第23話

 教室で一言も話せなかった反動なのか、ミチルもヒメコもしゃべり出したら歯止めがきかなかった。


 学校のネタとか、好きな漫画とか、注目しているミュージシャンとか、話題が次から次へと出てくる。


 ヒメコはとにかく情報収集に余念がない。

 VTuberという立場上、知識は多いに越したことはない、という側面はあるだろう。

 それに加えて、知りたがり屋の性格の持ち主のようだ。


 ミチルの好きな食べ物は?

 修学旅行はどこいった?

 お年玉の使い道は何?


 好きな女性アイドルまで質問されそうな勢いだったので、ミチルは話題を変えるべくケーキを指さす。


「誕生日に食べるケーキもおいしいけれども、普通の平日に食べるケーキもおいしいね。神木場さんが淹れてくれた紅茶もバツグンに合っている。ちょっぴり苦いから、ケーキの甘さと中和して、実にいい感じだ」

「でしょ〜。コーヒーは酸味が強すぎて、味覚がちょっと鈍るの。私はケーキと紅茶の組み合わせが好きかな」


 誕生日というキーワードが出たついでに、


「神木場さんは毎年、どんな誕生日プレゼントをお願いするの?」


 と質問してみた。

 ヒメコはあごに指を添えて天井を見つめる。


「う〜ん、普通だよ。その時々に欲しいものかな。新しいスマホとか、新しいパソコンとか、新しい家具や家電とか。昔だと、お姫様みたいなドレスを買ってもらったり……」


 そうだ! とヒメコが手を鳴らす。

 いったん席を外すと、寝室から持ってきたのは家庭用プラネタリウムの装置だった。

 ボールの形状をしており、てっぺんのところに穴が空いていて、望遠レンズのようなものが埋め込まれているやつ。


「これが前回の誕生日プレゼント」


 驚いたのは値段で、なんと4万円以上するらしい。

「私は1万円のを希望したのだけれども、父が店にある一番高いやつを買ってきて……」とヒメコは苦笑いしていた。

 溺愛されているのが一発で伝わってくるエピソードといえる。


 でも、いいな。

 プラネタリウムか。

 星好きなんて、占いが得意なヒメコらしい。


 ミチルも昔、父に望遠鏡をねだったことがある。

 どうせすぐに飽きるから、という理由で3,000円のやつしか買ってくれなかった。

 倍率が低すぎて星を探すのに苦労したが、夢中になって天体観測したのを覚えている。


 夜空の写真もたくさん撮った。

 ちょうど夏休みで、自由研究のテーマとして一冊にまとめた。


「実際に動かしてみるね。このプラネタリウム、家庭用とは思えないくらい空が美しくて。眠れない夜に星を眺めていると、すぐ寝落ちしちゃうんだ」


 ヒメコはカーテンを閉めて、部屋の電気もOFFにした。

 まっ白い天井がスクリーン代わりになるらしい。


「星空にはたくさんのバージョンがあるの。私が気に入っているのは、南半球の星空。日本だと北斗七星を見られるでしょう。向こうでは南十字星なの。とにかく日本の星空とは全然違うの」


 さっそくスタートボタンを押して、床に寝っ転がってみた。

 投影開始と同時に優しいオルゴールの音色が流れてくる。


 ヒメコがいった通り、日本の空とは何かが違う。

 ミチルは眉間みけんに力を込めて、違和感の正体を探してみた。


「あっ⁉︎」

「もしかして、気づいた?」

「うん、空が逆方向に回っているように見える! それに月の満ち欠けだって、日本とは左右が逆だ!」

「正解!」


 ミチルは頭の中で地球儀をイメージしてみた。

 北極にいる人間と、南極にいる人間は、立っている方向が180度違うのである。


 おもしろい発見だ。

 小学生のミチルが聞いたら、目をキラキラさせるだろう。


「プラネタリウムっていいね。地球は大きいってことを思い出す。そして宇宙はもっと大きい」

「でしょ〜。これは私の宝物なのです」


 優雅なオルゴールの音色も相まって、満天の星はいつまでも飽きがこなかった。

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