第6話 夜空に輝く一番星
ミノル一人が乗るには大きすぎるくらいのワゴンは、眩しい朝日を受けて黒光りしながらマンションの前に停車していた。自動で開くドアを待って、いつもやるように跳ねるようにして乗り込んだ。
無人の自動車はゆっくりと動き出した。目的地はすでにインプットされているので人が運転せずとも自動で撮影所まで送り届けてくれる。だから余程のことがない限り交通事故や、道を間違えるなんてことはない。それどころか、逐一交通情報を取得して走っているので、渋滞が発生したところを迂回しつつ、常に最短ルートを目指して走ってくれる。
『改めてすごい技術だ。一体だれが発明したんだか』と、ミノルはボーっと窓の外を見ながら思った。
ミノルはバッグから台本を取り出し、今日撮影するシーンを確認した。車の中はミノル一人しかいないので、いつも声に出して自分のセリフを最終チェックしている。
しかし、今日のセリフはなぜかミノルの胸をざわめかせた。台本を見ずに、シーンをイメージしながらきちんと空で言えるし、どの言葉に重きを置いてセリフを発した方がいいのかも分かってるのに、セリフを繰り返す度に鼓動が早まる感じがする。今日の教室での昼休みのシーンはいわゆる”前フリ”の段階であって、主人公たちがその後に繰り広げる冒険と比べると決して重要ではないというのに。
ミノルは不可解な心の高まりに釈然としないまま台本を閉じ、再び街の景色を見た。
役作りの一部としてセリフの中の背景知識を出来るだけ知っておこうと思い立ち、携帯を取り出して一つひとつの固有名詞を検索していった。すると、とある単語を調べているときに現れた一つのマークに目が留まった。
説明書きを読む。大昔には星を表していたらしい。
星が夜空に輝いている様子を線で表している、というわけか。
五芒星は見たことがあるが、このマークは八芒星と呼ばれるもののようだ。
ミノルはしばらく凝視していた。
その時、ミノルは頭が大きく揺さぶられたように感じた。何事かと思い頭を押さえたが、揺れているのは頭ではなく脳そのものだと分かった。そして、めまいのように焦点もぼやけ始め、目の前の図形がぶれて見えた。
八つの方向に鋭く光を放っている星の象徴図。
ミノルはおさまらない脳の揺れと先ほどよりも早い胸の鼓動に堪えながら、
『これを前にどこかで見た』
と思った。この既視感には、何か平穏な日常を超えた、例えばミサイルでも降ってくるような、信じられない体験が裏に伴っていた。彼のこれまでの順調で浮き沈みの少ない人生の歩みを遡っても、そんな壮絶な体験はどこにも見当たらなかった。
ミノルは画面から目を離し、鼓動が早まったことで火照った体をシートにあずけた。
しばらくそうしていると、車はゆっくり停車し、車内に撮影所に着いたことを知らせる合図の音が流れた。
監督からスタートの声がかかった。
昼休みで騒がしい教室の中で、ショウタ役のミノルは学ラン姿の男子生徒たちに興奮した様子で聞いた。
「この前のニュース見たか? 太平洋の海底に沈むムー大陸が核兵器で滅んだっていう、決定的証拠が見つかったって話!」
向かいに座っているセイヤとマサはどちらも弁当のおかずを口に入れながら「んーんー」と首を横に振った。するとセイヤは飲み込んだ後に、
「核兵器? はるか昔の文明なのに?」
と聞いた。それにショウタは得意げに「そう!」と答えた。
続いてマサは、箸の先を口に含みながら考え込んだ様子でこう呟いた。
「……”歴史は巡る”って言われるけど、本当なのかな」
それに対してショウタは『待ってました』と言わんばかりに生き生きとした顔で説明し始めた。身を乗り出して指先のジェスチャーを加えながら。
「全然ありえる話だ。最古の文明と言われる古代メソポタミアの時代には天まで届く建築物や、今じゃ僕らにとって当たり前の『空中庭園』がすでにあったらしいから、姿形は違っても同様の営みを人類が繰り返すってことは、歴史を紐解いてみても十分説得力のある仮説だよ」
座りなおして、ショウタはさらに言葉を続けた。
「それでだ。そのメソポタミア文明の後世への影響は計り知れない。イシュタルっていう女神……」
「ストップ! ストォーップ!」
と言ってショウタの顔の前でセイヤが手で制してから、
「ショウタは語り出すとチャイムが鳴るまで止めないからな」
とほくそ笑みながら言った。
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