第2話前編〜人生は義務じゃなくて権利

私はこの仕事を初めて長らく経つ。もうこの場所にいる歴は20年くらい。働いてからは5年くらい。私はこの場所にほぼ青春時代を捧げた。


私がこの場所に入り浸ってから2年くらいした時にある青年にあった。そして今思えば私の初めてのおしごとだったかもしれない。


梅雨が全盛期のある6月


「ねぇねぇ、師匠。今月は何人の相手にしたの?先月は5人だったじゃん。どんな感じ?」


「今月はまだ1人もいないよ。良いことだね」


「そうなのかな…」


梅雨で湿ってるからロープウェイ乗り場にしか遊びに行くところがない。そんな呑気な少女だった私は、ロープウェイ乗り場で師匠というおじちゃんと仲良かった。師匠は今の私の仕事をしていた。師匠から手取り足取り仕事を教えてもらい、数年ぶりに顔を出したら亡くなったという事実を知った。そこから私がかわりこの仕事をしている。


初めておしごとをした、あの青年は今も元気なのかな…


「師匠〜、なんか顔色悪くない?」


「ごめんよ、少し休む。でも誰かが来た時は起こしてくれよ。」


「りょうかーいおけーん」


1時間くらい本を読みながら待っていたらある青年がきた。


下山方面のチケットを買っていたら師匠の携帯に連絡が来るはずだけど…


取り敢えず声かけよう!


「すいません。ロープウェイが来るまで40分弱時間があるのでお名前と住所、電話番号を念のため書いてくださいね。」


わたしはボールペンと紙を差し出した。

青年は黙って座り、黙々と書いてくれた。


わたしはいつも師匠が出している甘酒を提供しようとしたがポットが見当たらないのでやめた。


「ご記入ありがとうございます。丁寧に名前にふりがなまで。ありがとうございます。」


男性は黙っている


「龍斗?さんで良いのかな。初めまして。」

「何に悩んでいるんですか?わたしでよければ話して欲しいです。」


男性は口を開いた


「何処ぞの知らない小娘に話したくない。俺はもう決めたんだ」


その男性は絵の具の匂いが微かにする。美術の時間でこの前使った油絵具の匂いだ。

思えばズボンの裾とかにカラフルな絵の具がついている。画家さん?なのかな


「絵を描くのがお好きなんですか?私も絵を描くの好きなんですよね。」


「なぜわかるんだ…でも、僕は画家だとか名乗って良いほどの自分じゃない、やめてくれ」


「絵を仕事にしている方なんですか?どんな絵を描くのが見せて欲しいです。」


男性は戸惑いながらも置いてあった紙ナフキンにさっき使ったボールペンでサラサラと絵を描き出した。ものの1分で可愛い猫の絵を描いた。


「すごい!こんなにすぐに可愛い猫の絵を描けるなんて…才能ですね。素晴らしいです。」


「才能って、それ以上でもそれ以下でもなくて正直努力する才能が欲しいくらいですよ。」


「龍斗さんも努力をしているからこそ絵を描き続けているんじゃないですかね。努力の仕方や期間は人それぞれなので比べるものでもないと思いますよ。」


「僕には兄がいるんですが、この前全国模試で校内でTOP10に入ってたんです。ここらじゃ名門の進学校で、特待生で入学したんです。僕は美術学校の予備校代も無駄に払わせて結局3流の美大です。」

「兄と比べちゃいけないのもわかりますが、無理です。やっぱり親から無言の圧を感じます。」


「私の中で美術の世界って個性的である意味深く理解したくてもできないものだと思います。でもわたしは龍斗さんの絵が好きです。劣等感を抱いても明るい色を積極的に絵の具に使っているのは絵画に希望を見出しているからだと思うんですよね。」


ズボンの裾についている絵の具は暖色の赤や黄色、橙色がたくさんついている。時に桃色、ほんの少し黒色。龍斗さんからの心情からは想像できないほど明るい色使いをしてるんだとここからわかる。


「僕は必ず描いた絵の裏側にメッセージを残すようにしています。明るい、願望のメッセージです。叶えたい思いを明るい絵画と一緒に誰かに伝えたいと思っています。逆にメッセージを残すために絵を描いてると言っても過言ではないです。なんか趣旨がわかんなくて…辛いです。」

「死にたいよりも、僕の存在を消したいです。もう、嫌なんです。全てが。疎遠になった兄とも、みんな、僕を好かない目で見るんです。」


死にたいより、消えたい。若干の少女には深く心に刺さる言葉だった。自分の存在がそもそもなかったことに、人生をやり直したい。新しい場所で新しい自分として。


「でも、もう龍斗さんは消えません。私の中にはもう残っています。あなたの可愛い絵と頑張っている様子を。絵を描こうと思って、残しているということはまだ生きたいという望みを持っているから、まだ諦めてほしくないです。」


私の勝手な思いを押しつけて、スーパーエゴを押し付けて、それでも龍斗さんには生きていて欲しい。あなたの願いをひとつでも多く叶えて欲しい。そして、あなたの描く理想の世界を表現している絵をちゃんとみたい。ボールペンで描いた猫の絵よりも、あなたの本当に描きたいものを。


「絵を描く趣旨はわかんなくて良いんですよ。特に仕事にしているなら。わたしは生きてる意味は分かりません。逆にしっかりとわかっている人は人生を義務だと感じてしまっているんだと思います。人生は権利、選択の毎日です。自由にふんわりで生きていても良いと思うんです。」


ロープウェイが来るまであと10分


後半に続く



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