第4話 陶子③
飲み物を選び久しぶりの再会と、私と絵梨の近況報告で一時間程のおしゃべりが済むと、おのずと話題はマリアの離婚について質問するかたちになった。
「マリアが離婚なんて・・・。正直、今も実感無いけど・・・。何で?」
不躾すぎる質問だが、高校の頃はこんな風に私達の会話はいつも直球で交わされていた。子供のような邪気のない絵梨の質問に、マリアは一つ一つ言葉を選ぶように答えた。
「何でって言われると、わからないのよ。なぜなのか・・・でも私と研ちゃん(五つ年の離れた旦那研輔のことをマリアはいつもこう呼んでいた)は、お互いに疲れきっていたのかもしれない・・・。旦那でいる事、妻でいる事、お互い家族でいることに。直接的な理由、例えば巷で言うDVとか、借金とか浮気とか・・・。そういうのはなかったんだけど、どちらともなく選んでしまった結果というか・・・」
「価値観の違いということ?」
私の質問に、マリアがこくんと頷く。
「芸能人みたーい」
と、頓狂な絵梨の一言で空気が少し和らいだ。
「そういう理由で別れちゃうところが、やっぱマリアだわ。普通だったらお互い歪み合いや取っ組み合い、もしくは調停とかドロドロとした悶着がありそうなのにさ。朝起きて、突然閃いたみたいじゃない?しかもお互い傷付け合うこと無くなんてさ」
アイスコーヒーをストローで啜りながらマリアが言う。
「面倒なことは、五十嵐さんにお願いしたのもあると思う。例えば、資産や保険のこととか」
そこで、私と絵梨はマリアが自分達とは違う環境にいた事を思い出す。
五十嵐さんとは、主に都内に二軒の不動産事務所その他市街地のテナントビルをいくつも所有している、マリアの実家の会社の顧問弁護士だ。
初めてマリアの家にお邪魔した時、千葉市の落ち着いた地域にある彼女の家は外壁の門からえらく離れたところにあり、年数は経っているがしっかりとした創りの民家と事務所を構えたアパート風な建物が隣に一棟、それに昔話に出てくるような蔵があった。
そのころはまだそこまで普及していなかった携帯電話をそれぞれに持ち、出前のお蕎麦が来たことを彼女の母親が個別に電話して、取りに来るよう家族に言っていたのに少なからずショックをを受けていたことを、今日まで忘れていた。
「そっか・・・」力が抜けたような反応になった私に、
「でも、子供がいなかったのは、ナントカの幸だねえ」
と、絵梨もフォローするように言う。
「しばらくは、のんびりするんでしょう?」
私の問いに
「うん。まだ独り暮らし満喫していないし」
とマリアは明るく言った。
「今は、自分の空間作りにワクワクしているの。こんなの今更だと思うかもしれないけど、毎日使うコップやタオルも自分のお気に入りで揃えられて、毎食自分の食べたいものを作って・・・。一つ一つものを増やしていく度、ああしようこうしようとか、考えるのが今は楽しいの。それに落ち着いたら知り合いの雑貨店でバイトすることになっているしね。だから、部屋が片付いたら遊びにきてね」
「いくよー、行く行く。チビ達もいい?」
絵梨が言うとマリアは一瞬視線を宙に浮かせたが、
「いいわよ」
と快く返事をした。
空気が、ピンと張り詰めたように感じたのは気のせいだろうか?
もっと話を聞きたかったのだが、用事があるとマリアが店を出ると、そこからは絵梨の独演会だった。
「やーっぱ、お嬢は違うよねー。普通だったら、ドロドロしてすごい嫌な面とか見て`もー嫌だ!`ってなりそうじゃない?それなのに落ち着き払って`嫌いで別れたんじゃない`なんてさ。そんなの好感度気にしているタレントぐらいしか言わないじゃん。はー、今回改めて、マリアのマリアたる所以を知ったというかさー。私だって、毎日チビ達の学校や幼稚園とスーパーの往復ばかりで、逃げ出したい時も今日はトイレットペーパーの特売日だとか思うと忘れちゃうの。その反面、身軽に旦那や住処を変えれて新しい生活できるマリアが、羨ましくなったわー」
と、言いながらも手には軽食のメニューが開かれていた。
「せっかくだから食べていこう、陶子も付き合って」
嫌味のない絵梨の誘いに、つられて私もメニュー表に手を伸ばした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます