第1話後編〜初心を忘ないで、納得解を求めて
「僕の父親は競馬が大好きだったんです。そんな中で生まれた僕は爽馬と命名されました。爽やかな時期に走る馬、的な感じですね。」
爽やかな馬というと何かの記事で東京湾の潮風が涼しい爽やかな季節の競馬場うんたらかんたらってのがあった気がするな…
潮風が涼しい…5月生まれなのかな?
「あの、爽馬さんは5月生まれですか?そうだとしたら自分のこと褒めちゃいます。」
「惜しいですね。6月生まれです。6月10日。予定日は5月31日だったんですけどね。十月十日お腹の中にしがみついてました。」
予想外れちゃった…軽く後悔。時間的に本題に入ろうかな
「ごめんなさい。話変わりましたね。爽馬さんはなぜ馬に縛られたんですか?」
男性は少し楽しそうに、しかし哀しい眼で話し始める
「僕は馬が好きでした。名前にもあったし、父親も馬の話になるととても楽しそうだったので。でも、獣医師を志したのが道を間違えた始まりかもしれませんね。」
お父さんと距離を詰めるのって大変なのはわかるなぁ。私も思春期の時はすごい反抗したし、でも青年期になってからは父親の生き方に尊敬してアイデンティティの確立が進んだのもあるし。でも、結局今は疎遠になったけど。
男性は続けて話す
「獣医師になりたての時に一度大きな失敗をしたんです。直検という馬や牛の腸(内蔵)を直接触って病気を調べる方法があるのですが、それで誤診をしたんです。」
直検…かの有名な獣医師の漫画の中の序盤にあった様な
「その時は上司の先輩がミスに気づいて大事には至らなかったんですけど、結局その直検を行った馬は病気の発見が遅れて無くなったんです。僕がミスしなければな…と今でも思います。」
私も、誰でも最初は失敗するからそれが命に関わることでも私はしょうがないと思ってしまう。冷酷なのかな。命に関わる仕事はある時命の扱いが変わるというのはこういうことなのか。爽馬さんには初心を忘れないで欲しい。
「こういうこというのは軽率かもしれませんが、誰でも最初失敗します。次に生かしてそれ以降失敗しなければ、無くなってしまった馬も報われると思いますよ。」
男性は頷きながら話す
「でもついこの前、同じ失敗をしたんです。直検で病気を発見できず、結局亡くなった後に解剖したら未然に防げた病気だったんです。」
私も似たような失敗したな。一度母が食べないで!って言ったクッキーを食べちゃったことがあった時に、10年後くらいに高校生になって同じことしたら、それはもう余命少ない祖父のために作ったクッキーだったんだよね。結局祖父は母が作ったクッキーを食べれずに亡くなって、母に恨まれたな…それからすぐ大学生になって親元を離れたから良かったけど。ずっと一緒にいたら多分母に刺されてただろうな。
でも物事の大きさが違うからあまり共感って感じにはならないよね(何基準なんだろう)
「馬の飼い主は優しい方だったので訴訟とかにはなりませんでしたけど、僕としてはやっぱ消化できなくて。結局辞表をだして今に至ります。一度、臨床心理士の方とカウンセリングをしたことがあるんですが、ひたすら共感されて解決策が全く出ずにお金を無駄にしてしまったなと思いました。」
カウンセリングって一回に通って効果が出るものでもないような。でも解決策を求めてカウンセリングに通うのは目的が少し違うような。共感するのはカウンセリングの手法だし、相談するんだったら同業の人の方が良かったんだろうなとも思う。
「臨床心理士の方って解決策を提示する役ではなくて解決策を探すきっかけを作る役なのでカウンセリングで求めるものが少し違ったんじゃないかなと思います。」
「自分が解決したいと思ってるということはまだ獣医師に未練がある。それはとても良い傾向だと思うんですよね。同業の方や馬の調教師の方にも相談したりすると良いかもしれませんよ。」
「でも、結局臨床心理士の方にも気を使わせてしまって、妻も同業なのですが、毎日"貴方は悪くない"と言ってくれるんです。」
「妻のその言葉がなければもっと早くに自殺していたようにも感じます。でも自分の存在意義がその言葉ありきであるように感じてしまって。やはり解決策はどんなに悩んでもわかりませんね。なので今日ここに来ました。最終的にあなたにまで気をつかわせて…哀しいですね。」
