虚空のシンフォニア―不協和音の指揮者—

渡邊 香梨

第1話 サン・クレメンテ攻防戦(1)

 人類が光を越える速度を手に出来る時代になり、宇宙開発事業に力を入れた結果、太陽系内は水星と火星を除きつつ、月や各惑星の衛星を加えた有人惑星の数は、現在10を越している。


 当初は最初の居住惑星である地球を中心に、各惑星と月が地方の一国家的な扱いで運営が為されていたところ、更に時代が進んだところで、太陽系内の盟主を謳っていた地球に対し、まず金星が叛旗を翻し独立を宣言、その後月が地球にも金星にも属さない永世中立と、自治領となる事を宣言した。


 地球と金星とがそれぞれ宇宙軍を持ち、月を除いた居住可能惑星をそれぞれ複数支配下に置いたところで、地球派と金星派とに分かれた惑星間抗争が活発化し、時代は先の見えない停滞へと迷走をはじめた。

 苛烈とも緩慢ともつかない抗争が、何代にもわたって繰り返されるようになっていたのである。


 ――そうして現在、2494年。



 星域保安庁、通称金星ヴィナス宇宙軍フォースに籍を置く士官たちの、これは物語—―。



*********************



  光輝コウキ・グレン・カミジョウと言えば現在、金星宇宙軍ヴィナスフォース内では飛ぶ鳥を落とす勢いにあると言われる、全軍の中の最年少将官として名を馳せている。


  百人近い将官の中でも、20代は僅か4人。


  本来であれば、第一艦隊司令官付参謀であり、次の司令官に最も近いと言われるアルフレッド・シーディア中将が、まだ24歳であると言う事実にこそ驚嘆すべき筈が、それ以上に20歳の准将、光輝・グレン・カミジョウが目立っていた。


  ただ光輝が、上層部に阿って今の地位を掴んだと言われる事は、決してない。


  むしろその逆で、上層部とケンカし続けて、危険宙域にばかり向かわせられながら、全て勝ち残ってきたが故の准将職だと、軍に籍を置く士官のほぼ全てが知るところにある。


  今回、哨戒中に地球軍と衝突した際とて、そもそも光輝は、艦隊全体の司令官だった訳ではなかった。


 階級も、その時点ではまだ准将になったばかりで、将官以上が出席する幹部会議における発言権も、ないも同然と言って良かった。


 衝突した地球軍の方とて、最初から金星サイドの衛星基地を堕とす事を狙っていた訳ではなかったようなのだが、相手艦隊の統率がこちらよりも遥かに取れていて、哨戒艦隊と衛星基地との連携がまだ不十分と見るや、基地を堕とす側と、哨戒艦隊の足留めを行う側との各個撃破を図ってきたのである。


 機先を制せられた格好の金星ヴィナス軍は、対処療法として、哨戒艦隊を二分させるしかなく、その際に、基地を守る側ではなく、地球軍と相対する方の長として残されたのが、光輝だった。


 基地には機能凍結システムや弾幕による防衛システムもあるのだから、今すぐ哨戒艦隊を二分させて助けに向かう必要はない、そもそも艦の数においてこちらは不利だ――と、光輝が主張したにも関わらず、一握りの高級士官を除いて、その意見は聞き入れられる事はなかった。


 ただし、幕僚会議の席で「馬鹿か!」と叫んだ光輝に、本気で説得する意思があったのかどうかは、定かではない。


 後手に回った金星ヴィナス軍の戦線が瓦解しなかったのは、ひとえに光輝が自陣に足の速い艦を残し、一撃離脱を繰り返させると言う、本人曰く「地味な嫌がらせ」を続けて、前面の艦隊攻撃側と、斜め後方の、基地攻撃側の戦力双方を少しずつ削いだ結果だった。


 当初、基地攻撃側を、敵味方気にする必要はないと、光輝も開き直って割り切っていたのだが、まさか司令官旗艦が、基地への着艦を要求して、地球軍側から狙い撃ちされようとは、想定外も甚だしかった。


 ――正確には、基地に逃げ込もうとしていた艦がほふられたと聞き、自業自得だと吐き捨てていたら、それが司令官旗艦で絶句した、と言うのが正しかったのだが。


 地球軍の側も、まさか艦隊司令官がそちら側にいたとは思っておらず、いっかな、光輝の側への攻撃が緩む事はなかった。


 司令官不在となれば、内情はどうであれ、士気には響く。


 そのため、陣形が伸びている事を相手に悟られないギリギリの距離で、基地と哨戒艦隊の双方を相手にせざ るを得なくなったのである。


 元々が数の上で不利だったところの、司令官不在。


 自分が負けるとは思っていなかったが、ただの消耗戦になりかけていて、落としどころに悩み始めた光輝に、良い方にも悪い方にも事態が打開しそうな一報がもたらされたのが、その時だった。


