彗星蘭

千葉 雛

ジェミニ 1

 五月、冬の寒さはもう無い。入学式も終え、満開に咲いていた桜もほとんど散っている。四月の入学式では季節外れの積雪があって、登校に苦労したのを覚えている。一ヶ月経ったこともあり、制服を着るのにも慣れて、通学路の景色はそろそろ見飽きてきた。自宅から徒歩で30分。校門を通ると、階段を上り下駄箱へと向かう。1階の下駄箱は3年生が使っており、2階の下駄箱は1年と2年が使うことになっている。俺は2階の下駄箱につき、靴を履き替え教室へと向かう。靴を履き替えたところで、どこか学校に来たぞという気持ちになる。こう思うのは俺だけじゃないはず。くだらないことを考えながら目的地の教室へと足を運ぶ。教室に着くと扉を開け、すぐに自分の席に座った。俺の席は真ん中の列の一番後ろだ。教室のみんなは新しい環境に慣れて、少しずつ友達ができたのか数人でグループができて雰囲気に活気づいている。


 そんな雰囲気に馴染めない俺こと田中裕介たなかゆうすけ。俺はこれから起こる青春に期待しているみんなに付いていけない。各々部活に入り新しい友達と楽しそうに過ごしている。そんなみんなは太陽みたいに眩しくて、俺はその裏にひっそり輝く月だ。月は言いすぎたかもしれない。せいぜいコンクリートにひっそりと生えている苔だ。太陽を羨ましいとは思わない。言い訳みたいに聞こえるが。太陽には太陽の楽しみがあるし苔には苔の生き方がある。秋の日は釣瓶落としという言葉があるが、春である今ですら一日が過ぎるのが早いと感じる。要するに俺は毎日を満足している。他者には分からなくてもそれでいいと思っている。だが皆が思い描く青春を俺の青春に刻まれることはないだろう。


 こんな俺は当然クラスで友達が少ない。友達と呼べるのは幼馴染の村田蒼汰むらたそうた上野葉月うえのはづきぐらいだ。二人と俺には親同士のつながりがあって、親同士は高校の仲のいい同級生なのだという。そんなつながりで二人にはよくしてもらっている。二人は昔から人の輪に入るのが上手で集団の中心にいつも二人はいる。自分から人と関わろうとしない俺を考えてか、二人は俺によくちょっかいをかける。そんなこともあり、今までの小学校や中学校のときクラスから白い目で見られることはなかった。高校も同じところに入れてよかった。


 特にこれといった出来事もなく退屈な授業を終えて放課後、することもないので帰宅しようとしていると葉月に声をかけられた。


 「ゆーちゃんは部活決めた?」


 「特に興味があるものなんて無いし、帰宅部でいいかなって」


俺は適当に誤魔化そうとした。


 「なんかやろうよ。面倒くさいからってやらないのもったいないって。中学違う部活だったから、高校はゆーちゃんと同じのに入るんだって決めたの」


 熱いまなざしで見つめる葉月からは恐怖さえ感じる。こんな俺と貴重な学生の時間を過ごしても楽しくないだろうに。俺に気を使っているのだろうか。


 「葉月が無理やり俺に合わせることなんてないよ。そっちの方が勿体ないって」


 「そんな事ない..」


 彼女が何か言っているようだが、周りでふざける男子の声にかき消され何も聞こえなかった。


 「じゃ、また明日な」


 ばつが悪いのでその場を急いで後にする。


 急いで校門から出たが、この後特に行くべき場所はない。だが、家にいてもすることは無いので、普段はファミレスやゲーセンに行き、暇をつぶしている。今日は好きな作家の本の発売日で、それを買いに行くことを決めていた。


 書店に着くと、自分と同じ高校の制服を着た女子が立ち読みしていた。よく見ると、同じクラスにいたような気がする。いつも教室の隅で読書しているような女子だ。誰かと話しているところを見たことが無い。


 いつも眼鏡かけていたイメージがあったが今はかけていないみたいだ。最近流行りのアニメのヒロインの等身大パネルと同じくらいの身長で、綺麗な顔立ちだが、どこか不思議な雰囲気を纏っている。


彼女から目を逸らし、欲しい本を見つけた。最近ベストセラーとしてインターネットで話題のミステリー小説だ。特にこれといった好きなジャンルはなく、適当に本を買っている。教室や授業中に時間を潰すのに読書はとても役立っている。


その本を 手に取りレジへ向かおうとしたとき、彼女と目が合う。恥ずかしかったのか目が合った瞬間に会釈し、どこかへ行ってしまった。俺も適当に時間を潰せたので家へと帰った。


 次の日登校の途中、背後からくる蒼汰に声をかけられる。


 「おはよー。徒歩で毎日通うの大変じゃないか?」


 自転車に乗っている蒼汰は俺の横に並ぶと降りて自転車を押して一緒に歩く。


 「自転車に乗れないんだから仕方ないだろ」

 

  蒼汰は右手を自分の顔の前に出しすまんすまんと申し訳なさそうな顔をする。そして

 

