未来から来た学校一の美少女が自分に告白しろとだけせがんで帰っていった

穂村大樹(ほむら だいじゅ)

第1話 今すぐ私に告白して

「はぁ……」


 授業中、周囲に聞こえない程度の大きさでため息をつく。

 今日もまともに女子と会話できなかったなぁ……。


 高校一年生の俺、灰谷はいたに秋也しゅうやには生まれてこの方彼女がいない。


 高校一年生で彼女がいないなんて当たり前だと思うかもしれないが、今時の学生は中学の内に一人や二人彼女を作っているもの。


 周りが俺を残して付き合っていく中で、自分だけ彼女いない歴イコール年齢である事実に焦りを感じていた。


 そうはいうものの、そもそも女子との会話が得意ではないのでどう足掻いたって彼女なんてできやしない。


 自分の今後を悲観しながら、とある女子生徒に視線を向けていた。


 今まさしく先生に当てられて流暢に英文を読んで見せたのは影井かげい千里ちさと。この学校で一番可愛いと名高い女子生徒だ。


 影井なんて苗字をしているが影の雰囲気は全く感じられず、俺とは完全に住む世界が違う陽の者である。


 俺が影井と付き合って仲良く話したり一緒に下校したり、そんな明るい未来は絶対にあり得ないのに美少女には自然と視線を向けてしまうものだ。


 ……ん?


 何か様子がおかしい。


 影井は英文を読み終えた後、席に座ることなくその場で立ち尽くしている。


違和感を覚えた俺は周囲を見渡した。


 え、まさかそんな、そんなことが起こり得るっていうのか?


 俺以外の生徒が全員固まってる⁉︎


 ボーッとして気が付いていなかったが、先程まで騒がしかった教室は時間が止まってしまったかのようにすっかり静まり返っている。


 まさか本当に時間が止まったのか?


 そう思い黒板の上に設置されている時計の秒針を見た。


「と、止まってる……」


 本当に時間が止まってるっていうのか⁉︎ 何が起きた⁉︎ なぜ時間が止まっているんだ⁉︎


 厨二病がまだ完全に治りきっていない男子高校生なら一度は時間が止まっている間に世界を救う想像をしたり、あんなことやこんなことを……なんて考えたりしたことは勿論あるが、まさか本当に時間が止まるなんて夢にも思わなかった。


 こんな状況になれば起立して固まっている影井のスカートをめくって何色のランジェリーを履いているのか見てやろうかとか考えるのかと思っていたが、実際時間が止まると動揺でそんなえちちな行動を取ろうなんて考えつかないものだな。


「こんにちわっ」

「はいっ⁉︎」


 時間が停止したことに疑問を抱き頭を抱えていた俺は背後から聞こえてきた声に思わず背筋をピンと伸ばした。

 そして声のする方を振り返ると、そこにはスーツを着た大人の女性が立っていた。


「え、あ、あの、すいません。誰ですか?」


 見た目は美人なお姉さんだけど実は人間の皮を被って宇宙からやってきた侵略者だったりするのか?


 それにしてはあまりにも美人で人間らしすぎる。


「見て分からない?」


 そんなこと言われても俺の知り合いに年上の美人なお姉さんなんていない。

 というか、同級生の女子ともまともに話せないのにこんなに美人なお姉さんの知り合いなんているわけないだろ‼︎ 童貞舐めんじゃねーぞ‼︎


 そうは言ったものの、よく見るとこのお姉さん、どこかで見たことがある気がする。


「わ、分かりません」

「分かんないかぁ。それもそうだよね。私、大分雰囲気変わってるし」

「お名前は?」

「影井だよ。影井千里」

「--は? 影井千里? ってあそこにいる影井千里か⁉︎」

「そうそう。私、未来の影井千里なの」 


 あまりに話が唐突すぎて理解が追いつかないが、確かに未来の影井千里を語る女性には影井の面影があるし、本当に未来の影井だとするならば、僕がこの女性を見たことがあるような気がしているのも頷ける。


「そ、そうなんですか……」

「敬語なんてやめてよ。私と秋くんの仲なんだから」

「秋くん?」

「あーごめんごめん。この呼び方にも慣れてないよね」

「呼び方とかそれ以前の問題なんですけど……。ってか未来からやってきた影井が俺に何の用だ? 影井となんてまだ一言も喋ったことないのに」

「そうかー後々秋くんに確認したけどやっぱり覚えてないんだねぇ」

「何のことですか?」

「まあいいや。今日は秋くんにお願いがあって来たの」


 未来からきた人物からのお願いと言えば、未来で起こる最悪の事態を回避するべく行動してほしい、というのが定番だ。


 となると……。


「ま、まさか俺にスーパーヒーローに変身して世界を救ってくれとか言っちゃうのか⁉︎ それともあれか⁉︎ 何回も死に戻りにして未来を変えてくれってか⁉︎」

「いやごめんそういうのじゃない」

「あ、はいすいません」


 影井の冷たい返答に俺は一瞬で冷静さを取り戻した。


 世界を救う類の話ではないとすると……。


「え、じゃあもしかして僕、未来で死んでたり……」


 未来の影井(仮)が今ここにいるということは影井は未来でも健在のはず。

 そう考えると、未来で死んでしまった僕が死んでしまわないように何かしら行動を起こしてくれと話をしに来たのではないかと推測できる。


「それもないから安心して。秋君は未来でも楽しくやってるよ」

「未来でもって今は別に楽しくないけど……。そうでもないなら尚更、なんでわざわざ未来から高校生の僕に会いに来たんだよ」

「私と秋くんはね、成人式で再開してそこから関係を持つようになって二十四歳で結婚するんだけど……遅すぎるんだよね。もっと早く秋君と知り合って、秋君のことをたくさん知りたいの。高校生っていう人生に三年間しかない大切な時間を秋君ともっとイチャイチャして過ごしたいの。だから、今すぐ私に告白して」

「いや、ちょっと待ってくれ」

「ん? どうかした?」

「結婚?  俺と影井が?」

「そうだよ。結婚」


 今現在全く関わりが無いのに久しぶりに成人式で出会ったからといって付き合うって話になるか? 

 そもそも俺と影井が結婚なんて信じられるはずもないし。


「結婚するって言われても全く実感湧かないんだけど。というか俺と高校三年間をイチャイチャするためだけに未来からやってくるとかどうかしてるだろ……」

「あっやばい、そろそろ時間切れみたい。それじゃあ私、もう行くね」

「え、ちょっと待て。わざわざ過去に戻ってきておいて俺にするお願いが今すぐ私に告白しろってそれだけなのか⁉︎」

「そうだよ。それだけ。だけ、って言ったからには早く告白してよね‼︎ 言っとくけど私、高校に入学する前から秋君のこと大好きだから‼︎ あとは任せたよ」

「だ、大好き⁉︎ いや、というか高校に入学する前から⁉︎ あ、ちょ、任せたって言われたって……ちょっと影井さん⁉︎ 影井さぁぁぁぁん⁉︎」


 こうして未来の影井(仮)は消えてしまい、再び時間が動き始めた。


 え、これもしかして夢だったりする?


 そう思い自分の頬を抓ってみるが、鋭い痛みを感じこれが夢でも何でもなく、紛れもない現実なのだと理解した。

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