ここまで周りに気を配る人は生きてて大変なんじゃないかと思っちゃうな。もしかしてHSP(ハイリー・センシティブ・パーソン)なのかも。
ロープウェイが来るまであと10分
私は最後に話してみる
「あなたのしたことなすことに理由を全てつけることって不可能だと思います。ましてや失敗したこと全てに解決策をつけるなんてもっと大変です。そこまでちゃんと人生に向き合えて、周りにも気を遣えてあなたは優しい人なんだと話し方からも感じます。」
「でも完璧な解決策って全ての失敗した物事に対して損害をカバーできるってことですよね。それが対人だったらもっと大変です。人それぞれの事情も感情も全てカバーするのは不可能です。人間は思い通り動かないので。」
「なので納得解を作ることにしませんか。他人に迷惑をかけるのは当然です。そしてかけられるのもまた自然なことです。他人を許すかわりに自分も許してもらう。この考えは私は好きなんです。あなたは他人は許すのに自分には厳しいんじゃないですか。」
男性は控え気味に反論する
「僕には、弟がいるんです。龍斗といいます。彼は絵の才能があって、子供の頃から賞を沢山取っていて今も調べれば名前が出るほどの腕前です。私はそんな彼を好きだと思えなくなりました。幼いの頃はお互いに絵を書き合って楽しく過ごしていました。」
「でも段々と差がついてきて、そうするとやはり弟に嫉妬してしまうんです。それは他人を許すことに入らないと思います。僕は優しくなんかないんです。本当…死んで償いたいくらいです。」
「もしかして"Ryuto.K"という画家さんのことですか?私、Ryuto.Kさんの動物の絵を裏に飾っています。」
爽馬さんは諦めて下を向いていた
私は裏にあった馬と龍がじゃれている絵画を爽馬さんに見せた。
「題名は"エロースの反例"です。」
エロースとはギリシャ的な愛と呼ばれている。人間は誰しも善いもの・美しいものを欠いていることを自覚するがゆえに美しいもの・完璧なものを求めようとするというプラトンの理論のことを指している。
絵を爽馬さんに渡すと、絵の裏面に書いてあるメッセージを読んで涙を流した。
「 カトリックの教えの一つにアガペーという対象のものの価値には関係なく無差別・無償の愛を示す言葉があります。エロースとは反対の意味ですね。あなたが馬に沢山愛情をかけたように、あなたにも愛情をかけてくれる人がいるはずです。それが奥さんであったり、馬であったり。龍斗さんであったり。幼い頃に戻ることもまだ可能だと思います。」
ロープウェイを操縦しているおじさんから会社の携帯に連絡がきた。
『もう3分待ってます。乗るなら電話ください』
「爽馬さん、ロープウェイに乗りますか?乗るならすぐ乗らないとなんですけど。」
爽馬さんは涙目ながら笑みを浮かべて
「まだ弟とやり残したことがあるので、ロープウェイに乗るのは辞めておきます。チケットは返金しなくて大丈夫です。あと、またあなたとお話ししたいです。名前を教えてください。」
「名前は次来た時に教えます。ですけど、ぜっっっっっっったい二度と下山しようとしないでくださいね。約束ですよ、次は桜の季節に登り方面のロープウェイに乗りに来てくださいね」
爽馬さんは苦笑していた
私はロープウェイを操縦しているおじさんに謝罪の電話を入れた。
そうしているともうそこに爽馬さんの姿は無かった。
「自分が人を許せていないことを自覚できて、それを償おうと思うのもやっぱり爽馬さんは優しい人なんだな…」
結局最後は泣いてたような…これは解決で良いのかな?
それにしても龍斗さんの絵の裏側には結局なんて書いてあったんだろう
『I wanna get drinks. With tender horse…
And I wanna draw pictures together like when we were kids.』
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