるはずもなく。

 しぶしぶといった様子で大和は諦めた。関節技は卑怯だよ、と心の中でつぶやきながら。


 虚無の表情を浮かべる大和をみて呆れたように苦笑いを浮かべながらも、少年はギュッと手を握ってきた。

 そのまま流れるように引かれていく。


 『んじゃま、いまから行くとこなんだけどな。オレたちの秘密基地があってさ』

 『……秘密基地?』

 『おう、オレが見つけたとこでな。屋根も壁もボロボロ、冷暖房不備だけど』

 『欠陥住宅すぎる……』

 『でも秘密基地っぽいとこにあるからみんな気に入ってんだ』

 『み、みんな?』


 「オレたち」発言でうすうす察しがついていたが、どうやら仲間がいるらしかった。

 驚愕の事実に大和の足の震えが止まらない。一対一ですらまともに会話できないのだ、多人数が相手となれば余裕で死ねるだろう。

 顔を青ざめさせ息も絶え絶えといった大和をよそに、男の子はけらけらと笑いながら歩くスピードにギアをかけ始める。


 (この子もしや……鬼とか悪魔の末裔なのでは)


 あいにくとイワシの頭や聖水の持ち合わせはなく、特殊な能力にも目覚めていない。

 これは詰んだな、と遠い目をする大和はなすすべなく、ずるずる引きずられていき。


 ――ふと、河原のような場所が目に飛び込んできた。

 近くを流れる川は底が見えそうなほど澄んでおり、光を浴びてキラキラと輝くさまはとても綺麗だった。

 こんな日は泳いだらさぞ気持ちいいだろう。


 ゴクリとのどを鳴らすなか、大和の手を引きながら斜面をゆっくり降りていく少年。

 転ばないようリードしてもらえたからか、どうにか下ることができた。運動神経皆無な大和にとって非常にありがたいことである。

 ホッと息をつく、と視線の先になにやら見えてきた。小さな小屋のようで、周りが草に囲われていていかにも秘密基地のような感じはある。

 もしやあれか? と大和が思い至ったタイミングで、彼が声高に指をさす。


 『ほら見えてきたぞ! あれがオレたちの秘密基地だ!』

 『やっぱり……ボロ』

 『――どうだ! かっこいいだろ!?』

 『う、うん、そうだね……』

 

 ずいっと顔を近づけてくる男の子の勢いにたまらずうなずく。正直なところもう帰りたいなぁ、と大和は内心げんなりしていた。

 とはいえそんな勝手が許されるはずもなく、小屋の入り口辺りに連行されていく。


 『――っ』


 ここまで来たら覚悟を決めるしかない。

 大和はごくりと生唾をのみ、思い切って中に足を踏み入れた。


 『おいっす~パトロールから戻ってきたぜ!』

 『あ! レッドが帰ってきた~! んー? キミだぁれ?』

 『ええっと……』


 とつぜん至近距離に少女が現れたので腰が引けてしまった。顔もひきつり表情筋が悲鳴を上げているかのよう。

 だが、そんなことなど露知らずといった様子で女の子はじろじろと目線を送ってくる。くりくりとした瞳が大和を射抜いて離さない。

 

 (どっ、どどどうしよう……!)


 二の句が継げないでいると、フォローをするかのように少年が声をあげた。


 『おいバカちけーって! そんなんじゃコイツがビックリすんだろ』

 『あ、そっか。ごめんね~』

 

 目と鼻の先まで迫ってきていた少女は頬をぽりぽりとかいて申し訳なさそうな顔をすると、後ろへと下がっていき。

 視界がひらけたことで小屋の全容と、中にいたらしいほかの子の姿も目に留まる。

 

 広さはだいたい六畳ぐらいだろうか? プレハブでできた小屋はところどころに穴が開いており、そこから太陽光が降り注いできている。天井をおおうトタン屋根も似たようなもの。

 床にはシートのようなものが敷かれていて、くつろげるよう工夫はされてるらしかった。

 視線を伸ばした先、ドアップで迫ってきた女の子を除いた二人の姿にフォーカスしてみる。

 大和が現れたことでわずかに怯えた様子をみせる少女と、キャスケット帽を目深に被った少年? のよう。

 少女の方は花柄のワンピースに身を包み、長い黒髪を左右で結わえている。様相とは対照的に身体は少し大柄なようだ。

 少年の方はラフなシャツと七分ほどのズボンを着用していて、髪の長さは帽子のせいで判別できない。表情をうかがおうにもこれまた帽子のせいでよく確認できなかった。

 すぐ横にいたドアップ少女の方はTシャツにミニスカートといった身なりで、首元辺りで切りそろえられた黒髪が光を浴びてきらめいている。


 (みんなというのはこれで全員なのかな……?)


