第21話

 放課後。

 ミチルは近所のスーパーに寄ってからヒメコの家へ向かっていた。


 袋の中に入っているのはショートケーキだ。

 2個で298円の小さいやつ。


 何となく祝いたい。

 そんな気持ちでスーパーへ向かったら、まっ赤なイチゴが目について、食べるヒメコの姿を想像してしまった。


 誰かのためにお金を使うのは楽しい。

 母の日に買ったカーネーションも298円だったけれども、財布があまり痛まないという意味では、絶妙な値段のラインだと思う。


 ヒメコにキスされた手の甲は相変わらず熱を帯びている。


 びっくりした。

 突然だったから。


 ミステリアスな部分が多すぎるのだ。

 ヒメコの全部を理解するには1年じゃ足りないと思う反面、パズルのピースを完成させていくような楽しさもある。


 気になる。

 好きになる。

 2つの感情は似ているのかもしれない。


 ヒメコの家に到着して、呼び鈴を鳴らそうとしたとき、ハッと気づいた。


 安いケーキを買ってきたのは、高すぎる贈り物だとヒメコが遠慮すると思ったからだ。

 2個298円のケーキなら気兼ねしないだろうという一般人らしい判断である。


 しかし、ヒメコはお金に余裕のある家で育ってきた。

 おいしいケーキを食べ慣れているかもしれない。

 むしろ、そっちの可能性の方が高い。


 どうしよう……。

 不評だったら……。


 ネガティブな未来を想像した瞬間、心臓の弁がキュッと痛んだ。

 ショートケーキに罪はないとはいえ、ゴミ箱に捨ててしまいたい気分だった。


 決断できないでいると、2階の窓がいきなり開いた。

 制服のままのヒメコが大きく手を振ってくる。


 ヒメコは一度中へ引っ込むと、今度は玄関から出てきた。


「坂木くん、本当に来てくれたんだ!」


 ミチルの悩みなんて1ミリも知らない笑顔でいう。

 おそらく今か今かと道路を観察していたのだろう。


 猛ダッシュしてくるヒメコは一度バランスを崩しそうになり、あわわっ! なんて口走るものだから、本日何回目かわからない『かわいい』の単語が頭をよぎった。


「あの……これ……スーパーで安かったから」


 ミチルが恐る恐る袋を差し出すと、ヒメコは一瞬キョトンとし、問うような視線を向けてきた。


「ケーキ。神木場さんと食べたいと思って」

「え、私のために? わざわざ買ってきてくれたの?」

「もしかして、苦手だった? イルミナ様が配信中にケーキの話をしていたのは覚えているけれども、具体的にどんなケーキが好きなのか知らなくて……。それで一番オーソドックスなやつを選んできた。ショートケーキが苦手なら、俺が自分の家で食うから」


 捨て鉢な気持ちになったせいで、後半のあたりが言い訳がましくなる。

 ところが、返ってきたのは混じりっ気のない笑顔。


「ううん、嬉しい! とっても嬉しいな!」

「本当に?」

「うん、こういうケーキ大好きだから!」


 ミチルの両肩から力が抜けた瞬間、キスされた手の甲の熱がぶり返してきた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る