「いつでも自転車乗る特訓つけてやるって言ってんのにさ、怖いからいいよって言って断るからさ、ちょっと煽ったらやる気だすかなーって」


 と言う。俺のことを心配しているのは分かる。だがいい奴なうえに顔もいいことに嫉妬した俺は蒼汰を小突く。その後特に会話もないまま学校へと向かう。

 

突然。


「裕介。実はさ、俺好きな人いるんだよね」


 しばらく何も喋っていなかったのに急だな。と一人でツッコむ。正直、誰?なんて聞くまでもない。恐らく葉月のことだ。葉月に何となく好意をよせているのは昔から知っている。こんなに分かりやすいもんで、2人が話してるところを見るとこっちまでドキドキする。


 「葉月のことだろ?応援してやるよ」


 好きな人を当てられてびっくりしたのか、驚きが隠せていない。むしろ今までバレていないと思っていたことに驚くわ。でも正直二人はお似合いだと思う。二人の仲いい様子を見たクラスの人は二人が実は付き合っているんじゃないかみたいな話がよく噂になっていることを俺は知っている。


 学校に着くまでの間、俺らにその後の会話はなかった。どうせくっつくだろうし、心配する必要もない。だが困ってたら相談くらいならのってやろう。教室に入り自分の席に着く。蒼汰は駆け足で友達の輪に入っていった。


 俺は席に着くもどこか落ち着かない。先日書店で会った、彼女をつい見てしまう。学校に来てから誰かと話している様子はない。朝のホームルームが終わった後、出席簿を先生が持ってくのを忘れていたので彼女の名前を調べることにした。よくやった先生。後で返しに行ってやろう。出席簿を見るとその中に聞き覚えのない名前が1つあった。


 『灰簾 莉緒かいれん りお


  変わったな名前だな。正直苗字なんてフリガナがないとどう読むかすら分からないぞ。俺は彼女の名前を確認すると、教室から出て職員室に出席簿を返しに行った。


 教室に戻るとすぐに授業が始まった。一時間目の数学の授業は今日も退屈だった。数学の教師の田辺たなべは教科書の内容を丸写しにしたような板書をさせる。特にこれといった雑談があったり、変わった教え方をする先生ではない。クラスの人からも評判は悪い。塾などに通っている生徒が彼を非難している会話はよく耳にする。俺もどうせ教科書読んでるのと同じだろと思い授業はほとんど聞いていなかった。授業を聞かずに俺は遠くの席の灰簾をずっと見ていた。


 そして俺今日一日の授業、休み時間、ほとんど彼女ばかりを見ていた。なぜか目を離すことができなかった。


 彼女をみていたとき、ふと気が付いた。そうか俺は彼女に『恋』をしてしまった。これが恋なのかもしれないと、そう一度自覚するとなんだか恥ずかしくて、彼女から目を逸らし、おもむろに教室の窓から見える空を見つめる。少しずつ動く雲を眺め、ひとつ溜息する。



◇◇◇



 あれからちょうど二カ月経った。あと数日で一学期が終わり、みんなが楽しみにしている長期休みへと入る。何日か前に期末テストの返却があった。結果はまあ普通だ。良くも悪くもない平均ってとこだ。蒼汰は相当悪かったみたいで補修を受けている。


 今年は稀にみる猛暑だ。教室にはエアコンがついていなくてかなり暑い。六月ですらもう夏かよって怒りたくなるほど暑かったが、七月ともなると夏がさらに本気をだす。授業を受けているだけでかなり体力を消耗する。今時エアコンがついてない学校なんてあるのか? 近くの学校にはエアコンどころかエレベーターが設備されているらしい。全くこの学校はどうしたもんか。


 この時期になると授業は午前に終わり午後には空いている時間が増えた。だが俺には2ヶ月前とは違って行くべき場所があった。


俺は文芸部に入った。興味なんて無かったが灰簾さんが入部したこと知った俺はいつのまにか入部していた。


 「ゆーちゃん部室に行く途中?」


 たまたま廊下でばったり会った葉月に話しかけられ、俺はこくりとうなずく。


 「じゃあ一緒に行こうよ。私も行く途中だったし」


 葉月も俺が部活に入ることを知ると同時期に文芸部に入部した。特別棟の三階、そこに文芸部の部室はある。クラスの教室から少し距離がある。内心そこまでの近道があったらどれほど便利なものかと考える。まぁいつもなら面倒になっているところだが、今はそんなことを考える気がしない。


 部室の前に着き扉を開ける。部室には部長と灰簾さんが座って本を読んでいた。部員は俺と葉月を含めてこの四人で全員だ。昨年度は三年が部活の人数の大半を占めていて、俺たちが入らなければ廃部寸前だった。うちの学校は運動部が人気で全国大会に行く部活なんかがあったりする。学校の運動部目当てでこの学校に入学を決めた人もそう少なくはない。そのこともあり文化部はあまり盛んではない。近くの高校と比べても文化部の数も少ない。文芸部は秋の文化祭で文集を作ること以外特に決まった活動はない。各々違うことをしていて、部長は小説を書いてネットにあげている。その界隈に少し詳しければ名前くらい聞く有名人だ。灰簾さんはいつも部屋の隅で読書している。