 問いかけるつもりで隣にいた少年に目配せをしたら、意地悪そうな顔でのどを鳴らしてみせた。やっぱり取って喰うつもりなのか、そうなのかと大和に悪寒が走る。


 『よーし! みんなちゅうもーく! このたび秘密基地に新たなメンバーがくわわることになった!』

 『えっ、なにそれ聞いてない……』

 『そりゃいま言ったからな』


 悪びれる様子もなく、胸を張って言い放つ男の子をみて軽くめまいがしてきた。

 力なくその場に腰を落とせば、目の前にペットボトルが差し出される。視線を流せばあのわずかに怯えた様子を見せていた少女のようで(いまも涙目ではあるが)。


 『こ、こ、これっ、どうぞ……!』

 『あ、ありがとう……』


 大和はご厚意に甘えてのどを潤していく。ちょうどのどが渇いていたところだったのだ。

 

 (ぷはぁ……暑い日のスポドリはなぜこんなにも美味しいんだろう……)


 などと現実逃避をしてるこちらをよそに、少年はなにやらほかの子たちと話しこんでいるよう。


 『なぁピンク、オレのぶんは?』

 『れ、レインボーが飲んじゃいました……』

 『おいしかった! がははっ!』

 『がははじゃねー! オレものど乾いてんだぞ!?』

 『川の水ならいっぱいあるよ~!』

 『やだよ! オレもスポドリがいい!』

 『……これ。あげる』

 『えっ、いいのかブラッドオレンジ? これお前の分だろ』

 『べつに。のど乾いてない』

 『そ、そっか。なら遠慮なく』


 横で風呂上がりの牛乳を飲むようなポーズでごくごくやりだす少年。ペットボトルの中身をすっかり飲みきってから、満足げな笑みを浮かべてみせた。


 『ふい~、おっとそうだ。まだメンバー紹介をしてなかったな』

 『あの僕……まだ入るとは』

 『そっかそっか。でもま、今日ぐらいは付き合ってくれよ』

 『きょ、今日ぐらいなら……』


 なんだか言いくるめられたような気もするが、きっと気のせいだろう、と大和は思うことにする。

 その場に腰かけたまま、顔を上げてみせれば、ほかのメンバーが真正面に並んでいく。

 順番に紹介していくのだろう。ほかの子たちも大和とそう変わらない年にみえる。


 『じゃあまずオレからな! オレはレッド! この秘密基地のリーダーだから、リーダーでもいいし、レッドリーダーでもいい』

 『れ、レッドっていう名前なの?』

 『んなわけねーだろ。戦隊ヒーロー的な感じで呼んでんのよ』


 すぐさまドアップ少女が「レッドは戦隊ものにハマってるのだ!」と付け加えてきた。なるほどその影響かららしい。

 

 『んで次はこのおてんば娘だけど』

 『あいっ! あたしはレインボー! 好きなことはうごくこと! いじょーっ!』

 

 応援団のように後ろ手を組みながらはつらつとした声をあげるドアップ少女、レインボー。

 色わけにはツッコんだ方が良いのだろうか、と悩む大和をさしおき、次の子が指名されていく。

 スポドリをくれた女の子だった。


 『あの……わ、わた、わし』

 『わし? きゅーに老けたなピンク!』

 『うぅぅ~~っ、いい間違えただけなのにぃ……』


 よっぽど恥ずかしかったのだろう、ピンクと呼ばれた女の子は真っ赤になった顔を手でふさぎながらへたり込んでしまった。

 先ほどの二人が腹を抱えて爆笑するなか、すぐ横にいたキャスケット帽の少年が背中をさすってあげている。

 チラと大和の方を向いたかと思うと、小さく口を動かしてみせた。


 『ブラッドオレンジ。よろしく』

 『う、うん……』

 『あはははっ! わし、って!』

 『がははははっ!』

 『――二人とも。うるさい』

 『『…………』』


 ブラッドオレンジの冷たい声音と視線を浴びたからか、とたんに背を丸めしゅんとしだすレッドとレインボー。

 なんだか悪いことをした子どもを見てるような気分だ。


 なんとなく秘密基地内での力関係が浮かびあがってきたところで、話題の転換をとばかりに大和の方を向いたレッドが話しかけてきた。


 『ええっとそれでな、ここに来るまでにお前の色も決めといたんだけど』

 『あっ、そうなんだ。普通の色、だよね……?』

 『ん? スケルトンだけど』

 『…………』


 それはもはや色じゃない。なんだかザコ敵っぽい。

 大和は内心でツッコんだ。

 

 『こんなこと言うのもアレだけど……もうちょっとマシな色とかは』

 『え~? なにものにも染まってなくてかっこいいじゃんかよ』

 『……そ、そうだね』


 ガックリと肩を落としながら、大和は諦めた。これ以上の抵抗は無意味だと悟ったからだ。

 とはいえ、である。今日限りの関係だし、そこまでこだわる必要もないだろう。

 秘密基地にいたメンバーとの顔合わせを済ませた大和は、そんな風に考えていたのだが――。

 



 『――ようスケルトン! 今日も遊ぼうぜ!』

 『うんっ』


 人生というのはなにが起こるかわからないものだ。

 いうて齢九才など人生を語れるような歳でもないのだが。


 出会ったあの日以降も、大和はみんなと会うようになった。

 レッドが家まで誘いに来ては、秘密基地へと連れ出されていく。

 初めはいやいやしぶしぶといった感じだったはずなのに、いつのまにやら心地よさを覚えてる自分がいたことに驚いたものだ。

 気づけば自らの意思で秘密基地に向かおうとすらするほどで――。


 『レッド! スケルトン! かけっこしよ~!』

 『お、いいぜ! じゃあ誰が一番早いか競争だ!』

 『えっ……この暑いなか走るの?』


 秘密基地について早々、太陽のように眩しい笑みを浮かべながらレインボーが両手をブンブンと振り回してみせる。

 元気の塊みたいな彼女は自己紹介で宣言したとおり動くことが大好きなようで、大和もよく頭数に入れられたものだ。


 『いちについてー、よーい……がはは~!』

 『おいっ! フライングしてんじゃねーよレインボー!』

 『っ、ふたりとも……速い……』


 川べりを全力で駆け抜ける二人と、普段の運動不足が響いてどんどん差をつけられる大和。

 足を踏み出すたびに全身からじっとりとした汗が吹き出すが、風を切るたびにそれが快感へと変わっていく。ひんやりとした空気が肌を撫でる感覚。

 きっと二人もこの感覚が好きで、走っているのかもしれないな、と息を切らしながら大和は思った。

 ようやっとのところで追いついたと思ったら、レッドとレインボーが結託でもしたのか、大和の腕をがっちりホールドしてくる。

 

 『え、えっ、なに?』

 『いくぞー! せーの』

 『とりゃー!』


 なぞの掛け声とともに、身体が宙に浮いて、すぐさま全身を冷たいものが覆ってきた。

 川に落とされたんだ、とすぐさま理解できた。

 いきなりなにをするんだと恨めしげな目で見つめようとしたら、両サイドで水しぶきが上がって、


 『うひゃー! やっぱ汗かいたあとの水浴びは気持ちいいぜー!』

 『スケルトンもきもちーでしょ!?』

 『そ、そうだね』

 

 やってることはサウナ後の水風呂の要領なのかもしれない、とテレビで見たような知識を披露したら、二人ともに得意げな顔をしてみせた。

 べつに褒めてはないんだけどな、と大和は呆れたように息を吐く。

 

 『スケルトンさん……これ、どうぞ』

 『あっ、ありがとうピンク』

 

 びしょ濡れになったところでピンクがタオルを持ってきてくれた。生地がふわふわとした新品のようなタオルだ。

 ありがたく使わせてもらい、水気を拭きとっていく。パンツまでぐっしょり濡れていて気持ちが悪いものの、この暑さだ。きっとすぐ乾くに違いないだろう。


 肌についた水滴を拭う大和の横で、ピンクがレッドとレインボーにボソボソと話しかけている。


 『二人とも、――の子なんだからっ、もっと気にしたほうがいいよ……』

 『え~? べつに平気だろ』

 『むしろピンクが気にしすぎなのだ!』

 『んもぅ……』


 チラと見やれば、なぜかピンクがむくれてる。


 (もしかしたら一緒にかけっこしたかったのかも……)


 また機会があれば誘った方が良いかもしれないな、と大和は小さく握りこぶしを作ってみせる。

 『楽しいことはみんなでやったらもっと楽しいんだぜ!』とはレッドの受け売りだ。


 かけっこもそこそこに、みんなで連れ立って秘密基地の中へ入る。すると、ブラッドオレンジが手になにかをつけて独り言をつぶやいているのが目に入った。

 よくよく注視してみればそれはパペットマペットと呼ばれるもので。


 『ねぇ、それって……』

 『おおん? なに見とんじゃワレェ!』

 『うわっ……!』


 急にパペットが変な凄みを効かせてきたせいで、大和は尻もちをついてしまった。

 呆気に取られていたら、操ってるはずの本人が申し訳なさそうな顔をしていて。


 『ごめん。うちのフロッピーが驚かせて』

 『なに謝っとんねんブラッド、向こうが先にメンチ切って来とんねんぞぉ!』

 『そういうの、よくない』

 『……いやそのー、ブラッドオレンジがアテレコしてるんだよね?? そのパペットに』

 『え?』

 『おおん?』

 『ごめんなさい、なんでもないです』


 どうやら触れてはいけないデリケートな問題のよう。

 ひとりと一匹(カエル)に詰め寄られ気味になったので、大和はすぐさま後ろを向いた。

 すると視線の先、ピンクが持ってきていたカバンからなにかを取り出しているのが目に入った。

 向こうもこちらの視線に気づいたらしく、恥ずかしそうに顔を赤らめている。


 『えっと、それは……?』

 『わっ、わたしが……その、作ったお料理で……そろそろお昼どきだから』

 

