第2話 陶子①

 私は、何も知らなかった・・・

「引っ越ししました」

と、大きくプリントされた`かもめーる`が届いたのは七月に入ってすぐの水曜日だった。別にそれだけだと私達の年代では、マイホーム購入者の少し自慢の入った報告が多いのでさらりと目を通すだけなのだが、差出人と追伸を見て手が止まった。差出人はマリアこと西田真里だったのだが、何よりびっくりしたのは追伸の一文だった。

「ワタクシ西田真里は、この度旧姓`伊藤`に変わりました。住居も新しくなり気分も晴々としています。今度、会おうね」と。

 すぐさま、スマホに登録してある友人ファイルから検索し、園田絵梨に電話した。時間は、午後十時半。もう子供達も寝た頃だろう。


案の定、コール音二回ですぐに`もしもし?`と懐かしい絵梨のハスキーな声が応答した。

「見た?というか、来た?」

「来た来た」

敢えて主語を言わなくても話が通じたという事は、絵梨にとってもニュースだったのだろう。

「旧姓に変わったってことは・・・。別れたってことだよねー。あの、マリアが」

と、ため息と疑問を投げかけるように絵梨は言った。

「そうだよね・・・。何でまた・・・。絵梨何か聞いてない?」

私の問いかけに、

「あるわけないじゃん」と笑いながら絵梨は答えた。

「だって、最後にマリアに会ったのって、陶子の結婚式だったんだよ。それだって、二年ぶりの再会だったのに。しかもさ、その時私には上の子供がいたから御式が終わると、すぐに帰っちゃたし。マリアとお茶も出来なかったもん。私より陶子の方が、マリアと会ったり出来ているんだと思っていたよ」

と絵梨は言った。

「私もさ、独身でいた頃は、たまーに会ったりしていたんだけど、仕事も忙しかったし。何より、マリアお嬢じゃん。ちょっと、遊びとかついて行けなくなっちゃって・・・。だから私も、結婚式以来会ってないんだよね。正直言うと」

「わかるわー」

直ぐに絵梨が、相槌を入れる。

「お嬢だもんね、マリア」

二人で呆れたように言い、少し笑った。ほんのひと時、高校の頃に戻ったように感じた。私達はクリスチャン系の女子校出身で、真里のあだ名は元々の名前と聖母マリアからもじってつけたのだった。

 もっといろいろ話したかったのだけど、通話越しに聞こえる子供のぐずる声と同時に絵梨が

「ごめーん、チビが泣いてるわ。会う時は連絡して。希望は土日で都合ついたら連絡してよ、場所は陶子に任せるー。じゃ」

と、忙しなく言い通話を切った。携帯から発せられる無機質なツーという音が私の耳に残された。

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