第6話 陶子⑤

 それから思いがけずマリアとは会うことになった。残暑厳しい九月のある日、私は朝から気分がすぐれず勤務先に休みを伝え、かかりつけの病院に診せにいった。診断してもらうと尿検査を要求され、応じると用を足した紙コップにリトマス紙のような細長い紙が入れられた。色が変わった数分後、

「おめでたですね」

と看護師に言われた。あまりの淡々とした対応に

「はあ」

と、いまいち現実感のない反応しかできなかったが、エコーで映し出され印刷されたシートには、ゴマ粒よりも小さな白い点が黒いフィルムの上に、ぽっちりと浮かんでいた。いまいち現実感のない反応しか出来なかったが、医者の

「今、一番安静にしておかないといけませんよ。後母子手帳などの届出、かかりつけの産婦人科の予約など、事前に取っておいてくださいね」

と優しい声色でようやく夢でないことを知る。

 病院で貰えるものと思っていた母子手帳は保健センターや区役所に行かないと貰えないらしく、まだ一センチにも満たない受精卵は心拍も確認できず、二週間後にまた来るように言われた。

 病院を出た後もふわふわとしたスポンジの上を歩いているみたいで、おぼつかない足取りではあったが身体の中に小さな灯りのようなものが灯っているのを私は感じた。

 ひそやかなその灯りは、とても心強い。


 ひとまず、すぐ仕事を辞めるわけではない私にとっては、公共機関の移動に欠かせない`マタニティーマーク`をもらっておきたいと思い、近くの駅構内へと進んだ。

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