 なんとピンクの手作りらしい。

 驚きのあまり目を見開いていると、後ろにいたレッドとレインボーが苦虫を噛み潰したかのような、ものすごくイヤそうな顔をしているのが気になった。

 

 『ピンクのなぁー、メシはなぁー、クソまじーんだよなー』

 『ほんっとにマズい! ゲロマズ! がははっ!』

 『えっ、そ、そんなに……?』


 チラと視線を投げたら、言われたい放題になってたピンクの目元に光るものが見えて。

 胸がぎゅっと締めつけられる。


 (なんだか可哀想になってきた……)


 怖いもの見たさというわけでもないのだが、女の子の泣き顔を眺めたままというのも気が引ける。

 それに食べもせずに結論を出すのは男としていかがなものだろうか。

 大和はそんな風に考え、気づけば手を伸ばしていた。


 『あっ、あのさ! 僕っ、食べてみたいんだけど!』

 『えっ……?』

 『おいおいやめとけって、ひどいもんだから』

 『勇者スケルトン! 魔王にいどむ!』

 『ほ、ほんとに食べてくれるの……?』

 

 おっかなびっくりといった様子で問いかけてくるピンクに、精いっぱいの笑顔で応える大和。

 すると、こぼれかけてたはずの涙は引っ込んでしまったようで。

 彼女の可愛らしい顔立ちに似合う、素敵な笑顔が飛び出したのだ。


 『――っ!』


 バクンと大和の心臓が跳ねた。

 かけっこをしたとき以上の脈うち具合に戸惑いながらも、ヘンに勘繰られて病院送りにされるわけにもいかない。あそこは悪魔の住まう城なのだから。


 なんでもないように平静さを装いつつ、ピンクが差し出してきたお弁当を受け取り、フタをパカッと開いてみた。


 『…………』


 大和は唖然とした。これはまやかしかと目を疑いさえした。

 なんせお弁当の中身は、元の色が判別できないような黒さが一面を覆ってたものだったから。どれがなんの料理だったかさえわからないほど黒い。

 イカ墨で仕上げた料理だと思えば、食べられなくもなさそうだが。


 『うげー! やっぱり真っ黒だぜ!』

 『クロこげ~! マズそう!』

 『あ、あのやっぱり……』

 『――いただきます!』


 ピンクの言葉を遮るようにして、黒いなにかを口へと運んでいく。

 咀嚼した瞬間、口内に広がる苦みとパサつき。だがそれを乗り越えさえすれば、かすかに元の料理の味が広がってくる。

 心配そうに唇をわななかせ、つぶらな瞳で見つめるピンク。

 対して興味津々といった眼差しのレッドとレインボー。

 のど奥に流し終えたところで、大和ははにかんでみせた。


 『美味しいよ』

 『えっ、ほ、ほんと……?』

 『うんっ。苦みとかはたしかにあるけど、気になっちゃうほどじゃないし、味付けも個性的でいいと思う。ピンクのお料理、僕は好きだな』

 『…………っ』

 『おいおいほんとかよ? ムリしてんじゃねーだろな』

 『あたしも食べる~!』


 立候補がてら横からレインボーがかっさらっていき、すぐにゴホゴホとむせだした。どうやら味覚が繊細なようだ。

 再び押しつけられたピンクのお弁当。ゲテモノ扱いを受けてはいるものの、お腹は空いていたしなによりピンクが頑張って作ってくれたものだ。

 大和は捨てるなどもったいないとばかりにためらうことなく口に運び、モグモグしていく。

 ふと、隣にいたらしいピンクが小声でささやいてくる。


 『……ありがとう。食べてくれて。美味しいって言ってくれて』

 

 口が塞がってたし、もともとしゃべることも得意ではない。

 なので大和はとりあえず、笑みを浮かべておくことにしたのだった……。


 

 『――よーし! じゃあいまから昆虫採集しようぜ!』

 『わーい! やるやる~! がははっ!』


 レッドの高らかな宣言が秘密基地内に響きわたり、レインボーがそれに手を上げて便乗している。

 ピンクはちょっぴり嫌そうに口元を引きつらせ、ブラッドオレンジはお人形のような表情にいっさいの変化がない。

 そして大和ことスケルトンはというと、ワクワクしていた。

 