—―基地機能メインシステムの凍結と、第一艦隊の増援である。


*        *         *


 金星軍ヴィナスフォースと地球軍の哨戒艦隊が衝突したと言う情報自体は、早々に金星本星にも届いていた。


 とは言え、第七艦隊の数は、最初から不足していた訳ではない。


 第一艦隊が、現在定期的に行われている、航路データの情報交換のため、ルナに赴く中央議会議員高官の護衛(と言う名の威嚇)任務で本星を離れていた事もあり、出立準備はしつつも待機—―と言うのが、中央議会の最初の姿勢だった。


 ところが、サン・クレメンテ衛星基地責任者ヤンネ・ノティーツ大佐からの、超法規回線によって、事態は一変する。


 その通信は、基地内部に地球軍への内通者がいる事と、基地周辺の航路データ保護のため、この通信をもって、ライフライン関連以外の全てのシステムを閉じると言う衝撃の内容であり、しかもその通信自体、回線の逆探知を防ぐ為に、システムが凍結される瞬間に送られるようにプログラミングされたもので、事情を聞くのも、凍結を待つよう説得するのも、既に手遅れだったのである。


 内通者が本当にいるなら、下手をすれば現在地球軍と戦う艦隊は、味方と認識していた友軍に、背中から撃たれる事になってしまう。


 中央議会は慌てて、星域保安庁内艦政本部を動かし、現存艦隊の内で、最も早くサン・クレメンテ宙域に到着が可能な艦隊を調べあげさせ、そこでピックアップされたのが、あと数時間でルナから帰星の途につこうとしていた、第一艦隊だった。


 本来であれば、議員の護衛程度に第一艦隊が付けられる事はないのだが、航路データの情報交換は、軍務政務の両面から非常に重要な案件である為に、派遣される議員が議会内屈指の実力者であった事、その議員に同行した派閥議員の1人が、前星域保安庁長官、すなわち軍の元トップだったレイ・ファン・キルヴェットだった事などが重なっての、派遣だったようだ。


 サン・クレメンテ基地内のシステム凍結と、哨戒中だった第七艦隊が地球軍と衝突した事とは、ほぼ前後するタイミングで第一艦隊に届いていた。


 本星とのタイムラグは、致命的ではないにしろ、歯痒い話には違いなかった。


 は無意味だと知りつつも、本星で自分達が先にその情報を知っていれば…と思わなかったと言えば、嘘になる。


 だが情報を知った後の、第一艦隊司令官、フレッド・トルナーレ大将の決断は、早かった。


 一兵卒の叩きあげから、第一艦隊司令官にまで上り詰めた壮年の猛将は、あっさりと、足の速い艦を全体の二割だけ、議員達を送り届けることに裂き、残りを基地と第七艦隊のフォローに当てる事に決めた。


 ——もちろん、自分を送り届け「ない」方の取り纏め役にして、である。


 当時、トルナーレの参謀だったアルフレッド・シーディア中将が、地球軍艦隊の連携がかなりとれているようだとの情報を得ていて、護衛に二割も割く事に対し猛反対をしたが、トルナーレは聞き入れなかった。それどころか、議員達を送り届ける側にシーディアを組み込み、終わり次第引き返してくるよう命じたのである。


 キルヴェットが元軍人、しかもトルナーレの元上司であった点から過剰警護は不要と判断しつつも、対外的な面からこれ以上護衛艦を減らせないと判断した事と、己の直属部下で、キルヴェットとも接点があったシーディアを付ける事で、周囲の不安を抑え、派遣された議員達をまとめていた、ヨハン・ゴッドフリート・ヘルダーに、軍の次代を印象付けようとした事とがその裏にはあったようなのだが、シーディアは、ただ大人しく、トルナーレには従わなかった。


 トルナーレをこれからの戦いに集中させるため、一度は彼らとは別方向、金星への帰路上に跳躍を行なったものの、シーディアはそこで更に艦隊を分け、民間の定期輸送船程度の数で、議員達を返す決断を、独断で下したのだ。


「元軍人の肩書きを、ここで発揮して下さい。そして帰ったら、その功績を楯に、議会内での発言権を広げて下さい。…後で知れない後輩達のために、是非とも頑張って下さい」


「…全体の二割以下しか割かなかったトルナーレも大概だったが、おまえ更にえげつないな、シーディア。もうちょっと年寄りを労わろうか」


 多少オブラートに包まれてはいたが、要は金星へ戻るまでの間、現役〝限定復帰〟をして、ごく少数の艦を率いて帰れと言われたレイ・ファン・キルヴェットは、半瞬の驚きからすぐに立ち直ると、呆れたように息を吐いて、腰に両手を当てた。


「何をおっしゃいます。エリザベート・ラサラス准将を付けるんですよ。我が艦隊の掌中の珠ですよ。彼女の腕があれば、万一宇宙海賊に出くわしたところで、余裕で逃げきれますよ」


「……掌中の珠」


 どの口が言っている、とキルヴェットの表情が雄弁にそれを語っていた。

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