第33話 女を渇望する生活
この世界に来てからというもの、自分と世界の齟齬を露骨に感じるようになった。俺は海外に行ったことがないから分からないが、おそらく時差ボケというのは大体こういうものなのだろう。頭がボーっとしていて、いまいちちゃんと体に力が入り切らない感じがする。ここは日が落ちる時間がとても早いので、まだぜんぜん体力の有り余っているうちにあたりが暗くなることに違和感がある。体内時計と世界の「時間」に隔たりがあるような感覚。それにいくつもの並行世界を渡っているせいで、もはや時間的にどれだけズレがあるのか分からない。日中強い眠気に襲われることもあったし、夜なかなか寝付けないこともあった。しかし、この不調も実際は「本当の俺」の肉体ではなく並行世界の「もう一人の俺」の肉体を通して感じるものであるから、俺が置かれている状況は複雑だ。
この集落が男たちだけで成り立っているものだと知った時は、正直戦慄した。そういった環境で生活をしたことがなかったし、言語や生活様式どころではない、自分のいた世界とのあまりにも根本的な差異を意識して、これからどうなるのかという不安があった。しかし、いざ暮らしてみるとそこまで問題はなかった。ここの人たちの、良く言えば平和的、悪く言えば虚無的な生活の在り方が、異邦人である自分にとって程よい感じを与えた。他者へ一定距離置いた、無関心に見える彼らの態度が、俺を本当に必要なことへと集中させてくれた。
彼らは女と決定的に対立したという歴史があるためか、よそ者であるはずの俺を同じ男だというだけで歓迎的に扱ってくれた。そういう意味での集落の中での親和性のようなものはあった。
この土地に住み始めてから一か月も経っていないが、俺はこの期間ほど女というものの存在を意識したことはなかった。最初は感じなかったが、時を追うごとに女性不在によるこの世界の不完全さが目についた(とは言っても、それは自分が男女混合によって成り立つ社会が当たり前の世界から来たからそう感じるだけなのだが)。一見、彼らは無気力なりにも問題なく、秩序をもって集落を成立させているように見える。しかし、彼らの生活には「水」が足りなかった。それはちょうどここの人たちが遠くの川へ遠征に行かなければ水が手に入らなかったり、雨がほとんど降らないせいで土地が常に乾いているように。俺はそれをふとした瞬間に感じた。食事の時に使う調理器具や食器にしても、利便性や機能性は問題ない。だがその作りは微妙にひん曲がっていて、「使えればいい」とでも言いたげに外見の綺麗さは度外視され、デザイン性などははるか遠くにあった。食事の味付けも、文明レベルを考えたとしても粗雑だった。家や家具の作りにしても”遊び”がなく、彼らは文化というものを一応は持ち合わせてはいるものの、完全に成就しきれていないような感じがした。彼らの生活はそういった無骨さと荒っぽさに満ちていた。
女がいなくとも、生活する上で問題はないようだった。しかし、日常は何の潤いもなく、退屈だった。土地が乾燥していて、生活が原始的である以上に、精神が乾いていた。女と顔を突き合わせて心を通わすこと、それどころか、会話はなくとも、女という存在を自分の認識のうちに入れることが、どれだけ自らの生活に清い水を流して潤わせ、平板なところに心地よいさざ波を起こすものであるかを知った。習慣となっていた毎週の彼女とのデートや(俺の感覚の中で)この前のようにナオトを加えたカレンと遊びに行ったことも、どれだけ彼女との触れ合いが精神的な癒しになっていたのか、俺の日常にどれだけ活力を与え明るませていたのかを思い知った。俺が彼女を腹が痛くなるほど笑わせていた時、俺もその笑顔を見て、彼女から何よりも崇高な生きる気力をもらっていたのだ。
肉体的には言うまでもなかった。どれだけ異世界の果てにいようと積もる生理的欲求を夜更けのトイレで隠れて解消する時、まず頭によぎったのはこの世界の無味乾燥な濃い男臭さだった。それに俺は何度か萎えかけたが、俺が想像したのは、この土地のような女ではなく、俺のいた世界にいたような、隠すことなく、自由のまま、美しいまま生きる女だった。
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