 これまで何度も引っ越しを繰りかえしてきた大和だったが、たいていは都市部というべきか、ビルが多く立ち並んでる都会の方面がほとんどであり。

 緑豊かなこの辺りは初めてに等しく、昆虫採集などというのも生まれて初めての経験なのだ。

 期待に胸が躍ってるのがわかる。チョウチョとかカブトムシとか捕れるのかな、と虫網を振るようなモーションが飛び出すほど(あいにく虫網の持ち合わせはないのだが)。

 

 『んじゃま、誰がめずらしいものを捕れるか競争だ!』

 『おー!』


 ノリに乗った二人が我先にと秘密基地を飛び出していき、ほかの二人もゆったりした足取りであとを追う。

 草木の生い茂るこの河原にはいろんな生き物がいて、とてもにぎやかだった。おかげさまでまったく捕れない。

 昆虫採集は思った以上にハードなスポーツなんだな、と大和は呼吸を荒げながら感じ始めていた。


 と、それ以上ににぎやかな二人は、なぜか木に登り始めていて。


 『あのふたり、なんで木に登ってるの?』

 『高いところには珍しいのがいるみたいで……そんなことないのに』

 『バカ』


 ピンクがハラハラしながら言い、ブラッドオレンジは冷めた様子。いくら運動神経が良いとはいえ、かなりの高さである。

 大和も少しばかり心配になってきて、二人に声をかけた。


 『あ、危ないから降りた方が良いよ……!』

 『へーきへーき! オレたちゃいつも登ってるベテランだぜ!』

 『ほら見てみて~! こうやって手を振ることも――』


 レインボーが大げさに手を振ってみせたところで、木々がしなり。

 掴んでいた枝が揺れに耐えかね、根元からポッキリ折れるのがみえた。

 

 『――っ!?』

 『あ、危ないっ!!』


 宙に投げ出された彼女は放心状態のようで、受け身もなにも取っていない。このままだとケガをするのが目に見えている。

 よくて擦り傷、最悪の場合は打撲や骨折もありえた。


 (ここはっ、すぐ近くにいる僕が受け止めるしかない――っ!!)


 大和は急いで駆け寄り、めいっぱい両手を伸ばした。

 みんなが固唾を飲んで見守るなか、レインボーの身体が腕に吸い寄せられるように飛び込んでくる。


 『うぐぐっ……!』


 小柄な彼女でもなかなかの重さだ。それでもケガをさせまいと大和は必死に踏ん張った。

 と、気がつけば抱き留めることに成功してたらしく、腕の中で丸まってるレインボーの姿が目に入った。

 目をぱちくりとさせる彼女はどこもケガしてないようで、思わず安堵の息がもれる。


 『よ、よかった無事で……』

 『スケルトンすごーい! 力持ち~!』

 『そうじゃないでしょっ! スケルトンさんがいなかったらケガするとこだったんだよ――!』

 

 慌てて駆け寄ってきたピンクの怒った表情に、さすがのレインボーもハッとさせられたらしい。

 大和の腕から降りた彼女は、申し訳なさそうな顔でつぶやいた。


 『ごめんなさい……それと、助けてくれてありがとう……』

 『うん、次からはもうこんな危ないことしちゃダメだよ』

 『こんどは、気をつけます』

 『レッドもほら、降りてきて……!』

 『お、おぅ』


 バツが悪そうに木から降りてきたレッドをピンクが叱っている。普段の立場とは逆転してるようなその光景はちょっとだけ意外だな、と大和は思ったものだ……。

 


 『――あれブラッドオレンジ、なにやってるの?』

 

 秘密基地、その一角でのこと。

 こちらに背を向けるブラッドオレンジは、小さなシートを広げ、なにやら小皿を並べて遊んでるらしかった。見たところ、おままごとをやっていたらしい。

 大和が声をかけると、手にはめてたパペットマペットがずいっと近づけられて、


 『おおん? なにって見りゃ分かんだろーがぁ!』

 『そ、そうだね!? おままごとだよね!』

 『昼ドラごっこ』

 『えぇ……』


 (なにその愛憎がうずまいてそうなドロドロした感じの遊び……)


 思った以上の重たい展開に大和の顔が引きつってしまった。対するブラッドオレンジはいつもどおり表情を崩さない。

 それどころか大和の腕をパペットで食んだかと思うと、敷かれたシートの上に案内……もとい、連行されていくはめに。


 『一緒にやんぞぉ! いいな!』

 『う、うん……べつにいいけど。お手柔らかに』

 『スケルトン、夫役。妻のほかに浮気相手がいる設定』

 『ええっと、いなきゃダメ……?』

 『あたりまえだるぉう! でなきゃ面白くねーってんだぁ!』

 