 俺はこの文芸部の雰囲気が好きだ。人が多い他の部活のようなうざったい人間関係がないので、静かに放課後を過ごせる俺のお気に入りの場所となりつつある。そんなことを考え、空いた席に着き本を読みだす。


 「ゆーちゃん何読んでるの?」


 よし本を読むかと本腰を入れた瞬間これだ。葉月は落ち着いていることができないので、そもそも本を読むこと自体むいていない。いつもは静かにさせるという理由でブックカバーで表紙を隠して漫画を読ませているが今日はその漫画に手を付けないようだ。今日読んでいる本はファンタジー色の強い恋愛小説だったが答えるとさらに質問攻めにあって面倒臭くなるので無視してやり過ごす。


 「ねぇー無視しないでよ」


 本に視線を向けている俺の視界にどうにか入ろうと覗き込もうとする。ちょくちょく目があって、本に全然集中できない。


それでも無視し続けると飽きたのか嫌々本に手を付け始めた。そんな退屈ならなぜ文芸部に入ったのか俺には理解できない。10分後キリのいいところまで読み終わり、ちらりと葉月の方を見るとヨダレを垂らし寝ている。全く何をしとるんだこいつは。


「おい、寝るんだったら帰った方がいいんじゃないのか」


揺すって起こそうとするも全く起きる気がしない。こういうときはいつも使ってる方法がある。


まずは携帯を起動し、メッセージアプリLimeを開く。その後、友達の欄から村田蒼汰のトーク画面を開く。そして彼に「葉月が文芸部の部室で寝ている。俺は用事があるので先に帰るが心配なので一緒に帰ってやって欲しい」と送る。こうすれば蒼汰は二人きりで帰れるし俺は厄介事を蒼汰に押し付けることが出来る。まさに一石二鳥だ。


「部長、用事があるので帰りますね」


部長はイヤホンをつけて作業しているので言っても聞こえてはいないだろうが、一応伝え部室を出る。


蒼汰から告白された日から何となくだが3人で集まることは格段に少なくなった。なにか誘われても断って、二人でいる時間が多くなるようにしてあげた。特にお願いされたわけでもないが、大切な二人がくっつくのは俺にとっても嬉しいことである。


帰宅して入浴を終えご飯を食べようとした時Limeにメッセージが届く。「なんで何も言わずに先帰っちゃうのさ!」葉月からだ。全然可愛くないたぬきが怒っているスタンプが送られてくる。全くセンスが無いにも程がある。その後も何やら通知が飛んでくるが、無視して眠りについた。


翌朝、かけていたアラームより早く起きた。時間を見るために携帯をつける。もう少し寝れたなと少し後悔する。気だるくて重い体をどうにか起こして沢山あった葉月からの通知を確認するが、送られてきていたはずのメッセージは全て消されていた。


特に気にせず学校へと向かう。今日はとうとう終業式だ。高校生になってから初めての夏休み。約1ヶ月あるその期間を俺はほとんど家でグーダラと何もせず毎日を過ごすだろう。今から楽しみだ。


終業式が終わると部室に顔を出す。1週間ほど前から終業式後に夏休みの部活動について話し合うことになっていた。


部室には既に葉月以外の部員が来ていた。葉月ばどうせ友達と喋っていて遅れると皆分かったのか、話し合うことはせず各々本を読み出した。


本を30ページくらい読んだときだっただろうか、廊下の方からドタドタと足音が近づく音が聞こえてきた。勢いよく扉を開け、申し訳なさそうにごめんなさいと言いながら葉月が入ってきた。


 全員が揃ったところで部長が仕切り始める。それはそれは手際良く話を進めて会議はすぐに終わった。決まった一つ目は夏休みの間に文化祭で文集を出すために一人ひとつ小説を書いてくることが決まった。毎年やってることなので分かってはいたが、いざ書くとなると面倒臭いな。


 二つ目は夏休みにどこか行こうということになった。これは葉月の提案であった。どこかみんなで行きたいという気持ちが先行しすぎたみたいで、どこか行く場所が決まっているわけではない。意外にも部長は乗り気で小説合宿だと息巻いていた。いつも部室で静かに本を読んでいるだけだったし、まぁたまには悪くない。


 三つ目は来週行われる地元の夏祭りに行くことだった。俺と葉月の入部歓迎会も兼ねてみんなで行くことになった。これも葉月の提案だった。俺も灰簾さんと少しでも距離を縮めるチャンスだと思い快諾した。


 この二つ目の合宿に関してはまた後に決めることとなり会議が終わり解散した。この部活では珍しく帰宅しようと時計を見ると18時台であった。


 帰宅して、着替えると即ベットにダイブする。疲れがどっと押し寄せて瞼が自然と落ちる。明日から夏休みなので気にせずもう寝ることにした。




 

 






 




 






 


 

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