 パペットにすごまれしぶしぶ了承。百聞は一見にということで、大和はとりあえずやってみることにした。

 

 (おままごとかぁ……)


 最後に経験したのは幼稚園のころだったはずだ。

 あのころは転勤というしがらみもなく、顔なじみの子たちとわいわいがやがやしながらおままごとをやっていたと記憶している。


 (それにしても、ブラッドオレンジはおままごとが好きなんだな……)


 こういうのは女の子がやるものだとばかり思っていた大和は、少しばかり面食らってしまった。

 とはいえブラッドオレンジの意外な一面を知れたことで、取っつきにくさというか、近寄りがたさが減った気もする。

 いうて普通のおままごとではないのだが。


 ブラッドオレンジが所定の位置に皿を並べ終わり、こちらに視線を投げてくる。どうやら開始の合図のよう。


 『あなた、話があるの』

 『な、なにかな?』

 『浮気、してるでしょ』

 『っ、そんなはずないじゃないか。愛してるのはお前だけだよ!』

 『私も信じたかった。けど、怪しい動きがここのところ目立ってたから。探偵を雇って、調べてもらったの』


 と、そこでペラペラの紙を大和の前に放り投げてくるブラッドレンジ。これはおそらく証拠写真的な感じだろうか? ずいぶんと本格的だな、と大和は思った。


 『あなた、この女と頻繁に会ってるようね。どの写真にも写ってるわ。それも、二人きりでね』

 『っ、そ、それは、偶然じゃないか!?』

 『こんなに密着してるのも偶然だといえるの?』

 『っ、たまたまだろう……』

 『あくまでもシラを切るつもりなのね。なら、決定的な証拠を見せてあげる』


 懐からスティックタイプのお菓子を取り出し、大和の胸元へと突きつけられる。


 『このボイスレコーダーには、ほらバッチリ録音されてるわ。ずいぶんとお楽しみのようね』

 『あ、それボイスなんだ……っ、まさか録られてたとは』

 『ということは認めるのね』

 『あぁ……すまん、浮気してた。最初はほんの出来心のつもりで』

 『そう。たとえどんな理由であろうと許さないから』

 『離婚、するのか……?』

 『あなたを殺して私も死ぬわ』

 『――ちょっと話の流れが重すぎない!?』


 大和はツッコんだ。ちゃぶ台を返すかのような勢いでツッコんだ。

 さすがにこれ以上は昼ドラの域を超えてる気がしたからだ。流れてきに一話で終わってしまうだろう。

 肩を上下させながら荒く息をつく大和をよそに、ブラッドオレンジは少しばかり口角をあげてみせた。


 『ありがと。付き合ってくれて』

 『いや、まぁね……楽しんでもらえたかな?』

 『うん。すごく』

 『ならよかった』

 『やるじゃねーか新入りぃ! 初めてにしちゃ上出来だぁ!』

 『あ、ありがとうカエルくん』

 『フロッピーじゃわボケェ!』


 パクパクと噛みついてくるパペットと戯れるなか、ブラッドオレンジが優しげな笑みを浮かべてたのが大和の目に留まった。


 (男の子のはずなのに、すごく綺麗だな……)


 眺めるほどに心臓が激しく脈を打ち、身体を火照らせる。異変に気付いた様子のブラッドオレンジが、身を寄せてきて、


 『どうかしたの? 顔、赤い』

 『ううんっ!? ただ疲れちゃっただけだから!』

 『そう』

 

 どうにかなってしまいそう、変な気持ちが目覚めそう、と心が揺さぶられたのがやけに印象に残ったものだ……。



 ――だが、そんな楽しくて仕方がない日々も長くは続かなかった。


 大和が引っ越してきてから三週間が経ったぐらいだろうか。

 いつものように両親と食卓を囲んでいたら、父親が申し訳なさそうな顔で切り出してきたのだ。


 『すまない大和、また引っ越しをすることになるんだ』

 『え……』


 なんでも仕事で急な人員が必要になり、大和の父親が選ばれてしまったということ。

 いまいる場所よりも遠くに行くことになり、ここにはいられないということ。

 

 信じられなかった。それ以上に信じたくなかった。

 せっかく秘密基地のみんなと仲良くなれたのに。このままより良い関係を築けたままでいられると思ってたのに、お別れしなきゃならないだなんて。


 その日の夜、大和は泣いた。身を丸めながら、涙が枯れるまで泣いて。泣きつかれて眠ってしまったらしい。

 燦燦と陽射しが降り注ぐ次の日。いつものようにレッドが迎えに来た。


 『…………』


 大和の顔をみて違和感を覚えたらしく、小さく息を呑む音がした。

 誰が見てもわかるほど、目元が真っ赤になっていたのだ。気がつかないはずがない。

 

 『秘密基地いこーぜ!』


 けれど、レッドはなんでもないことのようにはにかんで、手を引いてくれる。


 (きっとムリに聞き出そうとしないでくれてるんだ。僕の方から切り出すのを待ってくれてるんだ……)


 大和にはそれが無性にありがたく感じた。こんな状況でも彼は普段通りに接してくれる、初めて出会ったときみたいに手を引いて導いてくれる。


 『…………』


 乱れた心が少しだけ落ち着いてきて、顔を上げられるようになった。

 いつもの跳ねた髪、いつもの小さいけどたくましさを覚える背中、離してやらないとばかりに握られた手のひら。

 自然と笑みがこぼれたのはきっと、レッドの存在が大和の心を明るく照らしてくれたからに違いない。


 たどり着いた秘密基地に入ると、いつものメンバーの姿があった。それぞれが大和を見て、思い思いの反応をみせる。

 わけがわからないといった様子でおろおろするレインボー。

 表情には変化がないものの、唇がかすかに震えているブラッドオレンジ。

 大和の気持ちが伝わったかのように、大粒の涙を流し始めるピンク。


 (みんな心配してる……ちゃんと、言わなきゃ)


 こみあげてくるものを必死に堪えて、大和はぽつりぽつりと想いをこぼしていった。


 『そっか、また引っ越しちゃうのか……』

 『ずっといっしょにいられると思ってたのになぁー』

 『残念』

 『そんなの寂しいよ……ぐすっ』


 メンバーの言葉を聞くたびに、大和は仲間として認められてたんだなぁと実感させられた。

 だが、同時にますますここを離れたくないという気持ちが募っていくばかり。

 

 『…………』


 お通夜のようになってしまった秘密基地内。

 どうすることもできず、みなが黙んまりを決め込んでいると、ひときわ明るい声が響いた。


 『じゃあさ! 最後になんか思い出作ろーぜ!』


 声の主はこの秘密基地のリーダーであり、大和をこの場所に誘ってくれた張本人でもあるレッドで。

 彼はみんなに強く、半ば強引にといった調子で言い聞かせていく。思えばこの強引さがここに来ることになったきっかけでもあった。

 するとひとり、またひとりと賛同する声があがっていき。


 『スケルトンもそれがいいだろ?』

 『……うんっ』


 大和もまた、彼の問いかけに乗っかることにした。自分にいま引き出せる最大の笑顔を添えて。

 

 『ねぇ、どこに行くの……?』


 大和の言葉に「ま、着いてのお楽しみだな」と得意げな顔のレッド。


 メンバー総出で秘密基地を出て、陽射しが燦燦と降り注ぐなかを歩く。絆を確かめるかのようにみんなで手を繋いでだ。

 すっごく暑くて、かいた汗でぺたぺたして気持ち悪いはずなのに、不思議と晴れやかな気持ちを大和は抱いていた。

 それはきっと、みんなといるから。この五人ならどんなことでも楽しいと思えるからに違いない。


 『よーし、とうちゃーく!』


 秘密基地からしばらく歩き、辿りついたのは小高い丘のような場所。近くに遊具もなにもなく、ずいぶんと簡素なところだなという印象を覚えた。


 (なんで、こんなとこに……?)


 大和が小首をかしげ不思議に思っていたら、レッドに腕を引かれ、もうひと踏ん張りだとてっぺんまで登らされる(半ば引きずられるような感じではあったが)。

 息を切らしながらどうにか上り切ったところで、レッドが嬉しそうな声をあげる。

 

 『ほら、見てみろよ――!』


 言われるがまま顔を上げた瞬間、眼前に広がる光景に大和は息を呑んだ。


 『っ、すごい……すごいね……!』

 『だろー? ここからなら街が一望できるんだぜ!』

 『冬になるとイルミナティがきれいなのだ! がははっ!』

 『イルミネーション』

 『ピラミッドの上から見る景色もこんなふうだといいなぁ……』


 みんなで手を繋ぎながら景色を見て、大和は思う。


 (街はけっこう広かったんだなぁ……あ、まだ行ってないとこあるや。ここからだと人が豆粒みたいだな……あっ! あそこに僕の住んでるマンションがあるじゃんか。……でもやっぱり、みんなみたいに冬の景色も見てみたかったな……)


 いろいろ思うことはあったものの、それ以上にこの五人で見れたのがなにより特別なことという感じがして、心がぽかぽかと温かくなる。

 

 『最後の思い出っていったけどさ』

 『え、うん……』

 『またもどってくる機会があるかもしれねーだろ? 大人になってからとか、次の次の次辺りの引っ越し先がここになるかもだろ?』

 『そ、そうだね』

 『だから、つぎ会うときが来たらさ、やってなかったことやったり、やってみたいことやったり、見れなかったところ見て回ったりしよーぜ』

 『じゃああたしもー! スケルトンとフルマラソン参加するー!』

 『いやそれはちょっと……』

 『リアルおままごと』

 『昼ドラ要素はなしでお願いしたいというか……』

 『わたしもお料理、もっと上手になれるように頑張るから……!』

 『うん、応援してるから……!』


 みんなでああでもないこうでもないと意見を出し合い、たくさんのどうでもいい会話でお腹を抱え笑い合う。夢のような時間。

 永遠に続きそうだったその時間は、あっけなく終わりを迎え――。


 ――そうして迎えた引っ越しの日。

 みんなが大和の住むマンション前まで集まってくれた。 

 レッド以外の三人はすでに涙目で、大和の方ももらい泣きしてしまいそうではあったが。


 『『『『……………』』』』


 それぞれが口を閉ざし、お見合いのような状況下。

 きっかけをもたらしたのはやっぱりレッドだった。


 『元気でなスケルトン』

 『うん……』

 『そんなしんきくせー顔すんなよな。笑えよ』

 『ぶっ――あははっ、変な顔しないでよ……!』

 『そうそう、それでいいんだ。笑う門にはなんとやらっていうだろ』

 『福来る』

 『そうそれ。だから……笑わなきゃ、いけないんだ……っ』


 みるみるうちにレッドの顔が曇り、くしゃくしゃになっていく。それでも涙は流すまいと必死でこらえて、口をつぐんで。

 彼の様子に釣られて涙が出そうになったものの、涙を引っ込めるために、大和はあえて声を張り上げた。


 『みんなのこと忘れない! 忘れたくない! だから、絶対戻ってくる――!!』

 

 自分に言い聞かせるかのような宣言は、レインボー、ピンク、ブラッドオレンジの笑顔を引き出させることに成功していた。

 釣られてレッドも笑ってくれて、ほんのわずかだけど、いい雰囲気になる。


 『あ、そうそう。スケルトンに渡すものがあったんだ』

 『えっ、なに?』

 

 レッドがハッとしながら手渡してきたのは、手紙のようだった。ちょっとだけ分厚く、しっかりと封がしてある。

 みんなで書いてくれたのかな、と大和が胸を躍らせてると、レッドがなぜか手で制してくる。


 『お願いがあるんだけどな、次また会えるときまでこれは開けないでいてくれ』

 『えっと……タイムカプセル的なやつってこと?』

 『んー、まぁそんなとこだな。約束だぜ!』

 『うんっ、もちろん!』


 男と男の熱い約束を交わし、そこで肩の力が抜けてしまったのか。

 レッドの頬を一筋の光が伝わり出し。それはどんどんとあふれてくる。

 呆気にとられた様子の大和に、彼が抱きついてきて、


 『ぜってー……戻って来いよな』

 『うん……』

 『ずっと、待ってるんだからな』

 『うん……』


 男泣きするレッドの背中に手を回し、ギュッと抱きしめ返す。思ったよりもたおやかな身体つきと、甘い匂いがすることに内心でドキリとする大和。


 『あっ、レッドだけずるいー!』

 『わ、わたしも……!』

 『……っ』


 レッドからの抱擁を皮切りに、ほかの三人も身体を密着させてくる。

 真夏の暑さなど関係ないとばかりに押しくらまんじゅう状態。


 (……これでのぼせて倒れでもしたら、病院に運ばれて、引っ越しが先延ばしになったりしないかな……)


 大和は最低なことだと知りつつも、そう願わずにはいられない。

 いまならきっと病院だって怖くないはずだ。


 『大和……そろそろ』

 『あ、うん……』


 父親に呼ばれて、名残惜しく感じつつもみんなと離れる。温もりが抜けて、熱が引いていくのがどうしようもないほどに寂しく思えた。


 止めてあった車に乗り込むと、窓際にみんなが近寄ってきてくれた。それぞれがくしゃくしゃな表情をしていて、大和の方も同じくらいひどいもの。

 窓を開けたらより鮮明にみんなの顔と、声が届いてきた。


 『絶対絶対っ、戻ってきてね……!』

 『約束……っ』

 『大人になってもかけっこしよーね!』

 『ずっとっ、ずっとずっと待ってるからな――!』

 『うんっ! みんなも元気でね――!』


 走り出す車から腕を出して、大和はみんなに手を振る。

 みんなも全力で振り返して、応えてくれる。


 その光景を胸にしっかりと刻みながら、絶対に戻ってこよう、と大和は小さく拳を握りしめるのだった――――。

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